第2話 魔を喰らう

 その瞬間に感じたのは、少しの抵抗感とそれでも自分な中に何かが流れ込んでくるような高揚感だった。


 圧倒的だった水砲は消え失せて、そこで堂々と立っていたのは無傷の見広。

 全くもって理解できていないような顔をしているのは後ろにたった少女だった。



「ご馳走様」



 感情に導かれるままに、見広はそう発音した。 


 目の前のゴブリンはどうにも今の状況が理解できていないようで、馬鹿みたいに口をポカンと開いていた。


 見広は、ゴブリンでもそんな反応をするのか、と苦笑して無謀なそれを嘲笑う。



「それじゃぁ、今度はこっちのターンだな」



 きちんとした発音で、声を発した見広が息を吸い込んで。

 ダンッ、と大地が踏みしめられて見広の体が加速する。

 

 一気に距離を詰めた彼は、そのまま魔物に向かって腹パンを一発。



 ゴキリ、と小さな音がしたのはおそらくそのインパクトの瞬間に相手のどこかの骨が折れたからだろう。



 喰われた魔法の魔力は、見広の体を巡り強化する、エネルギーへと変化した。

 それこそ、本来の効果であるとでもいうかのように。


 振り切られた拳はゴブリンを吹き飛ばして、攻撃された方は数メートルほど吹き飛んで動かなくなる。



(死んだ、か)



 そうでなくとも殴ったゴブリンはこの戦闘中に起き上がることはできないだろう、と判断した見広は次の敵に目線を変える。



(先にメイジを倒すべきか。あの魔法をまた放たれたらこっちの精神力が持たない)



 そうして、また右拳が一発。


 先ほどのゴブリンよりも、メイジの方を殴った時の方が軽いような感じがした。

 結局それも、まともな防御など取ることができずに拳がクリーンヒットすることになる。


 そうなったのならば、今の見広の攻撃をゴブリン如きが耐え抜くことは不可能である。

 

 後衛職を失ったからか、本格的にゴブリンは焦りと困惑を浮かべ始めて……そうして、たった一人の少年にゴブリンたちが圧倒されるのは言うまでもないことだった。



「……すごい」



 後ろの少女がそう言うのを微かに聞き取りながら、見広は一番近くに寝ていたゴブリンの頭を思いっきり蹴飛ばした。いきなり襲われた鬱憤という鬱憤を全部乗せて。


 バウンドして地面を転がったそれをみて見広はいう。



「よし、ちゃんと死んでるな」



 魔物とはいえど人の形をしたもの。

 それを殺してもなお、見広は特に何かを感じることはなかった。



「終わったけど……。大丈夫か?」



 振り返って少女の方を向くと、少女は「えぇ、大丈夫よ」とうっすら笑いながら返事をした。


 見広はそれを聞いて、よかったと肺の奥底から息を吐き出した。



「____あなたの、あれはなんなんですか?」



 「あれ」と言われて、何のことを指しているのか一瞬理解できなかった見広だったがあぁ、とすぐに理解する。




「《魔を喰う物マナイーター》だったっけな。どうにも、あれくらいの魔術ならば食えてしまうらしい」




 その、なんの変哲もなさそうな両手を胸の高さくらいまで掲げながら見広は少女にそういった。


 少女は一瞬、興味深そうな目をしたが一度ゆっくりと瞬きするとその好奇心にも見た瞳は消えてしまっていた。

 プライバシーとかなんだとかの問題なんだろうな、と見広は思ったがそもそも異世界にプライバシーなんて存在するのだろうかと考えて馬鹿らしくなった。



「そんなものが……存在するんですね」

「まぁ、ここにその実例があるわけだしな。それに魔術とか魔法とか、そう言うのもあるんだろう?」



 見広が不思議そうに、そういうと何を言ってるんだこいつは、とそんな風な目で見られた。



「そもそも《身体強化》も《風魔法》も何も使っていませんでしたよね?!」

「お、おう。まぁ《魔法》なんて一回も使ったことはないからな」



 そんな便利なものがあるのなら、日常生活にも使いたいものだと見広は思う。


 いや、こっちで暮らしていくことになったとしたらそれが当たり前になるのかもしれないが。



「魔法なしで生きてきたんですか……。身なり的にどこかのスラム育ちでもなさそうですし、もちろんお貴族さまっぽくもないですね」


「んな身分制度、俺たちの国じゃとっくに廃止されてるよ。今じゃ、身分も何もない共和制だよ」



 へぇ、と今度こそ興味深そうな顔を少女がした。


 しかし、その仕組みについて話せと言われるとろくに勉強を行ってこなかった見広は答えることができないので話を変えることにした。政治なんてまともに考えたことはなかった。



「そういえば、お互いまだ名前を知らないんじゃ?」



「そういえばそうでした。私はシルルって言います。身分は平民、ですね」


「俺は、天智 見広。出身は訳あっていえないけど……いや、正確には言っても誰もわからないだろうけど。身分は、多分平民なんじゃないか?」



 何せ、日本人に平民だとかなんだとか、そう言う意識がなさすぎて天皇以外がどう言う身分になるのかよくわかっていなかったりする。


 一般人ってやつだろうか。



「あなたは、なんだか不思議な人ですね。あんなに強い力を持っているのに、まるでその力を今の今まで知らなかった人みたい」


「……みたい、じゃなくて本当に今の今までこの力について知らなかったんだよ」



 知る術も、必要もない世界にいたからなと言う言葉は口にする必要ながないので飲み込んでおいた。



「これからはどうするんだ?」

「うーんとね。とりあえず、近くの街まで行ってそれから……は未定かな」



 らしかった。


 見広はどうしようかと考える。

 近くに町があるのならばそこまで一緒に行ってもいいのかもしれないが……。


 チラリとシルルの方を見てみると、それに相手も気がついたようで。



「一緒に来ますか?」



 と、親切にもそう言ってくれた。



「俺がついていっても大丈夫ならついて行くけど……」



 女子と男子が一対一の状況はどうなのだろうか、と今更ながらそういう根本的なことに気がついた見広だった。


 いや、一旦それはおいておこうと思考を放棄しシルルの声に答える。



「サンキュ、街まで連れていってくれると助かる」


「わかりましたー。それでは行きましょう、と言いたいところですがその前にゴブリンから魔石を回収します? はしたお金にはなるとおもいますよ」



 そう言われて、見広はいやそうな顔をした。



「えぇ、魔石を取り出すってことはこのくそグロい顔面のゴブリン共を解体さなきゃ行けないってこと?」


「はい。端的にいえばそう言うことになりますね」



 嘘だろ、と殴る時よりも拒否感を感じたが、お金がないことには生きても行けない。

 ここは腹を括って少しでも生きていける方向性を見出すしかなかった。



「つか、魔石を触っても俺の能力って発動するのか?」



 いざ取り出そうとして、そこに気がついて少し楽しみになったりもした。

 ザクリとゴブリンの腹にシルルが持っていたナイフを突き立てる。


 肉の引き裂ける音がして、そのまま腹を割ると、ある一点にドス黒い何かが埋まっていることに気がついた。



「これが?」


「うん、そのゴブリンの魔石で間違いはなさそうだね」



 シルルにも確認を取ってから、手を伸ばす。そうしてそれに手が触れた瞬間____。



「って、なんも起きないのかい!」



魔を喰う者マナイーター》では、魔石を喰らうことはできないと言うことを理解した。



 食べてしまおうと思えば、食べれそうだが……と、手のひらの上に乗せたまま考えてみる。

 するとその思いに答えるかのように魔石が忽然と消え失せた。



(……そういうね。魔石を食べるか食べないかは任意で決められるのね)



 なんだか調子のいいシステムみたいで、少しだけ拍子抜けをしてしまった。

 今、意図せずに食べてしまった魔石のせいでまた、身体中を魔力が駆け巡る。



「見広のそれは、《身体強化》なんですか?」



 シルルが興味本位、と言ったように聞いてきた。



「いや、魔法じゃないと思うんだよ。例えるなら食べたものを消化している状態ってのが一番近いのかもな」

「へぇ」



 他の魔石は食ってしまわないように気をつけながら回収した。



「それじゃぁ、行くか」

「えぇ、行きましょうか」




《行間》




 雑踏から抜け出して、静まり返った町の裏路地に一人の男がフードを深く被って壁に寄りかかっていた。黒一色に染まったその季節に合わないロングコートからは灰色の髪がチラリとのぞいている。


 そこで何かを待っているようで、時折チラリと目線を動かす。



 裏路地というのは、路上で生活する貧しい人どもが生活する場所で、一般人のような格好をしている男は狙われる対象になるはずだが____。



「五月蝿い奴らだ」



 ナイフが一本。

 鮮血が一直線に伸びる。


 殺しという行為を男が躊躇うことはなかった。

 むしろ何か楽しさのようなものを感じているまであったかもしれない。


 手に持った一枚の紙が、男の手から出てきた小さな火の粉によって燃え尽きる。


 はぁ、とため息をついた彼は背を壁から離すと、自分が追うべき人間の名を口にした。



「シルル、か。一体、こんな平民を殺すことになんの意味があるのやら」



《あとがき》

当分の目標は、星三桁、フォロー三桁かなぁ。

どうかよろしく!

 

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