第166話 アダルト・エレファントの角煮

「……良く生きてこれたな。お前達」

「エルゼリアさん。死ぬかと思いました」

「何であんなにも浅層と中層のレベルが違うのですか」

「まぁ……。魔境だからな。気にしたら負けだ」


 巨大なアダルト・エレファントの肉をウルフィード氏族の戦士達がボロボロになって運んできた。

 今日も彼らが採って来たのかと思ったのだけれど今日は違ったみたいで。

 アダルト・エレファントの影に隠れてオリヴィア騎士団が見えて、彼女達に声をかけると涙ながらに苦労話を聞かされた。


 話しもほどほどに調理に入る。

 オリヴィア騎士団の疲れも吹き飛ぶような芳醇ほうじゅんな匂いを辺りに振りまき、切り分けた。

 けれども今日はこれだけでは終わらない。

 余分よぶんに肉を自分用にとってソウに砂糖を取り出してもらう。


「……我の分は? 」

「取ってあるから小さくなって食べろ」

「我、丸々食べたい! 」

「わがままを言うな。わがまま言うならこの肉は私が貰うぞ? 」


 注意するとピタリと何も言わなくなった。

 やっぱり食べれないのは嫌なのか。

 ソウは泣きそうな顔をしながらも小さくなる。

 今日頑張った人達と同じ量の肉を切り分けソウに渡して他のアダルト・エレファントの肉をブロック状に切り分けた。


「どこに行くのだ? 」

「あそこで喧嘩をしていっる奴らの分を作りに行くんだよ」

「……ならば我のも所望しょもうする」

「今度作ってやるから今日は我慢してくれ」

「我は美味しい、更に美味しいアダルト・エレファントを食べたいのである! 」

「じゃ、その肉はいらないってことだな」


 言うと皿を隠して取られないようにした。


「この肉は我が頂いた肉なのである。誰にも渡さないのである! 」

「なら私が作っている間にご堪能たんのうあれ」


 手を振りながらソウに背を向ける。

 後ろで歓喜の声が上がる中、私はそのままレストランの奥へと向かい、一品作った。


 ★


「肉なのに……甘いっ! 」

「噛んだ感触がしない! 今までエルゼリアさんの料理を食べてきましたがこれは別格ですね! 」

「食材が良いからな」

「「「エルゼリアさん!!! 」」」


 料理をおぼんに載せて外に出るとオリヴィア騎士団の団員達がアダルト・エレファントの肉を堪能していた。

 私が声をかけると振り振り向いてお礼を言ってくる。

 今回ばかりは私の腕というよりかは食材の良さがきわ立っている。

 だから褒められるのは少し恥ずかしいのだが、悪い気はしない。

 彼女達に「遠慮えんりょせずに食べてくれ」というとキラキラと光る肉をフォークで持ち上げ、ぱくりと食べている。


 黄色い声が上がる中、私は喧嘩をしている二人の元へ足を向ける。

 人狼族達と騎士団員達が食べているのを横切っていると騎士エイミーと一人の人狼が見えた。


「貴方達は毎回これを? 」

「毎回じゃねぇが……、定期的に氏族長に連れていかれているぜ」

「それはご愁傷しゅうしょうさまです。しかし本当に美味しいお肉ですね」

「そう言ってもらえるのなら倒した甲斐かいがあったぜ」

「定期的にスカイフォード騎士爵領に卸してくれても良いのですよ? 」

「……俺達に死ねってか? 」

「……ふふ。冗談です」

「分かりずれぇ。けどあの森には他のも珍しい魔物がいる。欲しいなら自分で採りに来な」

「そうですね。それも良いかもしれません」


 中々に良い雰囲気だ。

 もしかして騎士エイミーは彼に気があるんじゃないだろうか?

 彼は気付いてないみたいだが物理的にも距離が近い。

 それにさらっと「定期的に俺の所にこい」といっているな。

 この二人が結婚することがあればその時のメニューはアダルト・エレファントのステーキに決定だな。


 微笑ましいものを見ることができた。

 再度足を進めると喧嘩をしている二人の元へ辿たどり着いた。


「なに喧嘩してるんだ」

「エルゼリア殿聞いてくれ。ライナーが私の戦い方が乱暴だというんだ」

「乱暴とは言ってねぇ! 食えるもんを食えなくするような戦い方をしてどするんだってんだよ、オリヴィア! 」

「それを「乱暴だと言っている」といっている! 」

「ちげぇ……」

「なら何であの後私に戦わせなかった! 次こそはきちんとしてめることができたはず! 」

「魔物とはいえ食材を無駄にさせるわけにはいけねぇだろ! 」

「無駄になどしない。何せライナーがどこを狙っているか把握したからな」

「なんだよその無駄な自信は」


 ライナーが頭を抱えて下を向いた。

 何というか……今回はそんなに大事おおごとではなかったな。

 口喧嘩のレベルが子供だ。

 というよりも前より仲が良くなってないか?

 名前呼びだし。


「全く何をやってるんだか……。ほらこれでも食べて仲直りしな」


 呆れながらお盆を差し出す。

 蓋をしている皿から漏れ出る良い匂いが二人の口論を止める。

 こちらを向くと顔を見合わせて「一時停戦だ」と二人が言い、私のお盆を受け取った。


「……角切りにしているのか? 」

「見たことねぇ料理だな」


 机の上に置いた皿の銀色の蓋を開けるとぶわっとアダルト・エレファントの肉の匂いが漂う。

 私もお腹が空きそうだ。

 食べたくなる衝動を抑えつつ食べるように促す。

 すると二人は食前の言葉を口にしてフォークとナイフを手に取った。


「甘さがとろけるっ! 」

「噛むと更に甘く……っ、これは……なにか染みこませているのか?! 」

「喉を流れる甘さから強烈な存在感が弾けるっ! 」

「毎回驚かされるぜ」

「これは最早肉料理ではない。デザートだ! 」


 小さく四角に切り分けられた肉をパクパクと口に運んでいく。

 楽しんでもらえて何よりだ。

 そしてライナー。正解だ。それには様々な調味料を染みこませている。


「デザートか。面白い事を言ってくれるね」

「しかしそれほどの甘さだ。食感もほぼなく蕩けている。噂に聞くクリームとやらは食感が無く甘いようだが、きっとこのようなもののことを言うのだろう」

「いやそれは違う」

「例えだ気にするな。しかしそれほどまでに柔らかく、そして甘いということだ」


 パクリともう一つ食べてライナーがこちらを向く。


「エルゼリア。これは何という料理なんだ? 」

「うむ。それは気になるな」

「これか? これは角煮かくにというんだ。だから、あぁ~これは差し詰め「アダルト・エレファントの角煮」といった所か」


 二人は喧嘩していたのを忘れたのか二人仲良く角煮を口に運んでいる。

 時々「品がない」とか「口元が汚れている」とか言ってライナーの口元を拭くその姿は、喧嘩友達というよりかは新婚夫婦の様子だね。


 とまぁ厄介者の私はこの辺でおいとましよう。


 そう言えばこの国って重婚じゅうこんが認められていたっけ?


———

 後書き


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