婚約先は冷酷王子~私にだけ笑ってくれる王子様~
蒼本栗谷
優しい王子
「シルベ、お前は今日から隣国に行ってもらう」
「……はい?」
父親の言葉にシルベは紅茶を飲む手を止め、首を傾げる。
「お父様? いきなり何を仰っているの?」
「これはもう決まった事なんだ。荷物は送っておいたから、もう行くだけだぞ」
「お父様? その話聞いてませんわよ……!?」
シルベは焦ったように父親に言う。父親はさっさと行けと言わんばかりに口を開く。
「お前に婚約者が出来た」
「はぃい?」
「隣国の~いるだろ。冷酷王子と呼ばれてるあのお方。そのお方がお前の夫だ」
「聞いてませんわよ!? 何故勝手に決めたのです!?」
「つい」
「つい!?」
「ほらもう行ってきなさい! 馬車待たしてるから!」
「お父様!!!」
父親は使用人を呼んでシルベを連れて行かせる。シルベは「お父様! ちょっと、離してください!」と抗議するが、使用人はそれを無視して馬車まで運んだ。
「行ってらっしゃいませ。お嬢様」
「はぁぁぁ……行ってきます!」
馬車に乗せられ、諦めたシルベはため息を吐いた。
そうして馬車の扉が閉まり、動き出した。
「冷酷王子……アルベルト王子だったわよね。はぁ……お父様はなんで婚約させたのかしら……」
シルベはため息を吐きながら外を見て、婚約者を思い浮かべた。
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冷酷王子ことアルベルトは誰に対しても冷たかった。家族にも、使用人にも、誰に対しても。
表情を変えず、相手の事など興味がないように見える事で、冷酷王子と名付けられた。
彼と婚約する者は皆、すぐに逃げ出してしまう。そう言われるほどの人であった。
それを噂で知っていたシルベは、あまり期待しない方がいいわよねぇ……と思い、ため息を吐いた。
馬車は数日をかけて隣国へと到着する。シルベは馬車から降り、お礼をしてから目の前にある王宮を見た。
「大きいわね。ここまで大きいと、すぐに迷いそうだわ」
ぽつりと呟き、シルベは近くにいる兵士に話を通す。
シルベだと言うと兵士は「こちらです!」と行ってシルベを中に入れた。
「案外すんなり入れるのね?」
「話は通ってありますから、シルベ様が来たら案内しろと言われていまして」
「そう」
「シルベ様はアルベルト様の事、何処まで知っているんですか?」
「噂と、冷酷王子って事ぐらいしか知らないわね。あまり話した事もないもの。ここじゃどうなの?」
「同じですよ~。全く表情は変わらないし、淡々とこなすし、人に興味がない。噂と同じです」
あの人が笑ってくれたら、いいんですがねぇ。と兵士は笑いながら続ける。
その後も兵士はシルベに話しかけながら王宮内を進んだ。
王宮内では沢山の人とすれ違い、シルベは「使用人多いのねぇ」と呟いた。
「そうですね。ここは国を担ってる城ですから、使用人は沢山いるんですよ」
「何人ぐらい?」
「さぁ……正確な数は数えた事はありませんね」
その言葉に、結構いるのでしょうね……とシルベは思った。
「さて! つきましたよ!」
「ありがとう」
兵士は「では、頑張って下さい!」と言いその場から去って行った。
姿が見えなくなったのを確認してからシルベは深呼吸を何回かして扉をノックする。
「――入れ」
冷たく、感情のこもっていない声が中で聞こえる。シルベはごくりと唾を飲み込み、中に入った。
中にいたのは、長い髪を一本に括った白髪金目の男性。男性――アルベルトはシルベに目もくれず、書類を見ていた。
「……アルベルト、様ですわね? 隣国から来ました、わたくし、シルベと申します」
「――シルベ?」
シルベの名を出した時、アルベルトはぴたりと止まり、ゆっくりと視線をシルベに向けた。
そして目が見開いたかと思うと、優しく微笑んだ。
「え、わらっ……」
「ああ、やはり……綺麗だ」
「え?」
書類を机に置き、アルベルトは立ち上がりシルベに近づく。
そしてシルベの手を優しく持つとその場で膝をつき、手の甲にキスをした。
「貴方に会いたかった。これからよろしく」
「え、あ、はい……?」
困惑するシルベをよそに、アルベルトは優しい声で微笑む。
話に聞いてたのと違う! とシルベは混乱し、思わぬ事に顔を赤らめる。
コンコン――。
その時、扉がノックされる音が聞こえ、アルベルトはすっと立ち上がる。
「入れ」
先程シルベに話していた声とは違い、冷めた声でアルベルトは言った。
「アルベルト様、この資料の件なんですが……っと、申し訳ありません。先に人がいるとは……」
「いい。なんだ」
「あの、わたくし、外にいますね?」
「いやいい、ここにいろ」
「ですが……」
「いろ。話を聞いても問題はない」
圧をかけながら言うアルベルトに、シルベは頷くしかなかった。
ソファーに腰かけ、シルベはアルベルトと使用人の話を聞く。
アルベルトの声が先程と全く違う様子に、シルベは何故わたくしにだけあの反応を……? と混乱した。
「では、失礼しました」
話が終わり、使用人は部屋から出ていった。
扉が閉まると同時に、アルベルトはシルベの方を見る。
「シルベ。貴方の髪は綺麗な黒髪だ。そしてそれに見合うような赤い瞳……惚れ惚れする」
「えっ。ありがとうございます。えっと……アルベルト様は、何故わたくしなんかと婚約を……?」
「貴方に一目惚れをした。だから婚約をした」
「ひ、一目惚れ……?!」
笑うアルベルトにシルベは顔をかぁっと赤くさせる。
「いつ、いつですか!? いつ一目惚れを……!?」
「この間の集会があっただろう? あそこでだ」
「それ、一週間前……」
行動が早すぎる……とシルベは腰を抜かす。そうしてソファーに座り込み、呆然とした様子でアルベルトを見た。
「これからよろしく。シルベ」
「は、はい……」
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その後アルベルトはシルベを毎日執務室に連れて行き、書類作業をして、息抜きでシルベに抱きついたり、愛を囁いたりと日々を過ごした。
それにシルベは段々と慣れ始め、緊張がほぐれ笑うようになった。
周りは何故あの冷酷王子にぞっこんなのか分からなかった。表情を変えず、淡々とこなす王子。
ふとある日、一人がシルベに王子との関係性は大丈夫なのか、辛くないか? と聞いた。
それに対しシルベは笑って。
「大丈夫ですわ。わたくしには優しい優しい方がいますもの」
わたくしだけに優しい王子様が――ね?
婚約先は冷酷王子~私にだけ笑ってくれる王子様~ 蒼本栗谷 @aomoto_kuriya
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