第112話 精霊温泉へようこそ! 3 温泉回
茶会も終わり温泉に入る時間となった。
時間といってもこの家の家主で温泉の管理者であるエルムンガルドが満足するまで話しただけだ。
今まではあまり感じなかったがちょっと寂しがり屋の種族王を思うと自然な流れだと思う。
なので彼女が思い立ったかのように「そろそろ入浴の時間じゃな」と言ったのは不思議でもない。
「そっちが男性用。こっちが女性用の魔法陣じゃ。魔力を流すことで転移できるようにしておるからの」
「用意が良い事で」
「いや実の所そうでもない」
「というと? 」
「最初温泉は一つじゃった。しかし男女わけるのを忘れとっての。後でリディアが男性用を造ったのじゃ」
「エルムンガルド様には及びませんが、精霊魔法で造らせていただきました」
鹿の精霊獣がペコリと頭を下げてそう言った。
この白い精霊獣、リディアというのか。
というよりも「造った」とな。
珍しい色合いの精霊獣とはいえ精霊獣の力はその元となる動物の力に依存する。
鹿型は高位に属する精霊獣だがソウほどではない。
しかしソウに出来ない事をやってのけている。
もしかして物凄くすごい奴?
「さて温泉に向かう前に……」
謎な精霊獣だなと思っているとチラリとエルムンガルドが物欲しそうにこちらを見る。
あぁ~。あれか。
ソウに頼み異空間収納からワイン数本と人数分のコップを出してもらう。
机の上に置かれたそれをまずはエルムンガルドに渡す。
「うむ。これじゃこれ」
満悦な表情をして自分の異空間に収納し始めるエルムンガルドに背を向けて他の数本を男性陣に渡した。
「俺達が飲んでも良いんですか?! 」
「その為に用意したんだ。飲んでくれ」
「しかしこんな高価なもの」
「確かに普通のエールよりかは高いがそこまでじゃないよ。ま、従業員サービスということで」
今回彼らを誘ったのは休暇も兼ねている。
定期的に休日を与えているが何をしても良い日としている。
だからと言って全員が全員休むとは限らない。
ウルフィード氏族の四人は時々休みに魔境に行っていると聞くし、畑の管理を任せている人達は気の休めない休日を送っていると思うし。
私としてはそれでも良いんだけど倒られたら困るわけで。
なのでこうした休暇は必要なわけで。
「では温泉に行こうかの」
エルムンガルドは女性用の魔法陣へ足を進める。
また後で、と手を振りエルムンガルドに続く。
女性陣は私に続き、そして男性陣は専用の転移魔法陣へ足を進めた。
「では転移」
これで何回目だろうか。気が付くと部屋のような所にいた。
しかしエルムンガルドの部屋ではない。
部屋とは違う木を使っているのだろう。ツンとした、しかし不快ではない匂いが漂って来る。
「服はそこに入れるのじゃ」
エルムンガルドが指さす方向を見る。
指の先には本棚のように仕切られた木製の棚があった。
近寄り見ると網籠が入っている。
ここに入れろということか。
「早めに入るとしようか」
「どんな所でしょう? 」
「それは入ってからのお楽しみじゃ」
服に手をかけ網籠に入れて行く。
緑の上着を脱ぎ、黒いインナーを取り去った。
少し屈みながら下を脱いでタオルを巻こうとすると後ろからラビの声が聞こえてくる。
「綺麗な体ですね」
「はは。褒められるほどでも……ッ!? 」
「? 」
振り返ると、そこにはデカメロンがあった。
何度見ても、デカメロンである。
まさかあれで着やせしていたのか?!
嘘だろ……。
「膝をついてどうしたんですか?! エルゼリアさん! 」
反射的に「何でもない」と言ってしまい、顔を上げる。
上から差し込んでいるはずの光が見えない……。ラビの顔も見えない……。
「かはっ! 」
「エ、エルゼリアさん?! 」
「お主も非情な真似をするのぉ」
「ど、どういう……」
「まぁ妾は気にせぬから構わぬが、あまり攻めてやるな。ラビ」
その言葉にラビが混乱する声が聞こえてくる。
しかしショックのあまり気が遠くなっていく。
私、これが温泉から出たら、ヴォルトに頼んで豊胸の魔法を作ってもらうんだ。
★
「ほわぁぁぁぁ! すごいですね! 」
「これが温泉か! 」
「エルムンガルドさんの非常識には慣れたつもりでしたけど、甘かったようで」
「おいラビにアデル走ると危険だぞ」
服を脱いでいざ温泉へ向かうと湯煙が立ち昇る温泉が見えた。
それと同時にテンションが上がったラビとアデルが急に走り出す。
「「へぎゃっ! 」」
「あ~あ。言わんこっちゃない」
溜息をつき口元を緩めながら二人の元へ向かう。
エルムンガルドは面白そうに笑いながら私の隣をついて来た。
彼女が軽く手をかざすと蒼白く光り二人を包む。
「あれ? 痛みが」
「痛くねぇぞ? 」
「回復魔法か」
「うむ。その通りじゃ」
まずはということでアデルを抱え起こす。
きゃ、という可愛い声が聞こえアデルの顔が真っ赤になる。
ガラじゃないとでも思ったのだろう。
顔を逸らして気まずそうにしていた。
「じゃ体を洗いに……。どうしたラビ」
「アデルだけずるいです! 僕もです! 」
「子供か! 」
いや私の年齢からすれば赤ん坊同然なのだが、成人を超えた女性が何を言うか。
しかし仕方ない。
腕をこちらに伸ばしてくるラビの手を取った。
少し気合いを入れて彼女を引き上げ、――デカメロンが暴れた。
「う……。ま、負けない!!! 」
膝をつくのをギリギリで耐え暴れるデカメロンを直視する。
ん? なんだあれ?
左右のデカメロンの内側に、何か光る物が見える。
しかし見えたのも一瞬。
エルムンガルドに温泉の入り方を聞いたアデルとラビは早速汚れを流しに行った。
汚れを落としてお湯に向かう。
温泉に入るなんていつ以来だろうかと思いながらも、大きな石で綺麗に囲われたお湯を見る。
水面が激しく波打っているのは奥でラビやアデルがはしゃいでいるせいだろうね。
騒がしい中ゆっくりとつま先を水面につける。
大丈夫そうだ。
温度を確認し終えた私はそのままぽちゃんと温泉に浸かった。
「ふぅ~」
体を沈めて肩まで浸かる。
久々に温泉に入ったせいかとても気持ちがいい。
「ゆっくりできとるかの」
「あぁ。おかげさま……で……」
「カカ。それなら招待した甲斐があったのぉ」
エルムンガルドが頭にタオルを載せた状態でやって来る。
揺れる水面を操作してワインとコップが入ったお盆をこっちに持ってくるのも良い。
けど、エルムンガルドはメロンだったか。
「む。顔まで浸かってどうしたかの」
「いや。単に胸がお湯に浮かぶというのは本当だったんだなと思い出しただけさ」
「これかの? 」
とエルムンガルドは自分のものを持ち上げた。
自慢されているようで腹ただしい。
「妾は姿を変えることが出来るからの。元となった姿をベースに作り上げておるが、むろん小さくすることもできる」
「ということは最初から巨乳ということじゃないか」
「確かにそうじゃが……元を辿ると妾は木から派生した精霊ぞ? 比較する必要があるのかの? 」
「
ブクブクっと返事をしながら羨ましがる。
本当に、羨ましい。
いや私は平均だ。ラビとエルムンガルドがおかしいだけだ。
うん。そうだ。
「一杯どうかの? 」
「頂くよ」
顔をお湯に沈めているとゆらりと木製のお盆が目の前にやって来た。
ゆっくりと姿勢を戻してコップを手に取る。
するとエルムンガルドがワインを注いでくれたので、私彼女に注ぎ返す。
「では」
「頂こうか」
コン、と軽く音を鳴らして軽く口をつける。
ぶわっと口の中にしっかりとした甘みのワインが広がる。
一気に飲まずゆっくりと喉を通過させてもう一杯。
「こちらもどうぞ」
いつの間にかそこにいた白い鹿が顎を使って私達の方へお盆を小突く。
ラビ達がはしゃいでいるというのに波に負けずそのまま私達の方へ直行してきた。
目の前に流れて来たお盆を見るとそこには剥かれた卵が幾つかある。
「これはどこぞの商人から聞いた温泉卵というやつじゃ」
「なるほど。温泉に、温泉卵。その商人とやらはきっと皇国「ヤマト」に行ったことがあるんだな」
「なんじゃ知っとったのか」
「ほんの数年いただけだよ」
驚かそうと思っていたのだろう。
肩を落とすエルムンガルドに「ありがとうな」と伝えて卵を手に取る。
エルムンガルドも気を取り直して卵を手に取るとラビ達が私達に気付いたようだ。
「あああーーー! エルゼリアさんにエルムンガルドさんが何か食べていますよ! 」
「本当だ! それなんだ! 」
「これはだな――」
興味津々と言ったアデルに説明しながら皆に卵を渡す。
そして口の中に放り込んだ。
「?! いつもよりねっとりとした感じだ! 」
「けど美味しいですね」
「これはまたコッテリとしてるな……。出汁は何を使ったんだ? 」
「それはの。――」
温泉でワインと温泉卵。
食べるものはいつもと同じなのに、この特別感。
エルムンガルドには感謝である。
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