第27話 収穫期間の不思議

 料理人の朝は早いが私の朝はもっと早い。


「んんん~~~! 」


 早朝、僅かな湿気と冷たさを感じながら私は腕を上に伸ばして疲労を吹き飛ばす。

 はぁ、と息を吐き「やるか」と意気込みベッドから降りる。

 服を着替えながらベッドの上をみるとそこにはすやすやと眠る小さな蒼い竜がいる。


「起こすほどではないか」


 思いながらも青いズボンを履き、黒く少し大きめなタンクトップの上に緑の上着を羽織はおる。さらに白いローブを羽織って魔杖ロッドを腰にして「よし」と意気込み扉を開けた。


 契約精霊であるソウは私に危険が迫っているとすぐに駆け付けることができる。

 今は眠れる竜状態となっているが私の身の危険には敏感。

 何かあったら飛んでくるだろうと考えながらレストランを出る。


 外はまだ暗い。

 レストランの中は光球ライトが付与された魔道具を使っているから明るいが、太陽が昇っていない自然はどうにもならない訳で。

 持ってきた短い魔杖を軽く掲げて「光球ライト」と唱える。

 明かりをともしながら畑に行くとそこにはアデル達の両親がいた。


「おはよう」

「「「おはようございます」」」


 私が挨拶すると彼らは一旦手を止めこちらに挨拶する。

 それににこやかに答えながら彼らの元へと足を進めた。

 定期の確認である。


 彼らも魔法を使っているのか複数の光球が彼らを照らしている。

 近付くと山積みになっている荷台にだいが目に入る。

 私が来るよりももっと早く仕事を始めていたのか荷台に野菜が山盛りだ。


「調子はどうだ? 」

「絶好調です」


 ジフの父でエルフ族のジルが一歩前に出て笑顔で答えた。

 その言葉に回りの人達が大きく頷く。

 それは良かった、と言葉を返して畑を見る。


 今彼らにこの畑を管理してもらっている。

 野菜が大量にできるこの畑を一人で管理するのは難しいからだ。


 彼らに専門的な知識はない。

 しかしここには生き字引じびき・ヴォルトがいる訳で。

 ヴォルト指導の元、畑作業を進めてもらったら彼らはすぐに技術を吸収した。

 流石森の骸骨さん。

 指導力も半端ない。


「おや。今日はワタクシの方が遅かったですかな」

「そうでもない。というよりもパン工房の方を頼んでいるんだ。こっちは自由で良いよ」


 声の方へ向くとそこには農作業用の服をクールに着こなす骸骨がいた。

 ヴォルトである。

 農作業服が似合う骸骨というのも中々に珍しい。

 それほどまでに私達がこの姿に慣れているというのもあるのだろうが、何にでも溶け込んでしまう彼の特性にも起因しているのかもしれないな。


「パン工房の方はどうだ? 」


 アデルの両親であるアデム、アドナやロデの両親アロムやベアル、そしてジフの両親ジルやジニーナに軽く手を振り背を向けてヴォルトの所へ足を向ける。


「今日レストランで使用する分を焼き終えた所です」


 大きなくわを支えにしてヴォルトが言う。

 いつも助かるよ、と答えると少し照れくさそうにほほいた。

 状況の確認も終えたし私も仕込みに入ろう。

 そう考えレストランの方へ足を向けようとするとヴォルトがふと思い出したかのように私を止めた。


「少し先の話になるのですが」

「ん? 」

ワタクシ野暮やぼ用がございまして少々お休みをいただきたく思うのですが」

「野暮用? 」


 聞き返すとヴォルトが鍬から顎を離して大きく頷く。

 彼がそう言うのは珍しい。

 几帳きちょうめん面なのか何かと報告をしてくるヴォルトなのだが、少し席を離すくらいでは「休みを」とは言わない。

 ということは……。


「少し長くなる? 」

「いえ、一日ほどですね。その日の分のパンは前日多めに焼いておきますので、そのあたりはご心配には及びません」


 わざわざすまない、とお礼を言いながら彼の申し出を了解し私はそのまま仕込みに入った。


 ★


「町に野菜が行き渡り高かった食料の価格も落ち着いてきているようですねぇ。良きことです」


 太陽が昇り始めている頃、不死王「ヴォルト」は前世の記憶を辿たどりながら畑を見た。

 そこには収穫をしているアデム達の姿がある。

 彼らが収穫している野菜はレストランで使われる。

 しかしながら広大な畑から採れる食料を一つの店で使い切れる訳がない。よってエルゼリアは余剰よじょう分を市場におろしていた。


 エルゼリアが卸す野菜は安く多い。

 一気に価格が下がったため一時混乱を見せたが今は落ち着いている。

 家庭に食料が行き渡るようになったのだが、それでも「竜の巫女」に多くの客がくる。

 彼女の料理がおいしいということもあるのだが、それ以上に彼女がしたわれている証拠でもあった。


「しかし不思議ですねぇ」


 大量に積み上がる野菜を見てヴォルトは一人考えていた。


 (こんなにも収穫期間が短い野菜は見たことがありません。魔法で強制的に成長させることはできるのですがその場合——)


 と少しかがみ土を手に取る。彼が確かめた土の状態は良好。

 軽く土を払いながら腰を上げて更に首を傾げた。


 農業用に開発された魔法を用いることで野菜の成長速度を上げることはできる。

 しかしその場合土地の栄養を大量に吸い取るので、それを回復させるために次種をまくまで時間を空けなければならない。

 しかしながらこの土地はその法則を無視している。


 (となればソウ殿がほどこしたという祝福の影響でしょうか)


 最も分かりやすい答えである。

 自然精霊として最上位に位置する竜型のソウが施したのならば何が起っても不思議ではない。

 精霊とは自然そのものであり力の塊のような存在である。

 自然を自在に操る精霊ならば土地を過剰に元気づけることができるのも不思議ではない、とヴォルトは考えた。

 同時に首を傾げて思い出す。


 (久しぶりに町へ出ましたが……、考えれば「土地に祝福がない状態」というのは不思議な話。丁度ちょうど会議もあることですし、それとなく彼女に聞いてみましょうか)


 同時に一人の女性を思い出す。

 彼女ならば何か知っているかもしれない。

 つい先日あったばかりなのだが聞きたいことができた。

 ならばということで聞くことを頭の中にメモしていく。


「ヴォルトさん。どうしました? 」

「難しそうな顔をしてますが悩み事で? 」

「いえ大丈夫ですよ。さ、今日も仕事を始めましょう! 」


 一人棒立ちになっているヴォルトを心配したのだろう。エルフ族のジル達がヴォルトに声をかける。

 ヴォルトは「いけない。集中し過ぎましたね」と心の中で苦笑しながら彼らの方へ足を向けた。


 もう彼に幻影魔法は必要ないかもしれない。

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