怖い話をしてやろう

亜鉛とビタミン

怖い話をしてやろう

 怖い話をしてやろう。十年前の夏、新潟の海水浴場であった話だ。なに、訝しげな目をしてやがる。正真正銘、本当にあった話だ。単なる怪談なんかじゃないぞ。


 俺はあの日、大学の仲間たちと一緒に寺泊の海の家にいた。女の子も何人か混ざっていたから、わりと華やいでいたな。晴れ渡った空には夏雲が浮かんで、日本海の水面は青く輝いていた。俺は海パンを履き、我先にと熱い砂浜の上に裸足で駆け出したんだ。背中のほうから女の子たちの黄色い声が聞こえて、ちょっと気分が良かったよ。俺は追いかけてきた数人の男たちと共に、海に飛び込んでいった。久々の海に興奮していたのもあって、冷えた海水が爽快だった。しばらく遊んでいると、仲間の一人が大声で言った。


「沖のほうに何か見えるぞ」


 何かと思ってよく見たら、それは海に浮かぶ浮き輪だった。ピンクの水玉模様で、女の子が使うような可愛らしいやつだ。何かの拍子で波に流されたのだろう。俺たちはそう合点して、泳いで浮き輪を取りに行くことにした。あわよくば持ち主の女の子と会えるかも、という下心も多分にあった。浮き輪までは意外と近かった。俺は仲間たちを代表して、浮き輪に手をかける。ちょうど、その瞬間だった。俺はすごい勢いで足を引っ張られ、海中に沈められた。俺はパニックになって、ぶくぶく泡を吐きながら足元を見た。すると、そこにいたのは、見たこともないほど美しい女の人魚だったんだ。おい、笑うな。本当だぞ。人魚は俺の顔を見るなり、何も言わぬまま、俺の海パンを下ろしやがった。もちろんフルチンだ。叫ぶにも、水中だから声は出ない。やがて、人魚は憎たらしげな顔で言った。


「お前は男じゃないか。男の肉は不味い。可愛らしい浮き輪を浮かべておけば、美味い女が釣れると思ったのに……」


 俺は人魚に解放され、死に物狂いで海面へ上がった。俺の様子を見て、仲間たちはゲラゲラと笑っていた。人が死にかけたというのに、呑気な奴らだよな。試しに俺は、人魚のことを話してみた。すると、仲間の一人が笑いながら言い放ったのだ。


「女を釣るんだったら、俺みたいな美男子のマネキンを浮かべとかなきゃ」


 そのとき、俺は思い知ったよ。


 男と女は、恐ろしいほど分かり合えないんだって。


 どうだ、怖い話だったろう?

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