エッセイ・投げ釣りについて

柴田 康美

第1話 まさか自分が優勝するなんて。

ピュッと、ロッドを鋭く振る。シャーッと、糸鳴りがしてラインが滑る。大海原めがけて大空に仕掛けが飛翔します。爽快な投げ釣り大イベント、でもないか。今回はそんな健康的なおはなしのはじまりはじまり。 

 

 むかしむかしのおはなしです。山一証券が自主廃業したので会社を辞め磐田に帰ってきた友人がそのころはやっていた投げ釣りクラブをつくろうよといってきた。同級生でもあるしぼくもそのころつり人誌や浜松のテレビガイドに公開質問状などを送ってイッパシの投げ釣り評論家きどりだったからやろうやろうと二つ返事で賛成した。だいたいこの頃から書くことがすきだったのかな。釣りの参考書もたくさん読んでいた。もしかしたら実際の釣りよりも参考書を読むことの方が好きだった。だから釣りはやらないでいつも講釈だけのべていた、という内輪のはなしはおいといて。


いまでもNHKの「釣りびと万歳」が好きでいつも番組を録画している。先日も徳島県のビックシロギス釣りの放送がありそれを見ていたらむかしのシロギスの投げ釣り風景のことをなつかしく想い出しました。こんな地震で大変なときに釣りなんて不謹慎じゃないのかと胸の隅にあるにはあるのだけれどやはり楽しかったときのことはどうしても頭をもたげてきて押さえられない。こういうものは押さえれば押さえるほど押さえようとする力に抗して反発する力がはたらいて打ち勝とうとする。その力学の法則はぼくにはわからない。


 放送紹介の道具立てはいまでも投げ竿とリールを使いテンビンへ吹き流しの仕掛けとエサにはイソメ。まったくむかしむかしとおなじ方法でなにも変わっていないのに安心した。それからあれッとおもいましたね。たいていの釣りは釣り方がルアーになっていたりそれぞれ変わっています。キスの投げ釣りだけは変わっていなかったのですね。


その釣りクラブは磐田サーフフィッシングクラブと命名されました。そして3月に創立記念の立派な大会をやろうということになりました。

当日海岸へ集まったのは50人くらいだだったかな。副会長のぼくが大会を宣言し、エへんとはいわなかったよ、ツェねずみじゃないんだから。ひげのねずみは、じゃなくて、ひげのぼくがじゃなくて、ぼ、く、が、大会規定を話したあとすぐに始まりました。なんでもやることが大げさなんだよね。サッときてサッとはじめたらいいんじゃないの。しばらくするとだれか大きいのを釣ッた何匹あげたとかでたらめなニュースを伝えてくる。ぼくにはこの大会ででかいのを釣ろうとかいう気はぜんぜんなかった。なぜか。1週間まえに彼女にふられて失恋していてそれどころじゃなかった。あたまは頭痛でぼーとしているし水も飲めなかったので腕に力がはいらない。できれば大会も欠席したかった。それなのにみんなみんな大盛り上がりで大笑いの声さえ聞こえてくる。正直おまえたちいいかげんにしろと思いましたね。いつもはきれいな海の色もダークグレーで飛んでる鳥さえ哀しげにキイキイ鳴いている。

 

 ところがそんなぼくにこのあと最後に思わぬ幸運がラッキーカムカム。となりのつり人が投げた仕掛けが大きく右に逸れぼくの糸とそのまたとなりのひとの糸にからまりました。さあたいへんだぞ。真昼間大の男が3人集まってよれた糸をほどきます。やれやれ。大会は限定時間がありますから2人は急いでいますがこっちはもうどうともなれ恋に破れたねずみ男ですから鼻歌で「虹の彼方に」を歌いながらあんがいのんびりやってました。

 

 とにかく砂浜にひきあげようと3者でひっぱった。すると、ぐしゃぐしゃ固まった糸の先になにか付いているではあーりませか。ぴちぴちはねています。わっ。大きなキスです。やったぜぃー3人3様に大声で手をふりあげました。なぜか歓喜の極地ではおしっこが出そうになりますね。でもだれの糸に釣れたのかわからない。おどろきました。釣れたのもおどきましたが山のように絡んだ糸に波打ち際で魚がかかるとはおもってもみなかった。魚にとっては不幸にもほどがある。熱い砂浜の3人は必死であみだくじをひいてゆきます。このわたしの糸でありますように。みなさまごぞんじの方いらっしゃるかとおもいますが釣り糸は濡れてるときはスルスルすべりますナイロンですから乾燥すると始末におえない。キシキシからみにからんだ糸のほぐれは一向に進まない。自分の糸のハリに付いているだろうキスを確かめるまでは糸を切れません。魚も外せません。これはもういらいらじりじり神経戦です。

 

 他に魚らしい魚を釣ったひとはいなかった。

結局、大会すれすれ終了時間まで糸の縒れをけんめいに戻した結果、キスの勝者はだれあろうこのぼくだったんですね。重量制で大きい物を釣ったものが勝者です。でもぼかぁ大会主催の立場でこのぼくが釣ったとは大きな声でみんなの前でいえなかった。そのうえ、本来トロフィーあげるひとがトロフィーもらっちゃうひとになってなんとなくきまりが悪かった。コソコソちょっと締まらない表彰式になりましたね。じゃぁ優勝を返上すればよかったのかとあとでおもいますがやはりぼかぁ優勝したかった。記念大会だったからね。それで一時失恋も忘れたしちょっぴり塩しょっぱい優勝になりました。


 いまでも思うのだがあの魚はだれかが付けたのにちがいない。泳いでいって魚をぼくのハリにつけたのだ。だれかってだれなのか。いつも海で生活しているならば海坊主くらいしか思いつかない。そう思い込んでるぼくは海にいったときいつも海坊主に感謝している。 


    


                 (了) 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

エッセイ・投げ釣りについて 柴田 康美 @x28wwscw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る