あの頃と同じ髪型のあの人

Wildvogel

あの頃と同じ髪型のあの人

 肌を突きさすような冷気を感じた一二月のとある夜。私は一人の男性と街で偶然再会した。


 男性は笑顔で手を振りながら私の元に歩み寄る。


 「久しぶり。元気?」

 

 声を掛けてきたのは私が以前交際していた隆史たかし。交際していた頃は短髪だったが、その髪はすっかり伸びていた。


 「髪、伸びたね」


 「まあ、あの頃はスポーツに打ち込んでいたからな」


 笑い合う私達。


 隆史は大学まで野球をしていた。ポジションはショート。無名の公立高校から名門私立大学に進学し、レギュラーを掴み取ったほどの実力者。


 メディアに取り上げられるほどの活躍を見せたが、プロからの話は来ず、卒業後はスポーツショップで働いている。



 街灯の灯がわずかに白くなったアスファルトを照らす。



 別れを切り出したのは私の方から。嫌いになったからではない。


 就職で遠距離になってしまうから。


 お互い好きな状態で…。



 私は入社後、県外の営業所に配属された。その後、営業所内での異動などを経て、地元の営業所へ転勤となった。


 地元に戻ってきたのは実に八年ぶり。


 街の風景は学生時代の頃と変わっていない。髪が伸びた彼の中身も。



 隆史を見つめる私。

 

 彼は今の私をどう思っているのだろう。


 ふと、考えた私。



 そんなことないよね。



 しばらく話し込んでいた私達。時刻は九時を過ぎていた。



 「じゃあ、俺行くよ。またな!」


 隆史は手を振り、笑顔でその場を後にした。私は振り向く彼に笑顔で手を振る。


 その瞬間、何故か分からないが、どこか私は寂しさを覚えた。


 もしかして…。



 鼓動が高鳴っていることに気付いた。


 

 その日以降は彼と会うことはなく、日々が過ぎていく。



 元気かな…。



 そんなある日。


 私は上司に呼ばれる。


 そして、こう告げられた。


 「本社に行ってくれないか?」


 突然の辞令。私は戸惑った。


 そして、無意識にある人物の顔が浮かぶ。



 せっかく再会できたのに…。



 私は一瞬躊躇ためらったが、断ってしまうと後に響くと思い、話を受けた。



 

 翌日。私は引っ越しの準備を進める。衣類や雑貨などを段ボールへと詰める。


 


 数時間後に終了し、私は段ボールに囲まれる。


 ふぅ、と息をつくと、無意識に天井を見つめていた。



 「再会できたのになあ…」


 寂しさが募る。


 私は彼の連絡先を知らない。もちろん彼も。


 連絡のしようがない。




 俯けた顔を上げ、時計を見ると、午後五時四七分。


 外はすっかり暗くなり、街の灯が灯った。



 「何か買ってこよう」



 私はコートを身に纏い、コンビニエンスストアへ買い物へ。



 「いらっしゃいませ」


 店のドアをくぐり、お弁当売り場へ。


 どれにしようか商品を選んでいると、後ろから左肩にやわらかい感触を覚えた。


 振り向くと、隆史が笑顔で立っていた。


 「偶然だね!」



 隆史は仕事の帰りだった。


 「どれがいいかな」


 「これ、美味しいぞ!」



 私は隆史と言葉を交わしながらお弁当を選んだ。



 「ありがとうございました」


 外へ出ると、雪が降り出していた。街灯に照らされ、幻想的な景色が目の前に広がる。


 私は隆史と雪の降る道を歩く。


 

 「転勤?」


 「うん。東京の本社に」


 隆史は暗くなった空を見つめる。小雪が彼の頬に当たり、体温で溶かされ、コートへと滴り落ちる。


 私の目には手を繋ぐ恋人の姿。



 ふと右を向くと、寂しそうな表情を浮かべる隆史の横顔が。


 

 「東京か…」


 隆史の微かな声に私は正面を向く。そして、徐々に何かが込み上げてきた。



 転勤し、次はいつ会えるのだろう。私は別れを切り出したことを後悔していたのかもしれない。道を進むにつれて別な形での別れが訪れる。


 これも運命だったのだろうか。



 しばらくして、私が住むマンションが見えてきた。



 隆史は立ち止まる。


 振り返り、隆史を見る私。



 「行っちゃうんだな…。再会できたと思ったら、またどっか行っちゃうなんて…」


 隆史の寂しい声が私の耳に届く。その瞬間、私の心に何かが込み上げ、それが溢れ出そうになった。


 しかし、それをなんとか抑え、俯いた顔を上げ、笑顔で隆史を見る。



 「また会えるよ!そんな顔するなんて隆史らしくないよ!別れてもずっと友達だよ!ね!?」


 私がそう言葉を掛けると、隆史の表情が少しだけ緩んだ。


 「そうだな…!」



 私達は笑顔で手を振り、その場で別れた。しかし、心は笑顔ではなかった。



 雪のせいなのか、私の頬から何かが滴り落ちた。




 翌日。私は荷物を持ち、マンションを出た。空を見ると青空が広がっていた。



 私は新幹線に乗るため、駅へと向かう。雪は解け、道路に水たまりを作っていた。



 しばらくして、駅に到着。そして、新幹線の切符を購入し、新幹線改札口へと向かう。


 どこか後ろ髪を引かれる思いで。




 その時。



 「真希まき!」


 聞き覚えのある声が背後から私の耳に届く。


 振り向くと、一人の男性が駆け足で私の元へ。


 私は一瞬夢かと思った。


 しかし、それは現実だった。



 息を切らし、膝に手を置きながら俯く男性。


 しばらくして、顔を上げる。



 「隆史!」



 私を見つめる隆史。



 「ど、どうしたの!?そんなに息切らして」


 私の問いにしばらく答えることができなかった隆史。



 三〇秒ほどし、隆史が口を開く。



 「あ、あのさ…。連絡先教えてよ。改めて。真希ともっと話したいから…!」


 肩で呼吸するようにそう話す隆史。



 「え…」


 この時、私は彼の言葉の意味を理解し、自然と顔が赤くなった。


 そして、笑顔で頷いた。



 バッグから携帯電話を取り出す私。


 ジーンズのポケットから携帯電話を取り出す隆史。



 「絶対会いに行くから…!だから…!」


 隆史の言葉に私の視界がぼやけた。



 「待ってるよ」


 私達は笑顔で連絡先を交換した。




 数か月後。


 「真希!」


 「本当に来てくれるなんて…!」


 「約束したからな!じゃあ、行こう!」



 私は隆史と街を歩く。どこか懐かしい感覚に私の表情には笑顔がこぼれる。


 隣で歩く隆史の表情にも。



 一緒にいて落ち着く。



 私の運命の人はこの人なのかもしれない。




 三年後。



 「おかえり!試合、どうだった?」


 「勝ったよ!同点タイムリー打てた。真希のおかげだ!」


 

 笑顔の私の目の前にはあの頃と同じ髪型の隆史。


 彼は笑顔で私の両手をやさしく握りしめていた。

 

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