その男、頑強につき……

しょうわな人

第1話 武者、10トン車に敗れる!!

 四国山脈に可怪おかしな人が居るという噂が広まったのは二ヶ月前の事だ。


 徳島県では山に慣れた猟師たちでも入らないような剣山の山頂付近で走る人影を見たとか……

 愛媛県では石鎚山を全力疾走して天狗岳を登り切り、飛び降りる人影を見たとか……

 高知県では仁淀川上流から走って下流に向かい、また上流を目指して走り出す人影を見たとか……

 香川県では雲辺寺ロープウェイのワイヤー上から飛び降りる人影を見たとか……


 それらの噂は事実だった……


 その人影の名は福津武棟ふくつぶとう。35歳で、少年の頃に名前を友人に馬鹿にされた際に父親になんでこんな名前を付けたんだと言った時に、父親から、


「バカヤロウ! 武の棟梁になるぐらい強い子に育てという願いからだよっ!!」


 と、酔いながら告げられ、それに心を打たれた少年は我武者羅に己を鍛えたのだった。


 そして、35歳になった今でも仕事もせずに武者修行と称して四国山脈を走り回って日々、己を鍛えているのである。

 後年、亡くなる直前に武棟ぶとうの父はこう言ったという。


「ああ、あの時に俺が酔ってあんな事を言わなければ、息子も長生き出来てたんだろうなぁ……」


 看取ってくれている妻と長女にそう言ったらしいが、看取った二人に言わせるとそうじゃないらしい。


「あんたがあのときに言わなくても、武棟はこうなってたと思うわよ」

「お兄は武術バカだったからお父の所為じゃないよ」


 散々な言われようだが、この時には既に武棟はこの世に居ない。父が亡くなりそうになっている今よりも五年も前に久しぶりに山から下界に降りた際に、10トン車に轢かれそうになった狸を助けたついでに、10トン車に喧嘩を売り、見事に散ってしまったのだった……


「お兄、勝てると思った時点でバカだから……」

「ホントにねぇ…… この人に似たんでしょうねぇ……」


 これが武棟の父の通夜で述べられた残された家族、親族らの会話であった……

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