第32話 兄妹の愛
「長光、大丈夫か?」
「……義兄さんはなぜ平然としていられるんですか? 自分のことなんですよ?」
「ん……。ある程度は予測していたから、かなぁ」
「……だったら、なんで! 私に相談してくれなかったんですか!? 義兄さんにとって、私はそんなに頼りになりませんか!?」
狼狽した長光が掴みかからん勢いでまくし立てる。
返答に
今の俺は、長光の知っている安綱と違う。
そう正直に告白すること事態は簡単だ。
だが、それを信じてもらうことは不可能に近いだろう。
「……もういいです!」
当惑していると、長光は自分の部屋に向かって走り出してしまった。
去り際、頬を伝う一筋の光が見えた。
「長光!!」
すぐに長光を追いかける。
階段を昇り、長光の部屋の前。
長光は部屋に入るのにあと一歩、というところで力なく崩れ落ちた。
間一髪。
俺は崩れ落ちる長光を支えるのが間に合った。
「おい、長光!! 大丈夫か!?」
顔面蒼白で意識は消失している。
呼吸はしっかりしているが、冷汗がすごい。
典型的な失神症状だ。
すぐに床に寝かせて脚を高くする。
片膝立ちで、自分の大腿に長光の脚を乗せる。
脳に血液が充分に行き渡るようにする。
「長光、しっかりしろ。聞こえるか?」
片手で頭を支え、反対の手で頭を撫でながら長光に呼びかける。
「ん……」
十秒もしないうちに、長光は眼を覚ました。
「義兄……さん?」
「気分は大丈夫か?」
「私、倒れたんですか?」
「うん、そうだよ。このところは無理しすぎだったり、急なことだらけで心労が溜まっていたんだろうね。自律神経が乱れたんじゃないかな」
「誰の、せいだと思っているんですか」
優しくも弱々しい笑みを浮かべる。
「……義兄さん。いつまで、頭を撫でているんですか?」
「ああ、ごめん。嫌だったよね」
「……嫌じゃないことが、嫌なんですよ」
「難しいことを言うなぁ」
「……」
長光は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
少しの間横になっていたが、やがて体調も戻ってきたのだろう。
もう大丈夫です。と言って立ち上がった。
「……助けて下さり、ありがとうございました」
「気にしないでくれ。それに、義妹の弱々しくて可愛いところが見られた。頭も撫でられたし、むしろ役得だ。ありがとう」
長光は自室の扉を開け、ふらふらと中に入っていってしまった。
そして、戸を閉める前にひょこっと顔を覗かせて――。
「――義兄さんは、えっち、です。……おやすみなさい」
と言葉を残し、ぱたんと扉を閉めた。
なんだろう。
すごく可愛い。
すんっっっっっごく可愛い。
自分より一回り以上若い(実年齢が)女の子を見て、久しぶりに引きこもっていた股間が反応しそうな気がする。
「――おい。お前、まさか……?」
自分の股間に手を当て、話しかける。
そんな俺の視界の端に、壁から顔だけひょこっと覗かせている雨雫がいた。
口元に手を当てて眼を細めている。
今にもぷーっ、くすくすと聞こえてきそうだ。
「……いつから? 何か見た?」
「ナニも?」
「今、イントネーション変だったよな」
「いやいや、美しい兄妹愛だと思うぞ? うん、そこに劣情があったとしてもな。それに良いではないか。妹にEDを治してもらうお兄ちゃん――」
「
「――ふぁっ!?」
雨雫が全て喋り終える前に呪文を唱え終えた。
ふわっと光が粒子化すると、雨雫は人の形から太刀の姿に戻った。
『パワハラじゃ!! 此方を元の姿に戻さぬか!!』
「さて、俺の部屋にいくか」
太刀を持って自室の扉を開けると、すたすたと自分の衣服が締まってあるチェストボックスの前に立った。
一度地面に雨雫の太刀を置いて、チェストボックスの中で下着・肌着類と書いてある棚をすっと引き空ける。
『ま、まさか……? そ、そなたもしやとは思うが!?』
俺は無言で雨雫を手に取ると下着や靴下、肌着が溢れんばかりに入っている中に雨雫をぐいぐいと埋めていった。
『やめ、やめよ!! くさっ、くっさッ!! 此方にこのような仕打ちをしてただで済むと……ぇ。し、閉めないでぇええええええええつ!? 此方が悪かった、すみませんでした!! ごめんなさいってば!!』
号泣しながら許しを請う雨雫の言葉にも、
仏でさえ三度しか我慢しないのだ。
パタンとチェストボックスを閉め、収納が終わった。
『暗い!! 暗いし嫌な臭いが充満しておる!! 安綱、安綱様――!!』
世の中には
そう。
俺は別に大人げないことなんて何一つしていない。
本来そうあるべき所に収納しただけだ。
必死に何かを切願する声を尻目に、俺は布団へ潜り込んだ。
二日間まともに寝ていなかったから多少抗議の声や騒音がしても、意味はなし。
問題なく俺は深い眠りに落ちていった――。
翌朝、チェストボックスに入れてあった俺の肌着類は、雫が流した涙でびしょ濡れになっていた。
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