第184話 アドラの森 3 原初の妖精族 「フィア・ティターニア・アドラ」 2

 原初様というのは私達アドラの森のエルフ族が呼んでいる通り名である。

 彼女の本当の名前は「フィア・ティターニア・アドラ」。

 ハイエルフという種族らしい。


「さぁ。森の子愛し子エルゼリア。さぁこちらに」

「あ、あぁ」


 原初様に言われて木の椅子に座る。

 机を挟んで原初様の前に座っているのだがいつ見ても幻想的な人だ。

 原初様の身長は高い。私よりも頭一つか二つ分は高い。髪は長く、さらさらとした金髪をしている。瞳は宝石の翡翠ひすいのような緑をして魅入みいられそうだ。


「百年。森の子愛し子エルゼリアの百年の旅を聞きたいのですがこの森も百年の間で大きく変わりました。しかし愛し子エルゼリアの成長に比べると誤差範囲。良き経験をしているようですね。私はこの森の母として嬉しく思います」

「確かに前帰った時に比べて森の様子が変わりましたね」

「この森は開放的で歴代の森長もりおさ意向いこうで様々な文化を取り入れ成長しています。しかしエルフ族という気の長い種族特性が影響しているのか急激な変化は起りません。他の森に比べると成長は早いのですがしかししかし森の母は心配です。停滞の行きつく先は死。この観光都市国家が死に向かうのは悲しいので」

「けどまだ大丈夫なんですよね? 」

「ええ。それはそれは大丈夫です。この成長が続くのであればあと数千年は大丈夫でしょう。けれど皆忘れてはいけません。これは森の子愛し子エルゼリアがいてこそのこと。外に出て学び技術を運んでくれるエルゼリアがいてこその成長だと。確かにこの森の子達も意欲的に観光客から文化や技術を学んでいます。しかししかし森の子愛し子エルゼリアほど貢献している者はいないでしょう。それに——」


 始まったな。

 私が一言喋るとその数倍は喋る。

 落ち着いた雰囲気から想像できないが原初様はとてもお喋りなのだ。

 長年人と会わないせいか、それとも元々の性格のせいなのかはわからない。

 けれども私が来る度に数時間、下手をすると数日彼女は話続ける。


 さてと。

 話を聞きながらチラリとソウを見る。

 退屈そうに机の上で丸まっている。

 ソウの周りに多くの精霊が飛び交いツンツンとつついているけど無反応。

 今反応すると原初様の話に巻き込まれるとわかっているからなのだろうけど。

 全く気楽な精霊様だ。


「――というわけです。しかし……」

「どうされましたか? 」

「愛し子エルゼリアは少し雰囲気が変わりましたね」

「自覚はないが……」

「少し大人びて来たと感じます。まぁ三百を超えると大人と言っても過言かごんではないと思うのですがそれでもそれでも変わったと感じます。愛し子エルゼリアを変えた者が誰なのか、もしくはどのような環境なのか気になりますが、踏み込みません。子の成長を只々ただ見守るというのも母の役目やくめですから」

「それはありがたいですね。自分自身なにが要因になってそう感じられているのかわからないので」

「それはそれでおかしくは思うのですが。森の子愛し子エルゼリアは他者よりも客観性に優れた子と知っています。なので現在の自分を客観的に見て差異に気付かず、気付いても原因に辿り着かないというのは珍しい事。まぁ追々考察すると良いとは思いますが」

「そうさせてもらいますよ」


 と言いながら時間は過ぎて行く。

 短いようでとても長い時間。

 原初様が喋り尽くした後、ふとエルムンガルドが言っていたことを思い出す。


「そうだ原初様。言伝ことづてを預かっているのだが」

「言伝、ですか。はて誰でしょう? そもそも私と接点があるのは兄弟姉妹とこのアドラの森のエルフ族くらいだとおもうのですが」

「精霊女王エルムンガルドからだ」


 名前を出すと原初様の動きが止まった。

 ん? 知り合いか?

 それとも元敵同士だったとか?


「……聞きましょう」

「あ、あぁ。「お主も母の元へ時には帰ってこい」とのことだ」


 そう言うと原初様の頬が引き攣ったのがわかった。

 原初様の頬が引き攣るの初めて見たな。


「……わかりました。でははは様には「他の兄弟姉妹と時間を調節して向かいます」と伝えてください。今森の子愛し子エルゼリアはどこに? 」

「エンジミル王国という国のリアの町という所だが」

「……わかりました。確かその場所は西方大陸ですね。気は進みませんが、行きましょう。行かず、母様が来るようなことになればこの森は大変なことになることが予想されますので」


 確かにエルムンガルドがこの森に来ると大変なことになるだろうな。

 精霊達の長だもの。

 にしても――。


「一つ聞いても良いですか? 」

「なんでしょう? 森の子愛し子エルゼリア」

「さっきからエルムンガルドの事を母様と言っているが、これは一体? 」

「……そうですね。気になりますよね。気にならない方がおかしいですよね」


 口籠くちごもりながらも少し考えているよう。

 原初様が口籠るなんて珍しい。


「特に特別な意味はありません。その呼称の通りです。母様は母様。つまり私達原初の妖精族や精霊族と呼ばれる種族の実の母となります」

「え?! 」

「母様が生み出した直系の精霊族の事は分かりません。しかしとと様の血を強く受け継いだ原初の妖精族は全員で六人。ハイエルフ三人とハイドワーフ三人となります。エルフ族から進化したハイエルフの事は分かりませんが「原初」と呼ばれるのは私達六人になりますね」


 原初様が一息つく。

 そうだったのか。エルムンガルドは原初様の母さんだったのか。


 しかし、なるほど。

 だから「母の元へ時には帰ってこい」か。

 あの口調だとかなりの期間帰ってないな。

 というよりも原初様の兄弟姉妹は殆どエルムンガルドと会っていないと見た。


「この森に来られても困るので出来れば早めに会いに行ってあげてください」

「……善処します。今、母様は森の子愛し子エルゼリアの所に? 」

「近くにはいますね。少し離れた山に住んでいます」

「ならば出向いた時、愛し子エルゼリアに案内してもらいましょう」


 え……。それは嫌なのだが。

 と言えるはずもなく、承諾しょうだくしてしまう。

 その後も原初様の言葉の波に飲まれながらも話を終える。

 次はリアの町を案内することになってしまったが仕方ない。


「では原初様。私はこれで」

「向かう時は精霊を通じて知らせます。その時は兄弟姉妹と行きますので宜しくお願い致します」

「え? 」

「では……。転移」


 爆弾発言を聞かされて、強制転移させられた。

 まさかとは思うが伝説上の存在であるハイエルフとハイドワーフ六人で来るということなのか?!


 ★


「もう帰ってしまうのか? 」

「もっといればいいのにエルゼリアちゃん」

「店があるんだよ」


 翌日帰ると言ったらどうにかして引き留めようとする両親を何とか説得。

 レストランを長期間放置する訳にもいかないし、それにアドラの森にいると影響されてしまうし。

 精神が正常なうちに帰りたいんだ。


「じゃ、二人共また百年後」

「今度はお婿さんを連れて来るんだよ」

「孫の顔でもいいわよ」

「それはない」

「……何をしているのだか。行くぞエルゼリア」

「ああやってくれ」


 ソウの声が聞こえると周りが光り輝く。

 少しこそばゆいが軽く手を振り、そして私の視界が切り替わった。

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