スシマスター

赤牟漁港/三重県北牟婁郡赤牟町/日本国

平成33年10月20日  午後1時00分(日本標準時)


 赤牟港観光案内所の最寄りのレンタカー店で、5人が乗れるワゴン車を借り、赤牟漁港までのドライブはおおよそ15分ほどだった。また来るときも、露木先生を助手席に乗せてナビゲーターをさせるようなことをしなければ、もっと早くつけるだろう。


 しばらく赤牟島に滞在していた水城にドライバーをやらせたかったが、自衛隊謹製の釣り具からどうにも離れたくないようで、トランクに最も近い後部座席を選ぶほどだった。土屋さんはイヤハヤさんのマシンガントークの聞き役に徹していたが、漁港につく頃には随分と体力を使い込んだような表情をしていた。


 島民からは寿司屋の名前を「だごんずし」と聞いていたものの、それらしい店が見当たらない。レンタカーを停めた共同駐車場で、「大幸寿司 この先100m」の看板は見つかった。『大幸』で『だごん』と読ませるのだろうか?


 そう考えているうちに、また露木先生がどこかに消えた。

「あれ、センセイは?」

「また聞き込み行きましたよ。ほら、そこの漁師さんのところ」

 土屋さんに返されて、あたりを見回すと、網の整備をする漁師に露木先生が話しかけていた。

「お、猪瀬、戻ってきたぞ」

 歩くたびにトコトコと擬音を鳴らしそうな歩き方で、露木先生が戻ってきた。

「どうでした、首尾は」

「よく考えてみたらミズさんにこの島のお店の下調べしてもらっとけばよかったなー」

 そう言って頭をかく。水城も思わず苦笑する。

「そうそう、今は『だいこうずし』になってるけど、元々の屋号は『だごんずし』だから同じ店だってさ。イヤハヤさん、お寿司だよ!」

「イェア! スシ! スシ! スシ! スシ!」

「おっすし! おっすし! おっすし! ヘイ!」

 ……あまり混ぜてはいけない二人を引き合わせてしまった気がする。


 ひとりあたま何万円も取るような店だったらどうしようかとも思っていたが、「大幸寿司」の外観は味のあるものの大衆店といった雰囲気であった。ちょうど営業中の札と暖簾も出ている。

「センセイ、スシ・バーのノーレンをくぐるときに、日本人は何か祈りをささげるのですか」

 イヤハヤさんが神妙な顔つきで、露木先生に尋ねる。先生は何かイタズラを思いついた顔をしていたので、土屋さんが先手を打ってイヤハヤさんに説明する。

「まったくそういうことはありません。安心してください。寿司屋に入るときのアイサツで名乗る必要もありません」

「アッハイ」

 土屋さんに向かって先生は少し恨みがましい目線を送っていたが、土屋さんはさらりと無視した。


「ごめんください」

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

 若く元気の良い店員が応対してくれた。整った顔立ちで、身なりも清潔感があった。内装も高級感こそないものの、丁寧に手入れが行き届いている印象だ。

「5名です」

「あれ、外国の方もですか? ミスカトニック・ユニバーシティ?」

「アッハイ」

英語メニューがご利用になれますA list of menus written in English is available

 店員はさらりと英語で説明した。

「ドーモ。日本のスシは初めてですが、日本語で大丈夫です」

 手を合わせた“オジギ”。……そろそろ日本に対する誤解を解いた方がいいか?

「かしこまりました。せっかくですのでカウンターへどうぞ。寿司握るところ見てってください」

「アッハイ」

 店員を先頭に、イヤハヤさん、露木先生、土屋さん、私、水城と続いてカウンターへ向かう。奥まったところの座敷席には先客がいた。ずいぶんとがっしりした後ろ姿で、既にお造りと一緒にビール2瓶をあけていた。……昼間からいいご身分だ。

「大将ー! カウンターに5名様ご案内でーす!」

「あいよ」

 大将は、カウンターの奥からのっそりと現れた。


 ――私たちは、その風貌に、一瞬息を呑んだ。


 大柄な色白の身体と大きな目に低い鼻、ぼってりとした頬から首回りにかけての身体の線は、まるでヒダの多い深海魚を思わせた。ぴしりとノリの効いた白衣と白帽が、そうした風貌をいっそう際立たせていた。


 困惑する私たちだったが――そんなときに、空気を読まない奴というのはいるものである。

「ワオ……スシマスター……キングオブフィッシュ……」

 イヤハヤさんが感嘆混じりに言った。露木先生は言う前に飲み込んだ。大将は愛想と苦笑が入り交じった笑みを浮かべながら言った。

「スシマスターでキングオブフィッシュねえ……いやあ、ひい爺さんの代から寿司屋なんで、魚に似てきちゃうんですかねえ……生まれ変わりなんだか祟りなんだか、アハハ」


 笑っていいのか迷いながら、次の言葉を選んでいると、奥の座敷席からバカ笑いが聞こえた。

「コンちゃんが魚に似てきたってなあ傑作じゃねえか! それくらい赤牟の寿司屋の大将が板に付いてきたってことだよ、ガハハハハ」


 ぎょっとして振り向くと、こちらも大柄な大きな目で低い鼻、ぼってりとした顔つきでよく日焼けした中年男性が、3本目のビールを手酌しながら大笑いしていた。

「そっちこそ魚顔の漁師じゃないですか、佐藤船長。それに飲み過ぎですよ、昼間っからそんなに」

 大将がたしなめる。

「昼間のビールほど美味いもんはねえんだよ、しかもつまみはコンちゃんお手製の一級品ときた」

「褒めていただくのはありがたいですけど、おかみさんに何言われても知りませんよ? 寛太かんた、船長に緑茶あがり出してやって、渋いやつ。カウンターのお客さんには普通の」

「はい、ただいま」

 寛太と呼ばれた若い店員は、調理場へと駆け足で戻っていった。

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