第7話 いつもこうだ

 上流からの血の筋は、次第に太く濃くなった。

 沢はゴツゴツした岩場をぬうようにして流れている。

 しばらく笠井は鮮血が混じる清流と、雪を被った巨石で隠れた上流を、交互に見た。


 この地域には、ウサギやテンやクマなど野生動物を狩猟して、肉や毛皮を売ることで生計を立てる『マタギ』と呼ばれる猟師がいる。

 けれども火縄の銃声は、ここに来るまで一度も耳にしていない。

 

 それならこの血は何なのか。


 面倒事に関わるなという警告が、頭の中では響いている。

 胸の奥では、確かめてみたい衝動がうずいている。


 結局笠井は所々、雪解け水で地肌を見せる沢の河原を登り出す。


 滑らないよう這いつくばって岩を乗り越え、折り重なった木立の枝を払い除け、滔々とうとうとした血流を、横目にしながら息を切らす。

 次第に汗をかいていた。


「おっ……、と」


 途中で帽子が斜めにずれて落ちかかる。

 笠井は思わず頭に手をやり、 を止めた。


 帽子もコートも、泥や木屑にまみれている。ぜいぜいと、肩で息を継いでいる、自分はまるで遭難者。


 散歩のつもりだったのに、気がつけばこんなことになっている。

 

 いつも、こうだ。

 

 ふとした拍子に正気に戻れば、全てが手遅れ。

 逃げ出すしかないような事態に陥り、逃げている。


 体を起こして呼吸を整え、自分の さがを笠井は呪った。 あざけった。

 ついでに周囲を見渡すと、前方の滝壺辺りに人がいる。

 相手もすぐに笠井に気づいた素振りを見せる。


 少年だ。


 視力がいいのが笠井の自慢だ。

 もうじき三十になるというのに、子供のように視力が落ちない。

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