第6話 妹と語ってみた

 なんで、この世界には電話がないのだろう。


 リューテシアの姿が見えないと目が悲しんでいる。

 リューテシアの声が聞こえないと耳が寂しがっている。

 リューテシアに触れられないと手が彷徨い始めている。


「リューテシアに溺れたい」


「可哀想なお兄様。今はリファがお側にいますよ」


 そう言って、ぴったりと寄り添ってくれる妹から距離を取る。

 知られざる空き教室の隅っこで、兄妹が並んで体育座りしている光景なんて見られたら大問題だ。


「こんな場所は知りませんでした。ここでリュシーお義姉ねえ様と逢い引きされていたのですか?」


「どこでそんな言葉を覚えたんだ」


「お年頃ですから。では、逢瀬を楽しんでらっしゃった?」


「言葉遊びはやめろ。そんなんじゃないって。ここはクロード先輩から聞いたんだ」


 学園の中で一人になれる場所を求めてこの教室に来たというのに、リファに見つかってしまった。


 妹は能天気に午後の自習時間を俺を慰めるという口実でサボっている。悪い子だ。


「発表の準備はいいのか?」


「もちろんです」


「でも、本当にやりたいことじゃないんだろ? 本当は何をしたかったんだ。嫌ならいいけど、話くらいは聞ける」


 しばし黙ったリファは重々しく口を開いた。


「お母様は本当に病気だったのでしょうか」


 その発言に背筋が伸びる。


 俺と同じことをリファが考えている。

 薬術を学べば学ぶほどに母の病気が遠ざかるように感じるのは、俺だけではなかったようだ。


「誰にも話したことはないから言わないで欲しい。……俺は違うと思っている」


「では、なんだと?」


「分からない」


「私はリューテシアお義姉ねえ様の研究発表が核心をついていると考えています」


 リューテシアの研究発表というと、生薬花しょうやくかについてだった。


「あの研究は素晴らしいものでした。ただ、唯一の欠点があります」


 それは俺も思っていた。

 でも、俺もリューテシアもそこまで徹底する気になれなかったのだ。


「黒薔薇のことは触れられていません」


 大陸の南の孤島に自生する花を取りに行く時間的な余裕もなかったし、限られた書物にしか載っていない黒薔薇に触れてよいものか躊躇ったのも事実だ。


「それで黒薔薇をテーマにしたら却下されたってわけか」


「サーナ先生は何か知っているはずなんです。しかし、何も教えてくれなくて」


「それならきっと危険なんだ。サーナ先生が理由もなく、否定する人じゃないのは知っているだろ?」


 俺が立ち上がると、リファも同じように立ってスカートについた埃を払った。


「ルミナリオ王太子殿下から何か聞き出せませんか?」


「不敬だぞ。控えろ」


「っ。申し訳ありません」


 シュンとするリファの頭を撫でて微笑む。

 今のは言い方がキツすぎた。俺が悪い。


「それとなく聞いてみるよ。リファは卒業することだけを考えておきなさい」


 誰にも見られていないか念入りに確認してから空き教室を出て、妹と別れた。


◇◆◇◆◇◆


 身近な人で本当の黒薔薇を見たのは両親だけだ。

 王族なら何か知っているはずだが、そんなに簡単に教えてくれるとは思えない。


「奇跡の魔術師の恩恵を受けるしかないか……」


「何の話です?」


 ひょっこり現れたアーミィ・イエストロイはトレードマークの黄色い髪を揺らしながら、陽だまりのような笑みを浮かべた。


「突然現れないでくれ。心臓に悪い」


「何かいけないことを考えていましたね、先生。女生徒に手を出してはいけませんよ?」


「出さないっての。俺は既婚者だぞ」


「あら。それは失礼いたしました」


 当時のカーミヤ嬢と違って改造していない制服のスカートを摘んで軽く膝を折る姿は公爵令嬢に相応しいものだった。


「時に先生。私のことを学園側に告げ口しましたね」


「そりゃあな。謹慎中に学園内をウロウロしている生徒がいれば、報告するだろ」


「見逃してやるって言ったのに」


 拗ねたように頬を膨らませるアーミィ。

 なんだか憎めないキャラクターの彼女も、このゲームにおける重要な立ち位置なのだろうか。

『ブルーローズをきみへ』をプレイしたことがないから検討もつかない。


「きみはどうやって女子寮を抜け出しているんだ? 門の前には警備員が配置されただろ?」


「ふふふ。私、公爵令嬢なので。それに男子禁制の女子寮に踏み入れるのは女性職員だけですし、他の生徒は私との接触を禁じられているので何とでもなります」


 得意げに胸を張ったかと思えば、アーミィは悪戯っぽく舌を出した。


「そうかい。カメレオンポタージュは?」


「諦めました。あれは一人では無理ですね」


「賢明な判断だ。時にアーミィ嬢、図書室にある薬術の本は全て読んだのだろうな?」


 え゛!? とドン引きする彼女と俺の間には少しばかり溝ができたようだ。


 俺もリューテシアもカーミヤ嬢も、図書室にこもっていた時期がある。

 そうするものだと先輩に教わったからその通りにやっただけだが、何かおかしかったのだろうか?


「なんですか、それ。ハラスメントですか?」


「なんてことを言うんだ。自主的にだよ。謹慎が解けたなら図書室に行ってみるといい。見聞が広がるぞ」


「あまり読書は好きではないのですが、先生のありがたいアドバイスなので聞き入れます」


 アーミィは背伸びをして女子寮とは反対側へと歩き出した。


 本当に自由というか、破天荒というか。不思議な子だ。


「では、先生、またお会いしましょう」


「あぁ。早く寮に戻れよ」


「はーい」


 間伸びした返事も彼女らしい。

 まだ出会って二日だというのに、妙な親近感が湧いているのは彼女の持つ魅力の一つなのだろうか。

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