第13話 収穫

 玄関の土間と、一段上がった床部分との段差を解消するため設置された横木に座り、ふうと重い息を吐く。そうして脳裏を過るのは、眉間に軽く皺を寄せ、笠井の姿を上から下まで眺めた少年。正直すぎる眼差しだ。


「あら、先生。お帰りなさいませ」


 寒風吹きすさぶ中、散歩を勧めた宿の女中が階段の上からランタンを差し向け、笠井の回想を中断する。


「随分、お早いお帰りですのね」

「ああ、途中で転んでしまってね。足首を少し捻った気がして、戻ったよ」


 笠井は型崩れした山高帽や、泥が渇き始めているフロックコートを顎でしゃくって苦笑した。こんな目に合わせた女中に、今しがた出会ったばかりの美少年への感銘を、昂ぶる気持ちを分かち合いたくなんぞない。


息を吸うように嘘をついた笠井は階段を下りて迫り来る女中の軽快な足音を背中で聞いた。だが、笠井は上り框に腰掛けたまま振り向かなかった。


「捻った足は痛みます?」

「いいや、そうでもないよ。大事を取っただけだから」

「後で腫れてくるかもしれませんから、湿布を用意しましょうか?」


 芝居がかって聞こえるぐらいに猫撫で声で訊ねられ、笠井は丁重に辞退した。

 獣の皮で覆われた地下足袋なんぞを履かせる女に頼んだら、とんでもなく非科学的な湿布薬を貼られかねない気がして恐ろしい。地下足袋を脱いだ笠井はすっくと立ち上がる。

 ランタンの灯で照らされた帽子やコートを見ていると、絶望感しか湧き出ない。


 連載小説数本分の〆切が近い重圧から、ほんの一時逃れるために払ったにしては、代償が高すぎる。帽子もコートもイタリア製の生地だった。毛並が繊細なだけに汚れに対する耐久度も低くなる。そもそもこんなコートは泥にまみれるシチュエーションなど想定されていないのだ。


「……御召し物も汚れてしまって」

「いいや、いいんだ。転んだ僕が悪いんだ」


 コートを手にして気遣う女中とすれ違い、笠井は階段を昇り出す。いかにも気にも止めない口調と声音を作り出す。

 そんな中、僅かながらの収穫と言えば彼だった。


 火縄銃を斜めに背負った立ち姿。寄らば斬るぞと言わんばかりの狂気をはらんだ燃ゆる眼差し。

右手で握ったナイフから滴る鹿の鮮血が、真綿のような白い雪に点々とあとを作っていた。

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