第26話 「竜の巫女」のディナー

 ディナータイムはランチとはまた違った雰囲気を出す。

 昼は比較的女性が多いが夜は仕事帰りの男性客が多い。

 一通り注文を作り終えた私は様子を見に食堂の方へ足を向ける。

 そこには私の方を向いて客を指さすラビがいた。


「きゃぁぁぁ! エルゼリアさん! この人今触りましたよ! 」

「バカっ! 誰がラビみたいな小娘こむすめを触るか! 」

「自信過剰にもほどがある」

「確かにデカいが、デカいだけじゃダメなんだ。ラビちゃん」

「触るならエルゼリアさんだな」

「そうだ。あの透き通るかのような白い肌に、白銀に輝く美しい髪……」

「……踏まれたい」

「それを本人の前で堂々と言うとは中々に度胸どきょうがあるじゃないか」

「じょ、冗談だよ。エルゼリアさん」


 狼獣人の男性客が顔を引きらせながら弁明べんめいする。

 そんな恐れられてもと思うが仕方がないか。

 ま、前に触ろうとした奴を悲惨な目に合わせたからな。


「全く私のどこがいいやら」

「自覚がないのか? 」

「いやあるが」

「……物凄い自信だ」


 言うと「ガハハハハハ」と笑い声が店内に響く。

 笑い終えるとスープを飲み、食事を口に運ぶ。

 ガツガツと食べる様は、流石仕事帰りの人達だ。

 野菜中心であるが頼まれたメニューも味の濃いものが多い。

 時々運んでくる魔物もメニューに使っている。


「ブルがこんなにも美味いなんてな」

「元々美味かったが旨味うまみが違う」

「俺達と何が違ったんだ? 」

「バカ。エルゼリアさんは本職だ。俺達みたいな素人と比べるものもおこがましい」


 男の言葉に「そりゃそうだ」と頷きまた笑いフォークで刺したステーキを口に入れた。

 彼らが食べているのはフォレスト・ブルのステーキ。

 切りえられ芳醇ほうじゅんな香りを放つそれはこの地に適合てきごうしたフォレスト・ブル。

 どうやらその強固な胃袋はこの地に適合するため解毒機能がより増したようだ。


 そんな牛系統の魔物「フォレスト・ブル」だが種を明かすと彼らが行っていた調理法とあまり変わりない。

 しかしその少しの違いが大きな違いを生んでいる。

 それは表面に油を塗るかどうか。

 これにより内側に肉汁が閉じ込められる訳で――。


「ラビちゃん。水を一杯! 」

「らしいです! エルゼリアさん! 」

「……ラビは少し魔法を覚えたらどうだ? 水生成クリエイトウォーター


 服に仕込んでいる簡易魔杖ロッドを軽く振るうと水が出る。

 少し芸でもと思い宙に浮く水を変形させる。

 ドラゴンとなったそれは注文を出した熊獣人の所まで行き、ゆっくりとコップの中へ入っていった。


「「「おおおーーー!!! 」」」


 歓声を受けながらも魔杖ロッドをしまう。

 ふぅ、と軽く息を吐き背を向けようとすると私を呼ぶ声がした。


「「「おかわり!!! 」」」


 この町の人達は、食欲旺盛おうせいである。


 ★


「そう言えば皆さんはこの町を出ないんですか? 」


 食事を終えて談笑している人達に、ラビが突然話しかけた。

 いきなりなんてことを言うんだ!

 片付けていた食器を落としそうになる。


「ん? どういうこった? 」

「いえ皆さん隣町の鉱山まで出稼ぎに行っているんですよね? なら働く場所は近い方がいいんじゃないかと」


 ラビの素朴な質問を聞いた人達は「あぁ~」と大きく口を開けた。

 気になる事ではある。

 しかしえて聞かなかったことをラビはっ!


「あれだ。確かに働くのなら毎日通うよりもその町に住んだ方がいいってのは分かる」

「けどよ。結局こっちの方が住みやすいんだ」

「ずっと長く住んでるし」

「通うことに慣れもあるな」

「それに最近だと竜の巫女が出来たから食事に困らない。この町を出る理由にならねぇ」


 ラビが「ほぇ~」と口を開けて納得したのやらしてないのやらわからない顔をする。

 その顔を見て周りが爆笑するとラビが少し怒ったように言い返していた。


 彼らをこの町にとどめているのは、町に対する愛着だろう。

 引き留める要因に私のレストランがあるのは少し嬉しいな。


「レアの町のやつら、うらやましがっていたぜ」

「あぁ。野菜もそうだがエルゼリアさんの食事を食べてみたいってさ」

「それは光栄だな」


 嬉しい言葉だ。

 是非来てみてほしい。

 と考えていると「そういや……」と誰かが呟いた。


「俺が行ってる鉱山だがよ。ちょっと不味いことになってな」


 ドワーフの男が言うと全員が彼の方を見た。

 まずい事? と私も首を傾げながら少し近付き話を聞く。


「何でも最近ドラゴンが住み着いたらしくてな。倒されるか、退くかするまで仕事が出来ねぇかもしれねぇ」


 その言葉に全員が沈んだ。

 鉱山にドラゴンが住み着くのはよくあることだ。

 いやドラゴン自体珍しいから頻繁に見られる現象ではないのだが、ドラゴンと遭遇するシチュエーションでトップクラスだろう。


「最低討伐難易度A、か」

「この周辺にAランク冒険者なんていたか? 」

「聞いたことねぇな」


 言葉にはしないが恐らくいないだろう。

 自由な冒険者といえどわざわざ住みにくい場所には住まないからだ。

 現にこの町の冒険者も、殆どがこの町出身の人だったりするわけで。


「そのドラゴンは町には降りねぇのか? 」

「今の所大丈夫そうだ」

「なら町は様子見、か」

「わざわざドラゴンの怒りを買うわけにはいかないしな」

「出来ればとっとと討伐されて欲しんだが」

「無茶を言うな。災害は去るのを待つだけよ」


 確かに、と言い水をグビっともう一杯飲む。

 そんな彼の所にもう一人のドワーフの男性が近付いた。


「しかしおめぇ仕事はどうする? 」

「時々エルゼリアさんの畑のお世話になるさ」


 座り顔を近づけて心配そうに言う彼に、苦笑気味に答えた。

 ドワーフ族の男性が私の方を見て来るので「収穫するものはまだまだ多いんだ。きびきび働けよ? 」とだけ言った。


 ★


「ではエルゼリアさん。お疲れさまでした」

「あぁお疲れ。明日遅れるなよ? 」

「だ、大丈夫ですっ! 」


 ふんすっと顔を近づけてラビが言う。

 けれど本当に大丈夫だろうか?

 時々子供達よりも遅れて来るからな。

 期待を低くしながらも「おやすみ」といって私達は別れた。


 明るいレストランの扉を開ける。


「お疲れさまでした」

「お疲れさま。今日もありがとうな。ヴォルト」

「いえいえ。私も有意義な時間を過ごすことが出来ましたので。ここまで充実した時間を過ごしたのは久しぶりですねぇ」


 スーツに身を包んでいるヴォルトが少し顔を上げて懐かしむ。

 現在彼はこのレストランのパン工房で働いてもらっている。

 竜の巫女のパンといえばヴォルト。

 その人気はとても高く、このレストランに不可欠となっていた。


「悪いが先に上がらせてもらうよ」

「ええ。私の事はお気になさらず」


 そう言うヴォルトに背を向けて軽く手を振る。

 二階に上がり部屋へ行くとそこには小さくなったソウがすやすやとベッドを占拠していた。


「ソウも睡眠は必要ないはずなんだが」


 苦笑しながら服を着替える。

 ソウを少し隣に避けて私も軽く瞳を閉じた。

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