第29話 血抜きは重要だぞ?
「ここからだ。エルゼリアさん」
「了解」
犬獣人の冒険者の言葉を聞いて私は集中する。
辺りに気を張り巡らせると複数の魔物の気配を感じた。
「いた」
「……早いな。俺は嗅覚を使ってやっとなのに」
「長年旅をしていると感覚は必然的に鍛えられるさ」
犬獣人の冒険者は「そうか」とだけ言い腰を落とす。
真似て腰を落としてサクサク進む。
足取りに迷いがない。
流石この町で魔物を狩っているだけはある、と思いながら進むとそこにいたのはフォレスト・ブルだった。
「他にもいる。一体、やってみるか? 」
気配を消して
私は頷き
「剣も使えるのかよ」
「フォレスト・ブルは魔法で倒すと一気に肉の質が落ちる。肉として食べるのならば一撃必殺。これに尽きる」
「勉強になるぜ」
言いながら犬獣人の冒険者も短剣を抜く。
そして私は素早く移動し、フォレスト・ブルの首を
★
「こっちとしては金も貰えるしいいんだが……、これ俺いったか? 」
「山や森を
フォレスト・ブルの血抜きをしながら彼に言う。
ソウがブラッディスライムを出した時はとても驚いて、反応が新鮮で面白かったのは秘密だ。
ともあれ今日はレストランを休業にして森に来ている。
目的はこの森に何が生息しているかの確認だ。
「これからエルゼリアさんも森に入るのか? 」
木に背を預けて休んでいる彼が私を見上げて聞いて来た。
「いや、特に食材が足りない時以外入る予定はない」
「じゃぁ、何で今日森に入ろうとしたんだ? 」
彼は
彼の疑問は
森に入る予定がないのに森の案内をしてくれなんて不自然極まりないからな。
それについ最近までこの森に住んでいたヴォルトもいるし。
冒険者ギルドを通じて森を案内してもらう必要性を感じなかったのだろう。
「森に何が生息しているか、きちんとこの目で確認したかったんだ」
「……なるほど。だがエルゼリアさんが聞けば誰でも教えると思うが? 」
「その大きさや数まではわからないだろ? それに……」
「それに? 」
「新しい発見があるかもしれないだろ? 」
それもそうだな、と言い彼は立ち上がりフォレスト・ブルの元へ足を向ける。
彼は血抜きを終えたブラッディスライムが隣を通り過ぎビクンと驚くも、そのまま足を進めてブルの元に着いた。
「エルゼリアさんのステーキを食べるまでフォレスト・ブルの肉はあまり美味くないものだと思っていたんだがな。まだ血抜きが足りなかった、ということか」
「この巨体だ。完全に血抜きをするには専門技術が必要になる。私はスライムの力を借りているが、本来ブル専門の技術者がいるほどだ。これまでのことは勉強代と思って受け入れろ」
「そうするよ。で……これどうすればいい? 」
「我が保存しておこう」
冒険者がブルから私に目を移して聞いてくる。
すると人間大のソウが声を上げた。
今度は何をするのか、と首を傾げる冒険者を気にせずソウは異空間収納を発動させた。
「エルゼリア。切り分けてくれ」
「分かっている」
私はソウに近寄り巨大な肉切り包丁を手に取る。
魔法で腕力を強化して、重たいそれを持ち上げフォレスト・ブルを切り分けて行った。
おぉ、と犬獣人の声が上がるも気にせず他のブルも切り分けて行く。
切り分け終えると新しく出した冷凍保管魔道具にソウがそれぞれ詰め込んでいった。
「さっきの斬撃は魔法か何かで強化しているのか? 」
「いや持ち上げる時以外に魔法は使っていない」
「……魔法を使わずにあの斬撃か。怖い怖い」
彼が腕を体に巻き付けて恐れる素振りをする。
失礼な、と思いながらも仕事をするソウの手伝いをする。
彼も手伝い手を動かす。
肉もあと少しといった所で「そう言えば」と聞いて来た。
「何で魔法を使わなかったんだ? 」
「フォレスト・ブル他のブルとは違い魔力に敏感なんだ。魔法を当てると
「……それも俺達がしくじっていた内の一つ、か」
「かもな。しかし命あってのものだ。肉質に気を取られて命を取られたら
「いや俺達も美味いブルを食いたい。これからは討伐人数を増やすとか方法を考えるよ」
「私としては上質なフォレスト・ブルが入るのは嬉しいんだが、怪我するなよ」
分かってるよ、と答えた時にはフォレスト・ブルの肉は冷凍保存魔道具に収納された。
持ち運び用の冷凍保存魔道具が、ソウが作り上げた異空間に収納されるのを見る。
実の所この冷凍保存魔道具も特別だ。
持ち運び用の冷凍保存魔道具は、——高価だが出回っている。
私は幾つか冷凍保存魔道具を持っているがこれはその中でも特殊。
通常冷凍保存魔道具は魔石を使い魔力で動かす。
けれど今回のフォレスト・ブルのように魔力を嫌う食材の場合は、魔石ではなく精霊石を使った特殊な保存庫を使うのだ。
これ一つで城が幾つ建つのやら。
まぁ驚かさないためにも言わないが。
「さてこれからどうする? 」
「可能ならまだ見て回りたい。そっちの体力は大丈夫か? 」
「余裕だ」
「よし。ならば見て周ろう」
私の言葉に彼は頷きそして森の中を探った。
★
「この森は薬草の宝庫だな」
「毒草の間違いでは? 」
「毒も薬も
冒険者ギルドで依頼料を支払いながら今日あったことを受付に言う。
土地の影響か他では見られない貴重な薬草や錬金術の素材が多くあった。
正直これを売るだけでもかなりの収益になるはずだ。
昔は食の最先端と言われていたみたいだが、少し違えば薬師や錬金術の町と言われてもおかしくなかっただろう。
「この町で薬草の採取依頼はないのか? 」
「ありますよ」
「因みにどのくらいの値段で外に売っていたんだ? 」
聞くとエルフ族の受付嬢が「ん~」と顎に手をやり少し考える。
そして思い出したかのように私に教えた。
「私が記憶しているものだとこのくらいですかね」
くいくい、と私を呼んで金額を紙に書く。
それを見て額に手をやり天を
「……ぼったくりにもほどがあるだろ」
「珍しいものとはわかっているのですが、
「普通に売ったらそれの千倍はするぞ? 何を考えているのやら。が……」
「? 」
「この薬草を手に入れることのできない薬師や錬金術師はさぞ困っているだろうな」
私が言うと受付嬢もクスリと笑い「そうですね」と同意する。
支払いを終えてレストランへ戻り、そして今日の仕事を終えた。
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