【完結】わたくしッ王女やめますわッ

ユメミ

序章

序章  運命の出逢い

 「姫様〜」


「姫様〜どちらにいらっしゃるのです〜」


 お付の侍女達が声高だかに城内を『捜索』している中。王女フローリアは薔薇の生け垣に嵌って身動きが取れずにいた。


 (やってしまいましたわ………)


 フローリアは途方に暮れていた。

城を抜け出そうとしていたのだ。

『何時ものように』。


 フローリアは王女である。

しかもこの『妖精国』の一人娘。

蜂蜜のような金褐色の髪は波打つようで。

大きな瞳はウォ―タ―オパールの輝きであった。

翠の煌めきの中に虹色の虹彩。

国随一の美貌を誇った母親譲りのア―モンドのような形の瞳を有していた。

鼻はツンと品良く高く。

唇は潤んださくらんぼのような赤み。



 蝶よ花よ蜂蜜よと愛でられ、慈しみそれはもう………………………………………………。

窮屈この上ない宮廷生活を送っていたのだ。

王女だ。高貴な産まれは責務も制約も伸し掛かる。

 だけど。


(『掟』『掟』とうざったいったらありませんわッ…………)


 この姫様。

天性の『自由人』の『跳ねっ返り』の『じゃじゃ馬』であった。

その、見目麗しい姫は今貧相なボロ切れの様なワンピースを纏っている。

変装をしているのだ。

偏に『軟禁』からの逃亡と社会勉強という名の民との触れ合いのために。


 妖精族は比較的『お淑やか』なのである。

この姫様の気質は『亡き母』『王妃』の気質らしく。本来なら『忌み嫌われる』気質であるのだけど、城中のものが『好意的』であった。

それは『母無し』の幼い姫への『同情』か『憐憫』か。

はたまた母親が『国を救った英雄妃』だからか。


 そんなわけで姫は「甘やかされ」「甘すぎる愛」が毒となり。

ほぼ『軟禁』に近い生活を送っていたのだ。

愛する妻の忘れ形見を『失いたくない』欲とはかも甘く醜く。

父親である『国王』の溺愛を臣下の誰一人として止めることは出来なかったのだ。

 だから。

『当事者』が自力で脱出し抗うしか『誰かを犠牲にして』自由を得るよりは正攻法であった。

誰かに『助け』を乞えばその誰かが咎を負う。


 この城内の『誰も』姫様を取り逃がすものはいない。所詮は小娘。

姫様の『逃走』は最早『日常』であり『茶番』であった。

城の皆がこの『茶番』に付き合い適度に手を抜き、『真剣な捜索』はしていないのだ。

 それが。

今回の悲劇と『運命』を引き寄せた形になったのだけど。



 フローリアは木によじ登り城の城廓を登ろうとしていた。

うっかり脚を滑らせて真っ逆さま。

薔薇の生け垣に背中からダイブである。

お間抜けなことこの上ない。


 (こんな時羽を出せたらどんなに楽かしら)


 出せるのに出してはいけないものを今更嘆いてもしかたがないのだけど。

フローリアは薔薇の棘に刺さっている痛みとは違う『心の痛み』にむせび泣いていた。




「悪戯な妖精さん。そんなに泣いてどうしたんだい」


 背後から渋く囁くような咎めるような声がした。

 白い軍服の礼服を纏った武人が陰から顔を出した。ひと目見て『妖精族』ではないと分かった。

書物の世界で幾度も妖精族の宿敵として描かれる『竜人族』である。

 筋骨溢れる体。

 浅黒い肌。

 赤い燃えるよう頭髪に輝くルビ―のような瞳。

 威風堂々とした佇まい。


 無知な『妖精族』ならこの姿を見ただけで震え上がる荒々しい風貌である。

だけど姫は違った。

キョトンと見上げる幼い妖精の様子が『異質』だったのだろう。

赤い双眸を興味深げに細めた武人は言葉を探しているようだ。

しかし近づいたことでこの『状況』をいち早く理解したらしい武人は即急に薔薇の茨に手をかけブチブチ引きちぎりだした。

『救けよう』としてくれるらしい。



「ああ………。薔薇の茨に絡まってしまったのか。

 待ってなさい。今茨を切って………」


「やめてッ…………」


 途端にフローリアは縋るような悲痛な囁きを漏らした。

 武人は怪訝そうに眉を潜めた。


「手荒で痛みが走ったか?すぐ切り離して………」


「ッ…………お願いいたします。

 薔薇を『傷つけないで』

 わたくしはいいの………。薔薇がッ…………。

 おか………。亡き王妃様の大事な薔薇なんです。

 傷をつけたくありません………私は捨て置いてくださいませんか?」


「お嬢ちゃん………?」


 武人は驚愕していた。


「大丈夫………です。

 私『治癒』の魔術が使えますの。

 ッ…………時間かけてッ…………。ゆっくり身を反転させれば………自力で」


 涙で滲むフローリアの呻きと武人の呻きが重なった。


「そうか。自身の怪我よりも『高貴な薔薇』が傷ついたことへの『咎』か。


 悪戯な下々の民は怯えるか………。

 罰は私が受けよう。

 引き千切ったのは私。君は逃げればいいッ…………」


 苦瓜をすり潰したような顔をする武人の纏うオ―ラが、一瞬暗く淀んだのをフローリアは感じた。

『怒り』だ。

 フローリアは今変装していて『下民の簡素』な服を纏っていた。

 彼は誤解したのだ。

『悪戯な下々子供が城内に侵入。

 国宝の薔薇を傷つけたかどで『咎人』になることを恐れて震えている』と。


 その後武人の目が据わるのも見て取れたフローリアは声を張り上げた。


「この王国に『悪戯な子供』が城内のものを壊したからと罰を下すものはッ…………。

 いませんッ…………。誤解です。

 善良です。ここの高貴な方もッ…………仕える方々も。

 私がッ…………王妃様を愛しているのです。

 我が『国を救った英雄妃』の国母様を愛さない国民はいませんッ…………。

 そんな『軽蔑』なさらないでッ…………お願いッ…………」


 必死に手を伸ばし武人の腕を擦った。

 ハッ…………とした武人が怒りのオ―ラを収めたのとフローリアの血に濡れた頬を擦ったのは同時だった。

 大きなゴツゴツした歴戦の戦士の大きな手がフローリアの肌を優しく撫でた。

 途端にフローリアの幼い身体に甘い痺れをもたらした。

 父や兄と触れ合っても感じたことのない痺れ。

 心臓が耳元にまでせり上がってくる感覚。

 武人の紅く燃えるよう瞳がキラキラ煌めいて見えた。


「ゆっくり解せば良いか?それがそなたの望みか?」


「ッ…………いえ。

 貴方様のお手が傷付きます。

 どうぞ………どうぞ………捨て置いてください」


「出来んな。そんな………。

 瞳が潤んだ可憐な幼子を放置する『薄情もの』とお思いか………?

 我ら竜人は野蛮だがなッ…………。

 弱気者を蹂躙する加虐性はないッ…………。

 少なくとも私は………」


「へ?わ………違います違います………。

 竜人族の方々は野蛮なのではありませんわッ…………。

 ただ私の『失敗』を貴方の傷では対価が大きすぎますわ………。

 竜人族の肌が強いことと、痛みは。

 等価ではありませんのッ…………。

 痛いものは痛いのです。

 お止めくださいッ…………」


「このッ…………強情め。

 痛みはそなたも同じだろう。

 悔い改めろ。

 お前の悪戯な行いが一人の武人の手を痛めたと。

 そのくらいの咎がなければそなた「また」同じことをするのではないか?ッ…………」


 武人は小言をネチネチ呟きながら諌めながらもその手を傷つけながら。

 優しく優しく茨を解いていった。

 フローリアは痛みに呻かないようにした。

 呻いた瞬間武人の瞳が揺らめくから。

 彼女が根をあげたら『すぐに』薔薇を引きちぎろうという意思を感じたから。


 そのうち呻かないフローリアと武骨な武人は黙り込んだ。

 カサカサ。

 茨を解いていく音だけがした。

 フローリアはこの甘美な痛みがずっと続くことを願った。


 その甘美な時間は終わりを告げフローリアは武人の手に治癒魔術をかけた。

 そのことはまた武人を驚かせたらしい。


「その幼さで?他者への治療を………?

 自身の回復をする妖精は見たことがあるが?」


「はあ………確かに。珍しいですね?

 ………………では。武人様。ありがとうございました………わ」


 フローリアはお辞儀をして立ち去ろうとした。

 それをガッシリ腕を捕まれ止められた。

 その力強い大きな手の感触にも戦慄き、痛みにも戦慄いた。

 また武人の瞳が怒っている。

 誤魔化しは効かなかったらしい。


「そなたッ…………自分の傷を治すのはどうした?

 ッ…………ッ…………まさか」


「………………そのまさかですわ………」


 軍人が呻きながらフローリアのおでこをデコピンした。

 痛みで悲鳴をあげると彼は懐から軟膏と包帯を取り出して粛々と手当を仕出した。

 フローリアの傷は見た目の血ほど深くはなかったのだけど。

 背中の傷は裂傷が大きく。

 これは誤魔化せないなと自嘲したフローリアにまた武人はデコピンした。


「じゃじゃ馬が過ぎる。

 怪我が治せないなら。『怪我をしない努力』をしろ。

 大人しくするか身体を強靭にするかだ」


「はいッ…………」


「何をしたらこの茨に絡まる。

 妖精族も羽があるはずだ。魔獣にでも襲われたか?」


「え………と」


 フローリアは困り果てた。

 フローリアの「羽」のことは父親と兄上しか知らない『秘匿』なのだけど。

 この救けてくれた優しい方に『嘘』『誤魔化し』は効かない気がしたからだ。


「羽に………『欠陥』がありますの。

 ひと目に………晒せなくて。

 わたし。ひと前では翔んだことが………」


「何。空の『味』を知らんのか?なら………。このまま城外に逃がしてやるか」


 武人が初めて笑った。

 その綻ぶような色気を孕んだ『いたずらっ子』のような笑み。

 その笑みがフローリアの心臓に留めの一撃を喰らわせた。

 と同時にフローリアの身体がふんわり浮いた。

 それは『お姫様だっこ』というもので。

 生粋の『お姫様』のフローリアでさえ父親にしか許したことがない体勢だった。


「ふあッ…………?」


「口を閉じろ。舌を噛むぞ。掴まれ」


 静かに呟いた武人の声がフローリアの耳元に響いて。

 胸の高まりと共にどんどん重力に逆らう風の音も耳に響き渡る。


 いつの間にか目を瞑っていたらしい。

 頭上からはくつくつ笑う声がして擽ったくなり身もだえる。

 フローリアの小さな身体は武人の逞しい腕と胸筋に支えられていて。

 目の前には彼の白い軍服と勲章。

 さっきは傷の痛みでわからなかったのだけど、数々の勲章がこの武人が『優秀な』軍人だと語っていて。

 そのことと彼のスパイシーな薫りにクラクラしたフローリアはまた目を瞑る。


 また頭上からくつくつ笑う声。


「可愛い妖精さん。ほら。下をご覧」


 面白がっているような彼の声にやっと目を開けた。

 そこは。

『妖精国』が一望できるほどの高度であった。


 美しく光り輝く白い城廓。煌めく山脈。

 広大な活気のある首都。

 色とりどりの果樹園地帯。

 精霊が住まう古代樹の森。


 あまりの美しさに感嘆の声を漏らしたフローリアは武人を見上げると彼の褐色の瞳も美しい景色と光を映し煌めいていた。


「なんて………美しいの?」


「ああッ…………。妖精国は美しい」


 二人の『美しいもの』は少し違っていたけれど。

 春の暖かい日差しと風が二人を包みこんでいた。


 その後優しく首都の端に降ろされたフローリアは武人に縋りなんとか『ルドルフ』という名だとだけは教えてもらい。

 驚くべきことに治療のお礼にと小さな『髪飾り』を買い与えられた。

 繊細な金色の『鈴蘭』の綺麗な装飾の髪飾り。

 下町の小娘に送るには少し高価なものだった。

 恐れ多くて遠慮するフローリアに武人は白い歯を見せながら解れたフローリアの金褐色の髪に髪飾りを差し込んだ。


「髪に綺麗な装飾があればお転婆も治るんじゃないか?」


 といたずらっ子のようなあの魅惑的な笑みで笑った。

 大人の素敵な武人に優しく優しく微笑まれて、惚けないほうが無理である。


真っ赤になるフローリアに果物や飲み物も買い与えたルドルフはちびちびと小動物のように名も知らぬ甘そうな果樹を頬張る小さな女の子を見つめた。

あまりにじっくり観察されているからフローリアはますます赤くなるのだけど。

その様子に頬を掻きながら照れくさそうにルドルフはため息をついた。


「………不躾に見つめて悪い」


「………妖精族が珍しいですか?」


不思議そうに見上げるフローリアの頭を優しく撫でながらルドルフは首を傾げて唸った。


「うん。私を『怖がらない』妖精族は初めてだから。

それが………興味深くてね」


ルドルフは語った。

使節団としてこの妖精族の国に来たが。

会う妖精族。国王までもが自分達を見て『怯える』。

何故かと問うと。

昔話や童話、伝承、口伝、先の戦いの日々で『竜人族』は『妖精族』を食べると誰もが信じている。と。

これらの『根も葉もない噂』も『改善』している最中であると。

国王直々に謝られたこと。

現にマ―ケットに訪れても通りを歩いていても。

こちらを見る視線は皆怯えている。


その中で『怖がらない子供』に会ったら興味を唆るだろう。と。

その話を気に入りながらフローリアは頷き眉を揉む。

フローリアが考え事をする時の癖である。


「無知が………恐怖を呼ぶのでしょうね?」


幼い少女が紡いだ言葉にルドルフは益々興味深げに傾聴した。


「「無知は罪である」といいう偉人の言葉がありますわ。 無知なヒトが引き起こす罪としては、 無知を取り繕う無責任な発言を行い、その結果が悪いと隠蔽しようとして嘘を重ね、さらに 悪い結果を導き出すことである。………と」


さっきまで赤らみ恥じらっていた少女とは思えない機知に溢れた声で語りだす。

その唇に所作に武人は笑みを深めた。


「「無知の知」という考え方を基本ですね。

文字通りの意味は「無知であることを知っていること」が重要であるということです。

要するに「自分がいかにわかっていないかを自覚せよ」ということです。

言い換えると「知らないこと」よりも「知らないことを知らないこと」の方が罪深いということです。


でも。それを『国民が愚鈍だから』で済ませてはいけないと。

わたくし思いますの」


少女の語りは熱がこもりだした。


「確かに妖精族は優しく、争いを好まず穏やかな気質です。

それは『平和』の中では素晴らしい気質。

でもやはりそれだけでは『生き残れない』からこその竜人族との和平ですわ。


あ。

『友好』だけと。綺麗事ではすみませんでしょ?国家間。違う種族。文化。

同じなのは………。命は一つで血は赤い事と言語が同じだけかも。


でも今の国王達は『歩み寄り』を決断された。

わたくしはその決断だけでは駄目だと思います。


国民の『無知』に一石を投じなければ。

耳を塞ぐ国民も居ますわ。

一昼夜では成せない。

わたくし達若い世代から古い世代を諌めることも大事ですわね?

新しい風がせっかく入ったのだもの。

『これから』を模索するのも力のあるものの責務ですわね?………あ」


フローリアはまた真っ赤になる。

武人を見上げ下を向いた。


「おしゃべり………出しゃばり………。

あぁ………。悪い癖。


要約しますと。

竜人族のことを調べましたから、必要以上に恐怖もありませんわ。

と簡潔に言えば良かったわ………。

恥ずかしい………」


武人は首を振りフローリアの頭を撫でた。


「妖精国は安泰だな。 

こんなに幼いのに賢い国民がいる。


是非とも竜人族の学校で講義をして欲しい限りだ。

あちらも頭が硬い年寄が多い。 

妖精族の偏見も正さなければな?

我等使節団の役目だな」


武人ルドルフは輝かしい笑みを浮かべた。

その笑顔がまたまたフローリアの心臓をせわしなくさせた。


 齢8つにしてフローリアは『運命の出逢い』を果たしたのだ。


彼は褐色の美しい羽を広げ城に羽ばたいていった。

その後ろ姿を目に焼き付けて。

フローリアは大急ぎで城に帰ったのだ。


 そこで怪我のことをこんこんと侍女達や父親、兄上からも叱られながらも。

なんとか『ルドルフ』なる竜人族の武人が『ルドルフ・ドラキュ―ル』という名の使節団の団長だと知った時には。

 彼は『竜人国』に帰還した後であった。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 

 あれから13年の時が経った。

長かったような、短かったような。

そんな面持ちでフローリアはルドルフを見上げた。

ルドルフの大きなゴツゴツした歴戦の戦士の大きな手がフローリアの肌を優しく撫でた。

途端にフローリアの身体に幼い日と同じ甘い痺れをもたらした。

父や兄と触れ合っても感じたことのない痺れ。

心臓が耳元にまでせり上がってくる感覚。

武人の紅く燃えるよう瞳がキラキラ煌めいて見えた。

ルドルフが笑った。

あの頃のようなその綻ぶような色気を孕んだ『いたずらっ子』のような笑み。

その笑みがまた新たにフローリアの心臓に留めの一撃を喰らわせたのだ。


 月夜に照らされたルドルフは、まるで王子様のように洗練されていた。

否。

そこらの王子よりもフローリアには煌めいて見えた。

さっきまで皇太子とフローリアの駆け引きに沸き立っていたギャラリーも、熱熱な二人のワルツに見惚れている。


すっかり主役を奪われた形になったハイド皇太子は、『余興』だと皆に愛想を振りまきながらも、竜人国国王に引きずられるように王座の席まで引きずられていった。

その瞳が『執着』の色を滲ませていることにフローリアもルドルフも気が付かなかった。


ルドルフにはフローリアしか見えず。

フローリアにはルドルフしか見えなかった。


さっきまでの主導権を握らせまいとヒラリと躱す激しいステップを踏んでいたフローリアの脚は、ルドルフの力強いリードには大人しく付き従うようにステップを刻んだ。


「じゃじゃ馬な妻だ。

私が来るまで大人しくと。記したはずだが?」


 ルドルフの咎めるような称賛するような掠れる吐息混じりの囁きに、フローリアの身体が跳ねた。

先ほど口づけられた首筋が燃えるように熱い。

フローリアな頬も赤いのだろう。

近くの御婦人の

「旦那様には初々しくされていて、可愛いらしいわ」

と微笑ましく見物する声もした。


ルドルフの力強い手の平が腰を引き寄せ、フローリアの小さな手も握り込むようである。

そこに『所有欲』か『独占欲』が滲むようでフローリアはすっかり惚けてしまった。


「愛しの旦那様………帰還をお待ちしておりましたわ」


ルドルフを見上げながら、絞り出すように呟いた言葉。

その言葉にルドルフは歯を見せて笑った。

幼き日に見たあの『いたずらっ子』のような笑み。

ただその瞳は見たことのないほどの『熱』をジリジリと含ませていた。

途端ルドルフは立派な羽を出してフローリアを抱えながら空中でステップを踏んだ。

どんどん高度も上がり、羽が出せないフローリアはルドルフに縋るしか出来ない。

彼の力強い腕は信じているのだけど、咄嗟の恐怖に抗えず首に手を回して目を瞑ってしまった。

耳元でルドルフがクツクツ笑う声がする。

甘く掠れた低い声。

幼い日に聞いた声。

フローリアが恋い焦がれた声だった。




「あぁ。愛しの我が妻よ。

あの日以来だな。

今わかった。

君があの日の『じゃじゃ馬娘』だと。

さっきまで気高くいたのに今は可憐だ。

見たかッ…………あの皇太子のアホ面。

天晴だった。

あんなにスカッとする社交界も始めてだ。


君が死守した『ファーストダンス』を貰えて嬉しい。遅くなりすまない………」


ルドルフの唇がフローリアの耳を掠るようでどんどん心臓が高鳴る。

今は観衆は聞こえないはずなのに、ルドルフが『愛する妻』と呼ぶことに歓喜あまり泣きそうになって彼の首に縋り付いた。


密着したルドルフの鼓動も同じリズムなことに安堵するのか高揚するのか、わからなくなった。



「愛しのルドルフ様っ………フローリアは。

フローリアは無事のお帰りをお待ちしておりましたッ…………」


フローリアのこぼれ落ちた涙をルドルフは優しく優しく啄んだ。



そんな二人を観衆も月も見守るようであった。



ダンスが終わりルドルフはやっと国王陛下並びに高貴な方々への挨拶を済ませた。

勲章授与式典も後日あることが告げられた。

『愛しの旦那様の帰還に歓びの涙を流すさっきまでの気丈だった女傑』のフローリアが、ルドルフに横抱きにされるあまりの可愛らしさに。

竜人国国王も列席のお偉方も二人の早めの帰宅を赦した。


帰路の馬車の中でもフローリアはルドルフに縋りつき離れず。ルドルフはずっとフローリアを横抱きにしていた。

『ルドルフ様』『会いとうございました』

と呟きむせび泣き続け。

それをあやすように啄みながらルドルフはしきりに、『待たせてすまなかった』『ずっと気を張っていたのか?』『涙まで美しくて困ってしまう』と慰め続けた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ルドルフはフローリアの跳ねるような小さな舌をゆっくり捏ねる。

フローリアは不満なのか物足りないと言うように、ちゅるちゅる吸い付いた。吸い付き方は子猫のようである。

ルドルフはフローリアの頬を首を耳を優しく優しく撫でながら、丹念に舐め取っていく。

必死にしがみついてくる手を握り込んでやると、さも嬉しそうに握り返してきた


うわ言のように『旦那様』と。『嬉しい』と呟くフローリアがいじらしくて。

さっきまでのイライラは、他の男に縋った妻への『嫉妬』だったのかと愕然とした。

性に奔放な妖精族との『政略結婚』だ。

彼女の過去の男もこれからの男も覚悟した気でいた。

過去の男も殺したいほどなのに。

彼女がこれからの魅了するであろう未来の男達も殺してやりたくなる自身の『欲深さ』にも愕然とした。

妖精族との結婚には合わない男だ。

彼女は自由にすべきなのに。

己は彼女を縛ろうとしている。



キスが甘いと囁くフローリアを啄み。

剥いた身体を真っ赤にして身を捩る姿が可愛らしく。

まるで無垢な少女を暴いている背徳感は。

フローリアの熟れた身体とのアンバランスさでルドルフをクラクラさせた。


これは毒なのに甘い蜜の魔性だ。

初めて感じる女に狂っていく予感への恐怖に冷静さを見出そうとするが。

舐めて啄むほど甘く香り泡立つ白い肌。

真っ赤になる耳。

恥じらい終には背中を向けた時には、羽管の付け根まで舐め上げた。

男の快楽はねじ入れてしまえば、ひたすら欲のままに腰が止まらなくなるものだ。

そんな単調な動きに支配されたくなかった。

その前にあらゆる技で蕩けさせた。

そうしなければと思わせる女だった。

女に奉仕するなど柄にもないことを粛々とやり続けた。


何回も甲高い声を出して恥じらい腰が逃げるフローリアを捕まえて、蜜を吸い上げ舌を割り入れた。

その時の身体の強張りを初々しく感じたはずなのに。

何回も気をやり弛緩した胸をを上下させる身体をまた愛でると『死んじゃうッ…………』と可愛らしく縋るのを宥め。

フローリアが泣きながら『早く貫いて』と叫ぶ声になけなしの理性は砕け散った。

頭に血が登り。

視界がぼやける程興奮していた。

やっと穿った瞬間の奥の硬さと身体の痙攣。

収縮する動きは奥に誘うようで排除するようで。


優しさなど忘れて抽挿を行おうとすると、腰が持っていかれる初めての吸い付きにためいきを吐いた。


「ッ…………男が狂うわけだッ…………」


自嘲して蕩けたフローリアの瞼を啄みながらより、奥を抉ろうとした。


『………痛い………ふえッ…………痛くて気持ちくて馬鹿になるッ…………助けてッ…………助けてッ…………』


その呟きにルドルフは驚きと共に歓喜のため息を吐いた。

彼女は散々毒婦だと。男を泣かせてきたのだと。

経験豊富だと自ら語ったから、さぞ奔放なのだろうと勝手に思っていた己の馬鹿さに、ルドルフは愕然とした。

十分に潤し何日も解したはずなのに彼女の脚は開き慣れていない。

腰などどんどん退けて上にずり上がる。

瞳は惚けているのに冷や汗で身体は冷え切っていた。


「フローリア?

君は……?経験豊富だと?これではまるで?」


「?……経験豊富ですわ?」


痛みに囁くようにか細く呟くフローリアの健気な瞳に血の気が一瞬引いた。

ただ次の瞬間にはまた血が上るようだった。

奔放とはあまりに真逆の反応に浅ましく喜ぶことが情けなくなる。

彼の褐色の瞳は愛おしい妻の淫らな美しい痴態を焼き付けるように見つめている。

この痴態を知っているのは己のみなのだ。

そしてこれからも。知っているのは己のみだ。


それはルドルフの心臓を貫くほどの多幸感だった。

彼女の痛みを喜ぶなど最低だが。

その自分を愛おしげに見上げる妻が女神に見えた。

  

 「ッ…………フローリア。

あぁ……君は俺の妻だ………。一生離してやるもんか…………。

他の男に涙を見せるなど赦さん。


君が『なにもの』だろうが変わらない。

蟻でも蝶でも天使でも精霊でも。


愛している…………」


「ルドルフさまッ…………。

ずっと………ずっと………お慕いしておりましたッ…………。

嬉しい………嬉しい………」


ルドルフが苦しそうに呻きながら、愛を呟きながら覆いかぶさってきた。

フローリアはむせび泣く。

痛みと甘美が両方訪れる恐怖に打ち震えながら気を失った。


 幼い日の運命の出逢いから13年の月日が経っていた。


これは竜人の冷血の伯爵と呼ばれたおじさま旦那様に執愛される妖精のお姫様の物語。

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