【カクコン9】ブラック不動産会社に勤める私。異世界に行っても不動産トラブルに巻き込まれてます。

北乃 試練

第1話

「能無しか!! てめぇはよ!!」


 突如、フロア全体に鳴り響く怒鳴り声。一瞬にして静まり返る部署内。徐々に空気が張り詰めていく。

 怒鳴ったのは上司の木崎きざき部長だ。


 不意打ちとも言える第一声に、ビクッと体が跳ね上がり、次第に体が硬直していく。


 学生時代、ラグビー部だったという部長は体格も大きく、遠くまで声がよく通った。そんな彼の怒鳴り声を間近で聞かされたのだから、耳がキーンと痛くなった。

 それでも、耳を塞ぐ訳にもいかずジッと耐え続ける。


 今日も、公開お説教タイムの始まりである。


 どうしてこんな会社に入ってしまったのだろうか……。


 入社する前にもっと会社のことを調べればよかったと後悔するばかりである。

 何故、こんな状況になったのか。それは入社当時まで遡る。


♢♦♢


 私『橘 莉里たちばな りり』は大学卒業後、たった一枚しかない貴重な新卒カードを使い、『堂前不動産㈱』に就職した。


 北海道の田舎から東京の大学に進学した私は、そのまま東京の不動産会社に就職する道を選んだ。

 父が内装業をやっていた為、色んな物件を見る機会が多く不動産というものに興味を持ったからだ。

 とはいえ、希望したのは事務職だが。


 無事に内定を貰った私は、新しい門出と共に新社会人生活をスタートした。


「やぁ、仕事は順調かい?」


 入社して数日、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、そこには就活の時に面接を担当してくれた人事部の浦部うらべさんが立っていた。


「浦部さん! 面接の時にはどうもありがとうございました。仕事も、ようやく慣れてきた所です!」

「ハハハ、元気そうでなによりだね。やっぱり橘さんを推して正解だったよ」


 どうやら浦部さんが私を上層部へプッシュしてくれたらしい。それだけで何だか認められた気がして、少し舞い上がってしまう。


「そういえば橘さんって、実家が内装屋さんって言ってたよね。って事は建物の知識もそれなりに詳しかったりする?」

「そうですね。ある程度はお役に立てると思います!」


 実際、父に連れられて何度も現場に行ったことがあったので、建物の構造などの基本知識は身についていた。


「じゃあ、ちょっと急で悪いんだけど、暫くの間営業部に助っ人として行ってくれないかな? 一応総務には先に許可は貰ってるんだけど」

「営業部……ですか?」

「うん、ちょっと……人手が足りないらしくて。次の新しい人が来るまでの短期間だけで良いんだけど」


 浦部さんはどこか後ろめたそうに話していた。何でも、営業部に配属された新入社員が2日で来なくなってしまったらしい。


 それに対して何となく違和感は感じたものの、まぁそういうこともあるのだろうと深くは考えなかった。

 それに入社できたのも浦部さんのおかげだし、それだけ私に期待してくれているという事でもある。なら恩返しすべきだろう。

 それに、浦部さんに頼りにされたという事が、少し嬉しかった。


「はい、私なんかで良ければ」

「本当!? 凄い助かるよ! じゃあ早速だけど今日から営業部に移動をお願い。恩にきるよ!」


 浦部さんは嬉しそうにそう言うと、手を振り走り去っていった。


 営業部とは一体どんな所なのだろうか。

 まぁ異動とはいえ一時的なものらしいし、見聞を広める良い機会かもしれない。

 まだ少ない私物を箱に纏め、そのまま営業部の扉を叩く。


 直ぐに目に飛び込んできたのは、いかにも男だらけの職場だった。しかも、全員が体格が大きく、体育会系という言葉が脳裏をよぎる。


 その直後、遠くからでもはっきりと聞こえる「ボンクラがっ!」の怒鳴り声。

 声がした方へと目を向けると、上司であろう一際体格の大きい強面の人物が、社員を怒鳴り散らしている。

 それが木崎部長だった。


 この光景を見た瞬間、「ああ……選択ミスったなぁ」と思ったのが2年前の出来事である。

 すぐにでも総務部へ帰りたい気持ちを抑え、浦部さんを助ける為だと、意を決して営業部へと足を踏み入れた。


 それからというもの、怒鳴られ続ける毎日。何度も会社を辞めたいと思ったが、いつか総務部へ戻れるだろうという淡い期待を胸に、辛抱強く耐え続けた。


 きっと今日にでも浦部さんが私を総務部へ戻してくれるだろうと信じて、まだかまだかと待ち侘びる日々。


 結果、総務部に戻されることもなく2年が経った。辞め時を失った私は、今もずるずると営業の社員として出社し続けている。


 気づけば浦部さんは私の顔を見るなり、回れ右して走り去って行くようになっていた。


 それが、これまでの経緯である。

 そして今もまた、怒鳴り声は鳴り響いていた。


♢♦♢


「ノルマも達成できてねぇのに、給料はしっかり貰おうってか!! ああっ!?」

「す……すみません!! すみません!!」


 うう……胃がキリキリする。


 どんなに必死に謝まろうとも説教は終わらない。 

 ノルマが達成できていない。そんな理由で毎日のように部長は怒鳴り続けていた。


 そもそも、部長が定めたノルマなど、普通に考えて達成できるようなものではない。

 実際、たった一人を除き、このフロアにいる全社員がノルマを達成できていないのが実状だった。


 だからこそ、見せしめとして全社員が見ている前でこうして怒鳴るのだ。


「誰のおかげで飯が食えてるかわかってんのか!! ああっ!! てめぇはよお!!」

「はっ!! はい!!」

「わかってんなら言ってみろや!!」

「た……たちばな先輩のおかげです!!」


 そう、怒鳴られているのは私ではない。今年入社したばかりの新入社員だ。

 毎回、厳しいノルマをクリアできているのは私だけなのだ。

 



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カクヨムコン9参加作品です。

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