第66話 変化していく町 1

 レアの町から帰って数日が経った。

 魔道具工房で買った魔石を入れ替えたり、新しい器具に慣れるために練習したりと、少し忙しい日々が続いた。

 同じ種類の調理器具とはいえ手に持つ感覚は微妙に違う。

 この微妙な差が味に影響を出すのだから慣れるのは必要な事。

 幸いにも我がレストランには食いしん坊精霊獣ことソウと、新たな食いしん坊エルムンガルドがいるから料理を捨てるようなことにはならない。


「今日は何を作るのだ? 」

「今日は作らない」

「な……」

「その代わり町に出て様子を見ようと思う」


 二階の自室で服を着替えているとソウが口を開けて悲しんでいた。


「ソウ。ソウが食べる食材だって無限じゃないんだぞ? 」

「わ、わかっている。そんなこと」

「なら今日くらい我慢してくれ」

「……今日じゃなくて明日町に出ればいいんじゃないのか? 」

「別に明日でも良いがそれだとソウは「また明日でいいんじゃないか」というだろ? だから今日」

「ぐぅ……」

「それにそんなに食べていたら太るぞ? 」

「そんなことはない! 我は常にスレンダーでキュートな精霊なのだ! 」

「……はっ」

「ば、馬鹿にしたな?! 」


 バサバサと翼をはためかせて抗議してくる。

 自分で「スレンダー」で「キュート」と言ってしまったらしかたない。

 しかしあれだけ食べてこいつ何で太らないんだ?

 私は気にして抑えているというのに。


「じゃ、町に出よう」

「わ、我はスレンダーでキュートなのだ! 太ってなどおらぬ。決して太ってはおらぬ! 」

「確かにキュート、だね」


 白いローブを羽織り部屋から出る。

 今なおソウが抗議してくるが気にせず町へ向かった。


 ★


 ソウを肩に載せて町に出る。

 少し歩くと人に会う。

 町の人と挨拶をかわしながら中心部へと向かう。


「かなり変わったな」

「確かに。最初の頃からは想像できないレベルだ」


 市場に向かうにつれて賑やかさが増していく。

 最初はどんよりとしていたのが嘘みたい。

 進むと幾つか煙が立ち上っているのが目に入る。

 恐らくあれがガラス工房だろう。

 あそこで瓶やガラス細工が作られていると思うと少し心躍る。

 食事の歴史ほどではないが、失いかけた技術の復興というのも中々にそそるものがある。


「む。あそこで人を引き連れているのはヴォルトではないのか? 」


 肩の上でソウが言う。

 ソウが指さした方に目線を移すとそこには確かに見知った骸骨がいた。


「おや? エルゼリア殿ではありませんか」


 向こうもこちらに気付いたようだ。

 農具を持っていない方の手を振りながらこちらに近付いて来る。


「なにしてるんだ? 」


 私も軽く手を振り聞くとヴォルトが照れくさそうに手を頭の後ろに回した。


「いえリア町長や町の人から農作業を教えてほしいと話がありまして」

「あぁ~。なるほど」


 ヴォルトは荒廃した土地で作物を育てた実績がある。

 それを知っている人達が教えをいに来たのだろう。


「お金も出ますし、せっかくエルムンガルド殿が祝福をほどこしたので、良い機会かと思いましてね」

「授業料か」

「どうも当代のロイモンド子爵はやり手のようで。好機こうきと捉え土地復興に関する予算を緊急で多めにとったみたいですねぇ」

「授業料はそこから出ると」

「その通りです。まぁエルムンガルド殿の祝福がなされているのであとはたがやして、水のやり方などを教える程度ですが」

「初心者からすれば、それも喉から手が出るほどの技術だよ」

「だといいのですが」


 と軽く苦笑い。表情はないが魔法文字で「笑い」と書かれている。

 本当に器用だな。


「ヴォルトさん。終わりましたか? 」

「今行きます。では申し訳ありませんが……」

「あぁ。いってらっしゃい」

「行ってまいります」


 軽く手を振り彼を見送る。

 すっかり町の人と馴染んだヴォルトを微笑ましく見つつ更に町を歩いた。


 ★


 市場までまだ少しある。

 軽く町並みを観察しながら進むと少し人の毛色けいろが変わって来た。


「見たことない人達だな」

「そうか? 我には区別がつかぬが」

「少し前まで見かけなかったとおもうんだが……見かけなかっただけか? 」

「いやあれは他の領地から来た奴らだ」


 声の方を振り向くとそこには狼獣人の男性がこちらに向かってきていた。

 狼耳に長く太いもふもふとした尻尾を持つ彼は手を振りながら挨拶してくる。

 私も挨拶を返すと説明してくれた。


「聞くと他の領地で不作が起こっているみたいだぜ? 」

「不作? 」

「あぁ。なんでも食うに困ったからこっちに来たらしい」


 腕を組みながら彼らの方を顔を向ける。

 私もつられるように首を動かした。


 確かに少しげっそりとした表情をしている。

 人族は肌が荒れ、獣人族は耳や尻尾の毛並みが悪く見え、エルフ族は耳が下に向いている。

 他種族は見られないが、それは恐らくこの領地以外に人族以外の種族が、住みやすい場所がないためだろう。


「といっても不作になったからってこっちに逃げてくるとは少し虫が良すぎる話のような気もするがね。今まで俺達が苦しんでいたのに」

「気持ちはわからなくもないが……」

「あぁわかってる。それでもこの町を選んだのは俺達だ。だから彼らを責めはしない。けど少し根気こんきが足りねぇんじゃねぇのかと、思うがね」

「それは確かに」


 どの程度の不作が隣の領地を襲っているのかはわからない。

 それこそ商人にでも聞けばわかるのだろうが、そこまで気をまわす余裕はない。

 この町の人達からすれば「その程度で逃げて来るな」と思うのかもしれない。

 今まで手を差し伸べなかったのに何故自分達が手を差し伸べないといけないのかと。


 この町の食料を売るのにも抵抗があるかもしれない。

 けれど食料事情に関して暴動が起こったや衛兵の出番が増えた、のような話は聞かない。

 なんだかんだで助けてしまう。それがこの町の人なのだろう。


「ま、そういうこった。助けを求められたら助けるが……、気合いをみせてもらわないと、なっ! 」

「だな」


 はは、と笑いながら彼を見送る。

 その背中から目線を移して様子を見る。

 どこか申し訳なさそうにしている人もいれば、どこか苛立っている人もいる。


「食に困らない生活から急転きゅうてん、か。なにが起こっているのやら」

「……」

「ま、騒ぎを起こさないのならば見守るしかないな。私は料理を作るのみ。彼らのことはリア町長に任せて町おこしの一つや二つでも案を練るに限る」


 独りちて市場に足を向けた。


———

 後書き


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