学園と厄災
第6話 学園へ
「いい見広、忘れ物はない?」
リシアにそう言われて、見広はそんなに忘れて困るようなものは持ってねぇよとそう答えた。
あれから数日。
やっとショックから完全に立ち直ることが可能となった見広は予定よりもかなり早く学園へ案内されることとなった。
今日はその出発の日で、リシアが部屋に来ているのも見広を馬車で送っていくためだ。
「シルルの家にあったあの短剣。あれだけは忘れちゃいけないでしょ?」
「ちゃんと持ってるよ。あれを街中でぶら下げるのもなんかあれだからカバンの中に入れてる」
宿主がいなくなった家の整理をするために知人であったリシアと見広は呼ばれたのだが、その時にシルルの家の倉庫から発見した短剣は装飾が丹精込めてされており、見広の目を惹きつけたのだ。
形見にもちょうどいいか、と思って持ってきた始末だった。
「着替えの服は、この後街に出て買っていけばいいんだし……」
特に後持っていくものはないな、と見広は部屋の中を見渡してそう呟いた。
リシアもそれを聞いていたらしく、すぐに「それじゃぁ行こうか」と見広に言ってきた。
馬車は、リシアが宿に到着した時からすでに待機してくれていたようで、その馬車に見広たちはゆっくりと乗り上げた。
それを確認するとゴトゴトと音を立てて、馬車が動き始めた。
「……そういや、学園ってどこにあるんだ?」
根本的なところを聞いていなかったな、と見広は思い出してリシアに聞く。
対してリシアは確かに話していなかったな、と言ったように手を打ち合わせてその後馬車の窓から指を刺す。
「あそこだよ」
その場所に見えたのは、遥か遠くに建物が一つだけ。
おそらく指しているのはその建物だとわかったが……。
「あれって城じゃないのか?」
そう聞いた見広にリシアがフフッと笑い掛ける。
「実際には城の形をした、魔術師の育成学園だよ」
「……どうしてわざわざ城の形を」
学園を作るのなら、わざわざあんな財力や権力を誇示していますみたいな施設の形にしなくてもいいのでは、と見広は疑問に思った。
そのことを、リシアに聞くと「あぁ違うんだよ」と相変わらず微笑みながら返された。
「もともとあの施設はお城だったの。それで今はもう使われなくなったから、再利用しようってことで」
外見はそのままに、内装に少しだけ弄りを入れて創立されたのがあの学校らしい。
へぇ、と見広は思わず漏らした。
王様の城が王族以外のために再利用されるなんてことがあるのだな、と不思議なものを見たような感想を漏らした。
「あぁ、それは先代の王様も今の王様も結構大胆な人だからでしょうね」
「……大胆、ねぇ」
権力に溺れているだけではない、ということなのだろうか。
どうにしろ、王様と会う機会なんておそらく一生ないと思うので、自分に不利益になるような政策をしなければ一切口出ししようとは思わないが。
(城の形をした学園、か。俺としては施設がきちんとしてくれていれば文句はないけどな)
学園____別の言い方をすれば学校なのだが、見広が通っていたのは「近場だから」と「親友が通うから」という理由で選んだ対して有名でもない地元の高校だった。
だから少しだけ、元とはいえ王城という立派な建物に入るのは腰が引けたのだが。
「見広?」
そんな思考に耽っていると、リシアがボーッとしている見広を見かねたように声をかけてきた。
コテンと首を倒した姿がとても可愛らしい。
「いや、なんでもない。ちょっと俺の地元のことを考えててな」
「地元? そういえば見広って名前はここら辺じゃあんまり聞かないし、どこか違うところから?」
リシアが、そう聞いてきたのでそうだな……と見広は頭の中に東京の街を思い浮かべた。
都心とはかなりかけ離れていたのだが。
「ずっと、ずっと遠い場所からかな」
うっすらと懐かしさを浮かべながら語る見広にリシアは問う。
「そんなに遠い場所なの?」
「そうだな、どこにあるかわからないくらいにはずっとずっと遠いよ」
海をどれくらい渡ったら着くの、とそう聞かれて見広はどうだろうな、と言葉を濁した。
自分がこの世界ではない別の世界から来ましたなんて言ってもどうせ信じてはもらえないだろうし、帰る術も知らないのだから語る必要はなかった。
「ほんと、見広って不思議な人」
「不思議って……。俺はこれでもごく普通の一般人と自負してるんだけどな」
本性は、ただの一般人の皮をかぶっているだけの《異世界人》なわけだが。
まぁ、あっちの世界でもただの一般人だったからこっちの世界でもただの一般人だろ、というよくわからない理論で見広はそう答えたのだった。
「まぁ、一般人ではあるわね」
「だろ?」
やけに自信満々に、ニヤリと笑って見広がいったのを見て「何それ」とリシアが笑った。
それから、見広のための服を買って昼食をとってからまたバスに乗り込んで陽が落ちる頃。
ゆっくりと、馬車が減速しそして止まった。
「ほら、ついたわよ見広」
「ん、んん……」
見広はそうやって声をかけられて、目をこすりながら回らない舌で返事のようなものをした。
そうして数秒後、意識を覚醒させてようで慌てて倒れかけていた体を起こした。
「え、もしかして寝てた?」
「ええ、もうそれはバッチリ」
まじかぁ、と見広はつぶやいた。
どうせなら、異世界の景色を楽しみながらしようと思っていたのだが途中から意識が夢の世界へ飛び立って知らぬ間に目的地に着いてしまっていたらしい。
「やっちまった……」
「でも、そうやって何も考えることもなく寝れるようになれてよかったじゃない」
「いや、まぁそれはそうなんだけど」
なんとなく答えにくい皮肉が返ってきて見広は苦笑を漏らす。
しかし一般人の頭というのは都合のいいように作られていて、数日前までは鮮明に思い出せたものでも数日経てば記憶の片隅に置かれてしまう。
(それを時にはありがたいと思う、か)
それでも思い出すことは可能だけどな、と見広はひっそりと思った。
その後馬車から降りて、学園の門を潜った彼は途端におぉ、と感嘆の声を漏らした。
「本当に元王城なんだな」
「ふふっ、びっくりした?」
リシアはそんな見広のことを面白そうに見つめながら、その敷地内へと彼を招き入れた。門をくぐった先は、広大な整備された土地が広がっていた。
日本の高校の二倍ほどの面積はあるのではないだろうか。
適度に切りそろえられた雑草は、ある一定の箇所にだけ群生していてそれがまた生徒たちの忙しさを物語っていた。
「リシアはここで何をしているんだ?」
「私はねぇ。一応ここの生徒として登校してるんだけど、基本的な立ち回りはここで働いている人たちの手伝いかな」
最近はそれでも人手が足りなくなってきたのだとかなんだとか。
「俺はさらにそれの補充要因ってことか?」
「まぁ、そうね。力仕事は私には向いてないから」
まぁ、確かにそうだろうなと見広は一度リシアの体全体を眺めてみてからそう思う。
彼女の体は細身の見広から見てもさらに細身だった。
すらっとしているというよりは極端に女性的な体である。
なにが、ともどこがともあえて言わないが。
「あとは……」
何かをリシアが話そうとしたとき、後ろから「すみません」という声がかかって二人はちらりとそちらを振り返った。
「通ってもいいかな」
「あ、はいすみません。こんなところで立ち話をしてしまっていたので……」
リシアが、謙虚にもその声の主……黒髪の男に謝ったが、見広は何も言わなかった。
すれ違う瞬間に、ちらりと見広は見られた気がしたがそれは見広が相手のほうをずっと見ていたかもしれない。
「見広みたいな純粋な黒髪の人が珍しんじゃないかな?」
眉をひそめた見広の思考を読んだのか、リシアがそう言った。
まぁ、確かにこの世界に来てから黒髪の人間に会うことはなかったが、とそう見広は思ったが実際感じていたのはもっと違う疑問だった。
(あの人は……)
何か懐かしい面影を持つような気がして。
気のせいだと割り切るのも躊躇するくらいには。
(なんだったんだ?)
そんな疑問にさらされながらも、リシアに見広は連れられて歩いて行った。
《あとがき》
ということで、舞台はガラリと変わります!
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