シュートオフ
小野寺圭
ぐんまフォレスト射撃場/北関東州富岡市
/日本国
平成41年9月23日
いかなる規模の大会であろうとも、練習であろうとも、私のやることは変わらない。
いつもどおり朝6時に起き、いつもどおりNKH――
こうした日々の積み重ねこそが、心に油断や隙を作らないための根幹となる。どんな状況下にあろうとも、粛々となすべき事をなす。そのためには、判で押したような日常さえも、苦痛にはならない。
それが私の持論だった。
「ドウゾ!」
私の声に反応して、前方の放出機からクレーが射出される。周辺視界でとらえたそれに視野を集中させ、ショットガンの引き金を静かに絞る。乾いた音を立てて弾丸が撃ち出されてクレーに命中、空中にクレーの粉の花が咲く。
私が所属しているのは、南東北州立大学・クレー射撃部。専門としているのは散弾銃による「トラップ」と呼ばれる競技だ。
前方15メートルにある放出機からランダムに計25枚のクレーが放出され、それを1枚につき2発以内で撃ち落とすと得点となる。25点満点で決着がつかない場合、1発必中のサドンデスルール「シュートオフ」が適用される。
今日の大会は部に所属して初めての大会だったが、幸いにもメンバーに選出され、こうして射台に立つことになっている。そして、初めての大会で25点満点を記録し、今のクレーでシュートオフ24枚目だ。相手も私と同じ1年生男子、しかも2人とも25枚すべて初弾命中でのシュートオフということで、射台後方では両校の先輩たちが固唾をのんで見守っているという状態である。
「ハイ!」
相手のターン。左から右へとクレーが射出された。射撃スタンスの関係上追いにくい軌道だが、しかしながら相手は的確に真ん中を射抜き、空中にクレーの花が咲いた。シュートオフ24枚目も両者命中。ギャラリーからはもはや拍手も出ない。
「ドウゾ!」
私のターン。
――ガキン、とひと際大きな音が放出機から鳴った。私はクレー放出に備えたが、視界にクレーをとらえることが出来ない。
どこだ、どこへ飛んだ?
後ろからもざわめきが起こる。
「機材トラブルです! しばらく待ってください!」
係員の放送が事態を告げる。
突然の不安が全身を包んだ。銃を下ろして安全化し、弾の状況を確かめる。先の装填で装填不良がないことは確かめたはずだ。しかし再びそうせずには居られなかった。確実に、どこかペースを乱されていた。
「競技再開します!」
係員の放送。銃を再び発射可能状態に戻し、構えを取ろうとするが、引き金を引くはずの右人差し指の震えが止まらない。
呼吸が定まらない。
クレーは自分のコールに反応して放出されるが、そのコールが出てこない。
のどがカラカラにはりつく感触。
「……ドウ!」
かろうじて発したコール。クレーの弾道はもっとも平易なストレートだった。引き金を絞る。
しかし、クレーはそのまま飛び去る。――的中せず。
「ハイ!」
相手のコール。
――瞬間、1羽の鳥が飛び立った。そこへ、再びの左から右へのクレー。クレーは鳥に直撃し、コースが変わる。
しかし、彼はこともなげに、再びクレーの真ん中を射抜いた。
24対25。競技終了だ。
「優勝、イシダイワオ選手!」
大会の帰りの車中では、「準優勝 小野寺圭」の賞状を握りしめながら、先輩方からの慰めの言葉と初大会出場での準優勝を賞賛する言葉をいただいた。
「初めてでシュートオフはすごいよ、小野寺! しかも25発初弾命中だなんて」
「初弾命中だなんて部の予算節約に一番協力的な人材だよ。いっつも2発目で当てるどっかの誰かとは違いますね、部長殿?」
「……ま、まあとりあえず『とら』行ってパーッと打ち上げだ、あんま悩むな、小野寺くん」
しかし、私の中では、1発を外したことだけではなく、今までの考え方やアイデンティティに対しても再考を迫られていた。
同じことの積み重ねで平常心を養うというのが、ただのルーチンワークをこなすだけになっていたのではないか?
ただの自己満足だったのではないか?
単純なトラブルででさえすべて揺らぐような、もろいメンタルでしかないのではないか?
たとえいくら今悩んだとしても、明日も午前6時には目が覚めてしまうのだろう。きっと。
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