第98話 グランデ伯爵の乱 3 処罰

 ――甘く見ていた。


 両手両足を縛られ地面に顔を叩きつけられているグリド・グランデは目の前の相手を呪った。


 グリドは先代から仕事を引き継ぐ形でロイモンド子爵領の経済封鎖網を敷いている。

 その包囲網自体今彼の目の前にいる国王が強権を発揮すれば、すぐさま解くことは可能であった。

 だが一領地の為に権力を発揮してしまえば王族派閥、ひいては王族がその後貴族派閥に多くの譲歩を余儀なくされる。

 それを危惧して国王サノ・エンジミルは動かなかった。


 グリドから見れば「貴族間のバランス」を建前に変化を嫌った「弱腰」と王家を非難していた。

 が最終的な結果はこの通り。

 最後は地に這いつくばる者と見下ろす者である。


 (何時だ。何時バレた。動きが早すぎるっ! )


 グリドは混乱した頭でいつ行動を起こしたことがバレたのか考える。

 しかし答えは出ない。

 派兵してから一日足らずで彼は捕まったからだ。


 派兵したあと、冷静になったグリドは後悔した。

 幾ら魔女を討伐するためとはいえ徴兵してしまったことを。

 やりようならもっと違う方法があったはず。

 なのに狂った頭で考えた方法は彼にとって最も都合の悪い方法だ。

 何か良い案がないか考えている間に王の使いが彼の元を訪れた。

 もちろん抵抗した。だが有無を言わさず兵士が雪崩れ込み、そして王自らやって来たのである。


 (まるで最初から私が反旗を翻すと疑っていたような。いやしかし王自ら来るなどありえない!!! )


 殆ど自領に閉じこもっているグリドは知らない。

 若くして王位を継いだこの王が、実は侮れない存在であることを。


 冷静に、しかし時に大胆に。

 それがこのエンジミル王国国王「サノ・エンジミル」という存在である。


「一度だけ釈明の余地を与えよう」


 簡易的に作られた玉座から重々しい言葉が放たれる。


 ――何か言わなければ処刑される!


 脳裏に「死」が過ったグリドはガバっと顔を上げて口早に言う。


「わ、私は指示をしていません! し、指示は部下……。そう部下がやりました! 」

「部下、とな? 」


 サノは短く返してすっと瞳だけを動かした。その意思を読み取り側近と思しき武官が扉の向こうへ静かに消えていった。

 それに気付かないグリドは必死に弁明をする。

 文官が行っていたこと。口にしていたこと等々。

 必死になり自分が王に思っていることを口走っているのを彼は気付いていない。

 

 サノの瞳から温かみが消えていく中、部屋にノックの音が鳴り響く。

 サノが返事を返すとグランデ伯爵直属の文官と先ほど出て行った武官が入って来た。

 それを感じ取ったのだろう。同時にグリドは後ろを見る。

 不敬にも近い行動にさらに温度を失っていくが、気に留めることも無くミノムシのように体を動かし頭で部下を指した。


「この者です。この者が私の制止を振り切り徴兵をっ! あまつさえ私の名前を使って派兵するとは……恥を知れっ! 」

「と言っておるがグランデ伯が言っている事は誠か? 」

「全て嘘にてございます」

「黙ってろ! ――「黙れっ! 」」


 部屋の中が静まり返る。

 聞いたことのない語調にグリドは怯み上がる。それとは反対に堂々と歩き、グリドの更に前を行き、王に膝をつき頭を垂れた。


「報告を聞こう」

「ほ、報告……? 」


 促された文官は「失礼して」と立ち上がる。

 壁側を見ると向かって来る武官から紙を受け取り内容を読んだ。

 その内容にグリドは顔を青くする。

 逆にサノの顔色は変わらずであった。


「もはや弁明の余地もない! 」


 王が立ち上がり周りの者が片膝をつく。


「グリド・グランデ伯爵の爵位はく奪、資産没収、領地没収の上国外追放とする! 連れていけ!!! 」


 貴族にとって死刑以上の重みのある処罰を下され、絶望した表情を浮かべるグリド。

 だが絶望している暇もなく、すぐにみぐるみを剥がされ国の外に追いやられた。


 ★


「大儀であった」

「ハッ! 」


 簡易的な玉座に座るサノは跪くグリドの文官にねぎらいの言葉をかけた。

 先ほどグリドに処罰を言い放った時とは打って変わり温かみのある声である。


変化へんげを解くとよい。ここは余とうぬしかおらぬ」

「……失礼して」


 文官が返事を返すと彼は立つ。

 そして体がぐにょぐにょと動いたかと思うと真っ黒い人のような姿をした、「何か」がそこにいた。

 だがサノはそれを警戒しない。

 むしろ頬を緩ませ「黒い人間」に声をかける。


「うぬらが堂々と外を歩けるような、そんな国だとよかったのだが」

「ワレは今の生活を好ましく思っております故。心配無用でございます」

「ならよいのだが……」

「現在この国は変わりつつあります。現にワレと同格のものが、この隣の町にて姿を隠さず生活しているが故」

「報告にあったが……、現実味に乏しい。ここはひとつ――」

「サノ。やんちゃをできる王子時代は終わりました。ワレら変幻魔族が陛下に化けて政務をこなすには無理があるというもの。この後も仕事が残っておりますが故」

「わかった、わかった。ちょっとした冗談だ。真に受けるな」

「ではこのままロイモンド子爵領の領都へ。他貴族の横やりが入る前に昇爵の儀と領土の統合を」


 黒い何かは、元とはまた違う文官の姿になってサノを誘導する。

 サノは何か言いたそうな顔をするが見ないふりをしてそのまま馬車へ入るのであった。


 数日後、内戦を無血で収めた功績やロイモンド子爵領復興の功績により、ロイモンド子爵はロイモンド伯爵となる。

 寝耳に水だったロイモンド子爵は終始訳が分からないといった表情をしていたという。

 だが話は進みこれまでの功績を鑑みて「その手腕をもって元グランデ伯爵領を復興せよ」と言われ、元グランデ伯爵領はロイモンド伯爵領に吸収される。

 これによりロイモンド伯爵領は国内有数の面積を誇る領地になったのだが、この罰ゲームともとれるめいに本人は顔を引き攣らせたという。

 代わりに領地が安定するまで納税などが免除されたのは救いだろう。

 

 また経済封鎖を行っていた貴族達は、主軸となるグランデ伯爵を失ったことにより包囲網を維持できなくなった。

 これを機に経済封鎖は解けて物流が戻るが、それはもう少し後の話。


 リア町長を含む町の人がこれを知るのは祭りの後。


 第一回エレメンタル・フェスティバル・リアが、――開催される。

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