第30話 町の物流の担い手「コルナット」

「いやぁ、エルゼリアさんのおかげでえ死にせずすみました」

「これまで君達が耐えた結果だ。私はたまたま通りすがっただけ」

「それでもです。町民共々感謝しております」


 早朝、大量の野菜を背に犬耳と長いもふもふの尻尾を生やした獣人——犬獣人のコルナットと話している。

 今日は採れたて作物を市場いちばおろす日だ。

 軽く世間話せけんばなしを終えたタイミングで後ろから声が聞こえてくる。

 

「ではこちらを」


 後ろにひかえていた畑の管理人のアデム達が前に出る。

 力強い熊獣人の夫婦ベアルとベナが荷台にだいを引っ張り私の前に。

 エルフ族の夫婦ジルとジニーナが野菜の確認をして、人族の夫婦アデムとアドナが帳簿ちょうぼをつける。


 今日は私も一緒にいるが基本的にコルナット達に商品を卸すのは彼らの仕事だ。

 見ていると流れるように仕事が進んでいく。

 流石に何度もやり取りをしているせいか手早いな。

 やはりコルナットを紹介してもらったのは正解だった。


 ある時の事ふと思った。

 幾ら作物を作ったからといっても町の市場に卸すには人手が足りなさすぎる、と。

 そこで町長に紹介してもらったのが彼、コルナット。

 彼や他この町の商人達の手を借りて市場に野菜を行き渡らせてもらっている。


「あの……今日ヴォルトさんは……」


 野菜を受け取り終えるとコルナットが私に向く。

 彼が聞きたいことを察して私は苦笑気味に答える。


「悪いが今日はパンの日じゃないんだ」

「そうですか。ヴォルトさんのパンはとても人気なのですが」


 コルナットの耳がしゅんとれた。

 小さな背中が更に小さく見えて可哀そうだ。

 なのでここは一つ提案してみることに。


「今度回数を増やしてもらえないか、聞いてみたらどうだ? 」

「……そうですね。機会があれば相談してみます」


 私の言葉を聞いたコルナットは少し元気を取り戻してペコリと挨拶する。

 大きな荷台を引いて彼はそのまま町へ向かった。


「ヴォルトさんのパンはとても美味しいので、良く売れるのは分かります」

「白パンはふわふわですし」

「硬いですが、黒パンもくせになる味ですし」

「黒パンといえば私達が食べていた黒パンと全く違うのですが、何ででしょう? 」

「さぁ? そこは専門じゃないからわからないな」


 アデム達の言葉に肩をすくめながら朝食へ向かう。


 ヴォルトはパンを作り過ぎた時、町に卸している。

 レストランで食べる味を市場に卸しているのだから、食べたいと思っている人が多いのは想像できる。

 受注のような形で聞いてきたが、コルナットも恐らく待ち望んでいる一人だろう。

 そんな彼に野菜を卸す時一緒に出荷することが多い。


 パンが人気になっているのは、その安さに加えてヴォルトのパンにもバリエーションが出て来たのも一つかもしれない。

 ほくほくの柔らかい白パンのみならず、固いけれど保存のきく黒パンに。

 最近だとパンの中に何か詰めているものも売っている。

 バリエーションも多く美味しいのだから売れないわけがない。


 というよりもパンの材料をどこから仕入れているのか不思議である。

 確か白パンと黒パンの材料は違ったはずだが。

 「友人から」といっているが、彼の交友関係がとても気になる所だ。

 ま、詮索せんさくする気はないが。


「さ。朝食でも食べようか」


 レストランの扉を開けて、私達は朝食をとった。


 ★


 今日の仕込みを終えた後、私は子供達と町を歩いていた。

 目的は消耗品の補充と彼らが住んでいた場所の探索。

 それと彼らがどんな所で過ごしていたのか気になったのだ。

 道を行くと人に声をかけられ足を止める。

 ソウが小型竜状態で肩に乗っているせいか、エルフ族やドワーフ族からは平伏へいふくされて気まずい中の買い出しだがソウはご満悦まんえつの様子。

 予想していたことだが後に慣れてくれることを期待しよう。


「オレ達が遊んでたのはこの辺だ! 」


 買い出しも終わり次は探索へ。子供達にあちこち連れられ最後に着いたのは彼らが遊び場にしていた所。

 あそこまで困窮こんきゅうしていたのだから、あまり環境のいい場所ではないと考えていた。

 だが予想していたよりも綺麗な場所だった。


「森に似せているのか」

「よくわかりましたね」

「ベアルのおっちゃんが作ってくれたんだ! いいだろ! 」

「すごいな。これは」


 ジフが少し目を見開きアデルが補足する。

 自慢気な二人とはうって変わって親の仕事を褒められている気がしているのか少し恥ずかし気に顔を下に向けている。


 そこに見えるのは多くの遊具。殆どが木材で出来ているが天高くにそびえ立つ立派で垂直なものが特に特徴的。

 形状は様々だがらせん状になっているものと、まるで本物の木の様に枝を生やしているものが多い。


「こうやって遊ぶんだ」


 アデルが言うと軽くジャンプして枝の部分に飛びついた。

 体を少しぶらんぶらんと体を揺らすと勢いつけて次の枝に飛び移る。

 そしてどんどんと奥へと行ってしまった。


 アデルが懐かしいのかひょいひょいと元気よく飛んでいる中、ロデはらせん状になっている木材にのそのそと登る。

 一番上まで行くとぼーっと上を見始めた。

 まるで日向ぼっこしているようだ。


 ジフは恥ずかしいのか遊ぼうとしない。

 少し私の近くによって背筋を正している。

 他二人よりも大人びている彼だが少しそわそわしているようにも見える。

 我慢しているのが丸わかりだが指摘しないでおこう。


「テーマは安全な森か? 」

「はい」

「ま、自然を忘れない事は良い事だ」


 素っ気なく返すジフに苦笑い。

 立っている木材を見る限り恐らくジルとジニーナがベアルとベナに頼んで作ってもらったのだろ。

 町で働く者以外、基本的にエルフ族というのは森で生まれ暮らす。

 人族の様に特に苗字みょうじをつけることは無いのだが、それだと外のエルフと交流する時に不便となる事が多い。

 だから出身森の名前を名乗りの時に付けることがある。

 私なら「アドラの森のエルゼリア」。


 現在ここは子供達の遊び場となっているが、考えるに本来の目的はエルフ族のジフが名乗れるようにすることだろう。

 今の所教えていないようだが彼が成長して胸を張って名乗れるようになればいいなと思う訳で。

 そのためにもこの町の復興と町おこしは重要だ。


「ふぅ。久しぶりに遊んだ! 」


 スカート姿のアデルが額の汗をぬぐいながらこっちに向かってくる。

 それをみてロデものそのそと、らせん状になっている木材から降りてきて私の方へと寄って来た。


「さ。帰るか」


 忘れられない森での一瞬を思い出しながらも、私は心を新たにして、子供達とレストランに戻った。

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