第7話 魔術クラスに行ってみた
今日は朝から学園をぶらぶらして回り、午後からは魔術クラスに顔を出した。
男女の比率は半々といったところだ。
剣術クラスのような体育会系の上下関係はなく、薬術クラスのような女子校のような雰囲気でもない。
至って普通の共学のクラスといった様子だ。
初めて入ったが、一番馴染みがあるというか懐かしさを感じる。
俺は魔術を使えないと公表しているのだから、臨時講師が務まるはずがない。
ここでは担当教師のお手伝い程度かな。
そう思っていたのに……。
「是非、治癒魔術について生徒たちに話してくれませんか」
なぜか講演をお願いされた。
そう言ってきたのは俺が在学していた時には居なかった教師だ。
「ウィルフリッド先生がルミナリオ殿下の友人にして、一番の側近だというのは誰もが知る事実です。そして殿下に治癒魔術を施された唯一の御仁ですから、その経験を語っていただきたいのです」
それは初耳なのですが。
ルミナリオってあんなに簡単に治癒魔術を使ってくれたのに、あれが初めてだったの?
治癒魔術ってやっぱり施されること自体がレアってことだよな。
経験を語ってくれ、と言われても目の前で骨折を治してもらっただけで、俺は立ち尽くしていただけだ。
どう言語化すれば良いものか。
「ウィルフリッド先生、お願いします。ずっと先生が聞きたがっていたんです」
生徒に暴露された魔術クラスの担当教師はばつが悪そうに頭をかいた。
「じゃあ、体験談というか、感想を少し」
ルミナリオに許可を取っていないからあくまでも俺の感想という
熱心に聞いているのは担当教師と半分の生徒。残りは居眠りしていた。
俺が在学していた頃の魔術クラスとは違う。
もっとガツガツしていたというか、自分こそが最高の魔術師なんだ! といった気迫じみたものを持った生徒が多かった印象だ。
でも、今はただ授業に出ています、というやる気の無さがひしひしと伝わってきた。
「貴重なお話をありがとうございました。私のわがままで気分を害されていなければよいのですが」
「そんなことはありません。一つ聞いてもいいですか?」
「もちろん。なんでも聞いてください」
「今の生徒さんたちで魔力を知覚している人の割合はどの程度ですか?」
担当教師は気まずそうに苦笑いして、「お恥ずかしながら……」と指を折った。
その数はクラス全体の三割。
あまりにも低い数字に驚きを隠せなかった。
「剣術が得意ではない男子生徒、薬術に興味のない女子生徒が集まるクラスになっています。魔術を極めたいと思う子はごく一部です」
今年から王立学園に転勤になったというこちらの先生は冷静に自分のクラスを分析して、今後を愁いでいた。
「両クラスとも見てきましたが、昔とほとんど変わっていませんでした。まだ男が薬術クラスを専攻するというのは一般的にはなりませんか」
「あなたが異例中の異例なのですよ、ウィルフリッド先生。貴族令嬢しかいない薬術クラスで居場所を確立し、三年間もあの環境で学べるのは一種の才能です」
それはリューテシアの存在があったからだ。彼女はいつだって俺の肩を持ってくれた。あと、カーミヤ嬢が居てくれたことも大きいと思う。
俺だって、女の園で孤軍奮闘はできない。
「そういった子の受け皿も必要だと考えています。この魔術クラスで頭角を現わす生徒だっていますから」
先生の視線の先には気弱そうな青髪の生徒がいた。
「彼ですか?」
「えぇ。いずれは王宮魔術師になれるでしょう。まずは魔術大会で優秀な成績をおさめることですね」
マーシャルだって優秀だと言われていたが、三年生になって念願の魔術大会優秀賞を賜った。
魔力を知覚できるだけでも十分優秀なのだ。その中の更に一握りだけが王宮で活躍できる。
魔術クラスも大変だな。
サーナ先生の研究室で本を読んだり、廊下で話しかけてくる生徒の相談にのったりしていれば、あっという間に時間は過ぎる。
放課後の学園の庭園は不気味だ。
そんな場所で土いじりをしていた俺の背後でガサっと木々の揺れる音がした。
「先生、こんばんは」
「遂に夜にも現れるようになったのか」
「言われた通り、図書室に行きましたよ。先生は私にイミテーションドロップを勧めたかったのですね」
その通りだが、まさかこんなに短期間で答えに辿り着くとは思っていなかった。
イミテーションドロップとは、なりたい人を強く思い描くことで、一時的にその人物の顔になれるという丸薬だ。
カメレオンポタージュは別人になれるのに対して、イミテーションドロップは顔だけ。骨格までは変えられない。
メリットとしては簡単に作れるという点だ。
昔、面白半分で俺とリューテシアの顔を入れ替えて遊んだことがある。
「あれなら私でも簡単に作成できそうです。ご教示ありがとうございましたっ」
「答えに辿り着いたのはきみ自身だ。その行動力は誇っていい。でも、謹慎中の身だということは忘れるなよ」
「はーい。それで、今日は何をしていたんですか?」
無防備にも俺の隣にしゃがみ込んだアーミィが顔を覗き込む。
「魔術クラスに行っていた」
「先生って魔術も使えるですか!?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて。ただの思い出話を語っただけだ」
アーミィは一気に興味をなくし、プランターに植えられた薬草の葉を指で突き始めた。
「魔力の知覚って難しいですよね。練習はしているんですけど、コツが掴めなくて。やっぱり、私はダメダメ公爵令嬢ですよ」
「あー」
危ねぇ!
自然に同意しそうになってしまった。
アーミィは薬術クラスを専攻していると言っていたが、俺のように魔術も使えるようになるなら、進路を決めるときの選択の幅が広がるはずだ。
入学して半年で謹慎を言い渡されるような問題児ではあるが、やる気があるなら見捨てるような真似はしたくない。
「俺の友人によるとだな。内側にある暖かいものに手を突っ込む感じだそうだ」
「そのご友人は壊滅的に説明が下手ですね。その場のノリで生きていそう。本当にまともな魔術が使えるのですか?」
グサッ、グサッ、グサッ。
全部、クリーンヒットじゃねぇか。
文句を言って満足したのだろうか。一度閉じた目を開いたアーミィは「なるほど」とつぶやき、あの陽だまりのような笑みを浮かべた。
「その人に謝罪と感謝の意を伝えておいてください。おかげで魔力を知覚できました。明日から呪文の練習を始められそうです」
「はぁ!? 一瞬で!? 俺なんか――ッ」
「俺なんか、なんです?」
「いや、なんでもない。とんでもない才能を見せつけられて取り乱しただけだ」
アーミィ・イエストロイは天才だった。
俺が幼少期の頃に見つけたコツをあんな適当なアドバイスで理解し、一発で成功させたのだ。
「そのご友人は呪文のコツについて何か言っていませんでしたか?」
「呪文は読むものじゃない。自然と口から出てくるんだ。慣れれば鼻歌の感覚で唱えられる」
アーミィの視線に気づいた俺は大袈裟にならないように咳払いして立ち上がった。
「と、言っていたな。頑張れ。戸締まりするから早く寮に戻れよ」
「はーい。あ、そうだ、先生。私が魔術を使えるようになったら、見せてあげますからね」
「楽しみにしておくよ」
よく教師たちが言っていた、手の掛かる生徒ほど可愛いというのは本当なのかもしれない。
「……ま、もう会うことはないと思うけどな」
俺の臨時講師の仕事は今日で終わり。明日は挨拶だけして帰宅だ。
あー、早くリューテシアに会いたい。
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