第5話:聖女と大国と神




 神殿内は、水を打ったような静けさに覆われていた。

 それは、骨折を治してしまう程の治癒魔法をの当たりしたせいなのか。それとも、その優秀な治癒魔法の使い手が聖女では無く、火魔法の使い手だったからか。更にの国では、国民全てが治癒魔法を使えると聞いたせいなのか。


 それよりも、妖精王に愛されているというこの王女を、自国の国王が蔑み貶めたのを目撃したせいなのか。


「こ、国王陛下を呼び戻して参ります! 結婚式の続きを!」

 一人の男性が、神殿を出て行った国王を追って行こうと扉へ向かった。

 しかし男性──宰相が扉に到達する前に、後ろから声を掛けられる。


「無理だと思いますよ」

 宰相の言葉に反応したのは、神司ではなく、ミレーヌだった。

「だって、彼は神の前で「結婚は無効」と宣言されたでしょう?」

 ミレーヌの言葉に、神殿内がざわつく。

 それは「何を馬鹿な事を」と言うあざけるような響きである。



「まさか常に神が見守っているとでも?」

 一人の男性が進み出た。この国で国王の次に地位の高い大公である。

 余談だが、参列者に女性はニノンしか居ない。普通、結婚式には夫婦で参列すべきなのに、誰一人妻や婚約者を伴って居なかった。

 どれだけミレーヌを下に見ていたのか。


「そうですよ」

 当たり前のように答えるミレーヌへ、列席者から嘲笑が向けられる。

「武神シュトライテン様は、それほど暇では無いわ!」

 先程骨折を治療された軍人が言う。

 周りに居た者達も同意を示すように頷いた。


「武神シュトライテン? どなたですか?」

 ミレーヌが首を傾げる。

「な! 信仰する神を知らないのですか!?」

 驚きの声を上げたのは、当然神司だった。

 まさか神の名前を知らない愚か者が居るとは!



「私達の信仰する神は創造神シャッフェンであり、私はシャッフェン様に祝福された者です。私が見て、聞いたものは、全てシャッフェン様は御存知ですよ」

 ミレーヌは胸を張り、得意気に話す。

 その横で、ニノンもしたり顔で頷いている。


「ば、馬鹿馬鹿しい!」

 宰相は止めていた足を動かし、神殿から出て行こうとし……扉が開かずに、驚いた。

「おい! 神司殿! 扉に鍵が掛かっておるぞ!?」

 宰相が焦った声を出し神司へと振り返る。

 祭壇に居る神司は、顔色を土気色になるほどに悪くした。


「神への道は、常に開かれています。居住区以外に鍵はありません」

 神司の言葉に宰相が再度扉を開けようとするが、まるで最初から隙間など無い飾り扉であるかのように、それはびくともしなかった。

「それが、神の御意思なのです」

 暗い声で神司が囁いた。




『も、申し訳ございません!』

 土下座しているのは、今、話題にのぼった武神シュトライテンである。

 頭を下げている相手は、創造神シャッフェンと妖精王。

 焦っている武神とは違い、創造神と妖精王は平静だ。


『別に何も変わらん』

 先に口を開いたのは妖精王だった。

『我はミレーヌを護り、それを妖精達は手伝うのを喜びとする。それだけだ』

 元々魔法は妖精を讃えて力を借りるものなので、どこの神を信仰していようと関係は無い。

『ドレスの件は、責任を取らせるがな』

 ボソリと呟いた声に、武神はビクリと体を体を揺らしたが、何も言わずに頭を下げ続けた。



『そうだな、確かに何も変わらん。ミレーヌと婚姻関係にでもなれば、この国にも何か恩恵が有ったかもしれんが……何も変わらん』

 創造神が静かに告げる。


 今までどおり、武神の守りを糧に武力で魔物と戦うしかない。

 戦いの刹那の中でも、朗々と精霊を褒め称える詠唱を行わなくてはいけない。

 いや、ミレーヌを貶めたのである。

 今まで以上にをしないと、精霊は力を貸さないかもしれない。


『さて。この国はミレーヌの扱いをどうするつもりなのか……楽しみだな』

 創造神は姿を消した。

 それを見て、妖精王も消える。

 武神……若き神は、まだ頭を下げ続けていた。




 神殿から出たミレーヌは、王城へは行かずに街へと向かった。

 王城に部屋を用意すると言われたのを断わったのだ。

「今から用意するっておかしいですよね? 国王と結婚するなら、王妃ですよ!? それなのに部屋がまだ用意されてなかったって、馬鹿にしてます!」

 馬車の中でニノンがいきっている。


 因みに神殿の扉は、宰相の他に軍人や大公、神司が開けようとしてもびくともしなかったが、ニノンがミレーヌの為に扉を開けた時には、何の抵抗も無くすんなりと開いた。


「聖女だから、神殿に住まうと思っていたのだからしょうがないのでは?」

 ミレーヌはのほほんと答える。

「それが神殿側は、王妃になるから王城に住むと思ってたって言ってたじゃないですか!」

 大口を開けて怒るニノンを見て、ミレーヌは小さく笑う。

「私より、ニノンの方が怒ってておかしいわ」

 クスクス笑うミレーヌに、ニノンは毒気を抜かれてしまった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る