彼は異世界の救世主になるそうです。

@tomoyasu1994

第1話召喚

 トミヒロは、20XX年に、日本のある町で死んだ。

 死んだ原因は、大型トラックにはねられたことだった。

 トミヒロは、自宅から最も近いコンビニでアイスクリームを購入した帰り道に、たまたま、横断歩道で大型トラックに轢かれそうになっている一人の女子中学生を目にした。

 トミヒロは咄嗟に横断歩道に飛び出すと、横断歩道の真ん中で立ちすくんでいる女子中学生を突き飛ばした。その女子中学生は歩道に押し出され、地面に倒れ込んだ。

 それを目にして、トミヒロは安堵した。

 その次の瞬間、横断歩道の真ん中に立っていたトミヒロは、大型トラックと衝突した。トミヒロは、苦しむまもなく、即死した。

 トミヒロが目を覚ますと、トミヒロの自宅の近くの山の中腹にある広場に、トミヒロは立っていた。トミヒロは周囲を見渡したが、誰もいなかった。

 目の前には、集められた木の枝があった。その木の枝は、青い炎によって燃えていた。トミヒロはしばらくその木の枝を眺めていたが、木は一向に燃え尽きなかった。

 青い炎はしばらく燃えた後、急に大きくなり、天にも届かんばかりの大きさになった。青い炎が再び元の大きさに戻ると、炎の向こうに一人の少女が立っていた。

 その少女は、金髪の髪に大きな黒い瞳をしていた。身体には上下に、黒装束を纏っており,頭上からは黒い布の被り物をしていた。

 少女は、炎の向こう側からトミヒロに話しかけた。

「トミヒロよ、トミヒロよ」

 彼女がそう呼びかけると、トミヒロの両足は勝手に前へ進んだ。

 トミヒロは、炎の前で片膝を付き、頭を伏せた。

 少女は、その様子を見て、トミヒロに語りかけた。

「私は、あなたの神である。

 今日、私はあなたを、とある世界のとある村に遣わす。あなたはそこで、その世界を救う救世主となる」

 トミヒロは、少女に尋ねた。

「ちょっと、待ってください。僕は先程、トラックに撥ねられて意識をなくしたばかりです。まだ、僕には親がいます。兄弟もいます。学校もあります。急にそんなことを言われても、信じられません。」

 少女は、トミヒロに答えた。

「お前は先程、死んだのだ。お前の魂は、今はここにあり、お前の魂が戻るべき肉体は、すでにこの世から取り去られた。

 あなたはすでにこの世界の住人ではなく、この世界にあなたの戻るべき肉体はない」

 トミヒロは、少女に反抗して言った。

「神さまとおっしゃる方、申しわけないですが、あなたの要望には答えられません。僕は、今から家に帰ります」

 トミヒロは、そう言って立ち上がると、家の方向に歩き出した。すると、トミヒロは、自分の足で地面を踏みしめている感触がないことに気付いた。トミヒロが自分の身体を見てみると、身体は透けており、足下は消えて見えなくなっていた。

 少女はトミヒロに言った。

「あなたの行くべき場所はそこではない。あなたは、これから別の世界に行き、そこで神に仕えるのだ」

 トミヒロは少女に言った。

「神さまという方、すみませんが、私は喋るのがうまくありません。勉強もできません。運動もできません。あなたが本当の神さまであったとしても、僕では力不足です。僕を、元いた家に帰してください」

 少女はトミヒロに言った。

「それはできない。もう、あなたの肉体は滅びてしまった」

 トミヒロは言い返した。

「神さまは、神様なんでしょう?

 だったら、あなたの力で僕の肉体を元に戻してください。僕は、思わず道路に飛び出してしまったんです。僕は、死ぬつもりで道路に飛び出したわけではありません。」

「それはできない」

「どうしてですか」

 少女は、ついに怒りをあらわにして,語気を強めてトミヒロに言った。

「これからあなたが行く世界で、私はあなたと共にいる。あなたの口は私の口となって,あなたが語るべき言葉を教える。あなたの目は私の目の代わりとなって、あなたの進むべき道を見定めるだろう。

私があなたと共にいるしるしとして、私はあなたに1本の杖を与える。困った時は、その杖の示す道を行きなさい」

 少女がそう言い終わると、トミヒロと少女の間で燃えていた炎の色が、赤い色へと変わった。

 トミヒロと少女の間に、しばらく沈黙が流れた。

「はーっ、終わった!」

 少女はそう言うと、両腕を上に上げて、大きく伸びをした。

 少女は、近くにあった石に腰掛けると、トミヒロの全身を下から舐めるように見つめた。

 少女は、トミヒロに尋ねた。

「で、どうするの?行くの?行かないの?」

 トミヒロは少女に聞き返した。

「行くって、どこに行くんですか?」

 少女は、今度は呆れた表情になった。そして、トミヒロに語った。

「だーかーらー、別の世界に行くかって聞いてんのよ!あんた、神さまの話、聞いてた?」

 トミヒロは言い返した。

「聞いてましたよ。でもいきなりで、事態が飲み込めないと言うか、何を言われているのか分からないというか」

「事態が飲み込めない?

 あんた、自分の足下見て見なさいよ。あんた、死んだのよ。

ユーレイよ、ユーレイ!」

 トミヒロは、少女に聞いた。

「僕は、これからどうすればいいんですか?」

「知らないわよ。あなたが自分で決めなさいよ!」

 少女はそう言うと、黒装束のポケットから、なんとスマホを取り出した。少女は、慣れた手つきでそれを操作している。

 少女は独り言を呟いた。

「やっばっ、今日の飲み会、18時からじゃん」

 少女は、スマホのメッセージアプリで、誰かにメッセージを送っているらしい。少女は必死にスマホの画面を両の指先で操作していた。

 トミヒロは少女の様子を見て、自分が死んだ,というのは、何かの冗談だと思った。

「僕は、家に帰ります」

 トミヒロがそう言うと、少女がスマホの画面を見ながら言った。

「身体がないのに?誰も、あんたが帰ったなんて気付かないわよ」

 トミヒロは、ムキになって言った。

「家族なら、僕が帰ったことくらい、分かるはずだ!」

 少女は、トミヒロの態度をあざ笑うかのように言った。

「家族なら、姿は見えなくても繋がり合っているって?

似たような台詞、私、今まで聞いてきたけど、ほんとに家に帰っちゃった人たち、みんな余計に落ち込んで戻ってくるんですけど。『死にたい』とか言いながら。

もう死んでるのにね」

 少女は、皮肉っぽく、くっくっと唇の端を上げて笑った。

 トミヒロは、少女のあざけるような態度が気に入らなかった。

「あんた、さっきから、何でも知ったように話して、あんたに何が分かるんだよ」

 少女は答えた。

「私は、神さまの遣い。あんたらの世界では、天使ってところね。私の仕事は、召された魂を天に昇らせることと、罪人の魂を地獄の炎に送り出すことと、神の言葉を預かる預言者のところに降りていって、神さまの言葉を取り次ぐことと、その他雑務」

「じゃあ、今、僕の目の前にいるのは?」

 少女は真顔で言った。

「あんたを神さまの使いとして別の世界に送り込むという雑務のため」

「嫌だって言ったら?」

「あんたを罪人の魂として,地獄に送り出す」

 トミヒロは、少女に言い返した。

「僕を、天国には送ってくれないの?」

「神さまの計画に背くやつは、みんな地獄の炎送りよ」

「そんな、むちゃくちゃだ!」

 トミヒロが怒って少女に言うと、少女は真顔で言った。

「無茶苦茶なあんたらを創造した創造主なのよ。無茶苦茶に決まっているじゃない」

 トミヒロは、頭を掻きむしって、しゃがみ込んだ。

「あの、もう一度、日本に生まれ直す、っていう選択肢はないんですか?」

「親より先に死んだら、生まれ変わりは、無しよ。『賽の河原』の話くらい、あなたでも知っているでしょ?」

 トミヒロに残された選択肢は、異世界に行くか、地獄に行くかの2つだけだった。トミヒロは、どちらも嫌だった。しかし、地獄に送られるくらいなら、異世界に行く方が、まだましな選択肢だと思った。

「分かりました。異世界に行きます」

「本当にそれでいいのね?後悔はしないわね」

 トミヒロは、どちらを選択をしても、後悔はすると思った。しかし、少女に反論せず、だまってうなずいた。

少女は、立ち上がると、木の枝の燃える前に行った。少女が炎の前に立つと、再び炎の色が青色に変わった。少女は、青い炎に語りかけた。

「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」

 少女は、今度は両腕を天に向けた。そして、トミヒロの前で伸びのある声で歌った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

 少女がそう歌うと、青い炎が天にも届かんばかりに大きくなった。青い炎の巨大さにトミヒロは思わず後ずさった。誰かがトミヒロを後ろから勢いよく突き飛ばした。

 トミヒロは、勢いよく前のめりに倒れて、そのまま炎の中に頭から突っ込んだ。

 炎の中で後ろを振り返ると、先程の少女だった。

 少女は笑顔で、トミヒロに手を振って言った。

「いってらっしゃい」

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