第23話 不死王昼のパン祭り

「……皆。準備は良いか? 」


 町の人全員が集まっているのだろう。

 大勢の群衆が「ゴクリ」と息を飲むのを感じた。


 ある者はかごを持ち、ある者はスコップを持ち、緊張した表情で私達を見ている。

 緊張しているのは彼らだけではない。

 彼らを仕切らねばならないアデル達の両親も、私の後ろで緊張しているのがわかる。


「では行くぞ。第一回収穫祭。開始!!! 」

「「「おおおーーー!!! 」」」


 全員一斉に畑に飛びかかった。


 ★


「準備は……出来ているようだな」

「もちろんですとも」

「ヴォルトの張り切りようには我も呆れる」

よだれらしながら言っても説得力がないぞ。ソウ」


 レストラン裏に行くと良い匂いが漂ってきた。

 ヴォルトに声かけるといつもよりも気合いの入った声が返ってくる。

 

 様子を見るとすでにパンをお盆に並べている所。

 小さなパンから大きなパンまで様々だ。

 かま自体は幾つもあるのできっと使い分けたに違いない。

 しかしいつもと違う匂いがする。


「これはピザ、でございます」

「前に言っていたやつか」

「以前、エルゼリア殿にゆずっていただいた具材を用いて作りました。今回は簡単なものしか作れませんでしたが、この町が活性化すると更に良いものが作れるかと」

「それは楽しみだな」

「我も早く食べてみたいのである」


 ソウが宙に浮きながら今にも食べそうに言う。

 まだ食べるなよ、と釘を刺しながらもそれを見た。


 ピザというものは聞いたことがある。

 しかし実物を見たり実食するのは初めてだ。


「ピザはアツアツが一番。そろそろ皆様仕事を終えるころでは? 」

「おっとそうだな」


 耳をませると畑の方から疲れたような声が聞こえてくる。

 しかし彼らも匂いに気付いたのだろう。

 陽気な声も聞こえてきた。


「よし。行くか」


 レストランの方へ足を向ける。

 そして第二回食事会が始まった。


「うめぇぇぇぇぇ! 何だこれは! 」

「熱ぃ! だが美味い! 」

「これ伸びるぞ! 」


 食事会を始めると全員見たことのないピザに興味津々だった。

 ピザは白い生地きじに赤いトマト、そして種々の肉や野菜をせている。

 自分のピザに目を落とし一ピース手に取り口に入れる。

 カリっと乾いた音が鳴る。

 口に入らないピザを離そうとするが、言っているようにびよーんと伸びた。


「チーズが伸びているのか。それにこれはトマトだな。煮込むとも違う、そのまま食べるとも違う味で面白い。だがそれだけじゃないな」

「ハーブのさわやかな味もするのである」

「香ばしい匂いがしていたが、全体の調和を保っているのか」


 分析しながら食べるのは私の悪い癖だな。

 自分の悪癖に心の中で苦笑いしながらも美味くいただく。


「上に載っているのは肉か? 」

「それはオーク肉を薄切りにしたものだよ」


 聞いてくる人に説明する。

 すると彼のボルテージが上がっていく。


「マジか! オーク肉がこんなにも変化するのか! 」

「薄いのに肉汁が止まらねぇ! 」

「ここまで来ると豚肉も顔負けなのである」


 キュゥイっと機嫌のいい声を出しながら子供達が次のおぼんを運ぶ。

 緊張した様子の彼らにほんわかとしながらも、チェックはおこたらない。

 食べ終わった皿はラビによって下げられていく。

 子供達が置いている新しいパンに町の人達は敏感に反応した。


「いつもとは違うパンだな」

「丸い……」

「いつものパンもうめぇがこっちの素朴そぼくな味も良い」

「俺はこっちの硬いやつが好みだな」


 ヴォルトが作ったパンを狼獣人の男がみ千切るように食べた。

 前に食べたがあれ硬いんだよな。

 あの人は普通に食べているが私は口を怪我しそう。

 それよりも私はこっちの丸パンが好みだ。


「口の中でパンが溶けるのである……」


 ソウも丸パンを食べている。

 私も溶けていくパンを飲み込んだ。

 甘い余韻よいんに浸っているとリア町長が席を立つ。

 扉の方へ向かったかと思うと反転した。


「今日は皆さんにお話があります」


 コルバーを隣にひかえさせた彼女が言う。

 町長の言葉とあってか一通り食事を終えた人達が手を休めて彼女を見た。


「皆さん。森の骸骨さんは御存じでしょうか? 」


 言うと町の人達が口々に言う。

 色んな話が出るがどれも好意的な話だった。


「実はこのパン。その森の骸骨さんが作ったものなのです! 」


 リア町長がはっきりと告げた。

 一同何を言われたのかわからないような表情をした。

 だが遅れて言葉を咀嚼そしゃくしたのか「マジか! 」「実在したの!? 」と驚いている。

 そして――。


「では本人に入ってきてもらいましょう」


 リア町長が横にずれる。

 コルバーが扉をゆっくりと開ける。

 するとそこからスーツを着た、しかし幻影魔法をかけていない、ヴォルトが入って来た。


「………………不死族のヴォルトです」


 声ちっさ!!!


 ヴォルトは体を縮こませて、ものすごい恥ずかしがっている。

 私よりもはるかに生きている奴がなに恥ずかしがってんだよ。

 でも仕方ないか。ずっと一人で森に住んでいたもんな。


「うそこの人が森の骸骨さん?! 」

「本物?! 」

「てっきり作りものの話かと」

「ねぇこのパンどうやって作ったの? 」

「森の骸骨さんはこのレストランで働くの? 」


 怖いもの知らずな子供達がトテトテと歩いてヴォルトに聞く。

 子供に慣れていないのかあわあわしながら「ええっと」とたどたどしく答えていく。

 その様子にほのぼのしながらパンをもう一つ口にする。


 うん。甘くておいしい!


 ★


「感謝してもしきれませぬ」


 大盛況に終わった第二回食事会のあと、従業員の食事を済ませた。

 

 完全に食事を終えて食堂の片づけをしているとヴォルトがお礼を言ってくる。

 しかしこればかりは私の功績ではない。

 場をもうけはしたが、その実は彼がこれまで行ってきた行動の結果だ。


「これほどまでに受け入れられるとは思ってもみませんでした。これならばもう少し早く町に出ていても良かったと、思いますね」


 ヴォルトが空洞くうどうの目から涙を流す。

 え? と思ったが水属性魔法か。

 器用なことをするな、と思いながらも手元に視線を戻して机をく。


「終わりました」


 一緒に机を拭いていたジフが報告してくる。

 私も最後の一つを終えて腰を降ろす。


「あ。夕食」


 昼の騒ぎで忘れていた。

 まだ夕食には早いが仕込みをしたい。

 思い出して「やらかした」と思っていると扉からノックの音が聞こえてきた。


「昼は美味かった。ありがとう」

「労働に対する正当な対価だよ。気にする必要はない」


 どうぞ、と答えるとアデルの祖父が入って来る。

 お礼も程々に机に座らせる。

 するといつもの柔らかい顔とは違い少し真面目な顔でこちらを見てきた。

 何か話でもあるのだろうか。


「ではその正当な対価に対して、わしも対価を払うとしようかの」

「? 」

「この町の伝統料理の一つ。「リア焼き」を馳走ちそうしよう」

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