第2話 都市エキナセアでの一日




 日は変わり、穀物食べる月の兎の日。


 相棒の鎧蜥蜴よろいとかげを歩かせてケツァール地方唯一の都市エキナセアに到着した正午。

 都市の門前でノックスを認め、心得た防衛小隊の隊員が、危なげなく一人と一騎を軍用の出入口へと先導していく。

 簡単な荷物の検査を受けてから隊員に礼を言って、ノックスはエキナセアの都市内へとトララフエパンを進ませた。

 目指すは都市の中段、総合ギルドだ。










 都市エキナセアは、広大なテミロテ大森林を背後に展開させたエキナセアの《ヌシ》の棲家があるシンボルツリーを最上段に据え、神殿、中段、下段と、ひと山を段々に開拓された都市である。

 見所と言えば、何種類もの樹が交じり合い、枯れることなく年中花が咲き誇る太く聳える巨大なシンボルツリー。


《ヌシ》の気分によって変わる花々はそれこそ一日たりとも同じものはない。

 今日はギザギザの鋸歯のこぎりばの先に花火のようにまとまって咲く白い小さな花、ステビアが樹冠いっぱいに咲いている。


 どうやら《ヌシ》は甘味を食したいらしい。

 まとまって咲くステビアの花が一帯の葉ごと花火のように弾けて消えると、砂糖の粉が雪のように舞降り、薄らと樹冠の及ぶ根元や地面に積もっている。

 花が消えた枝には、まるで早送りをしたように芽が出て蕾になり花が咲くと、絶え間なく開花が続く。

 砂糖以上の甘みがあり、低カロリーでもある女性垂涎のステビアを加工の過程なく粉にもする所業は、人外の御業なのだろう。

 ただここで果物などを出さずに、ハーブ系の草花を選ぶ当たり嗜好が分かろうというもの。


 エキナセアの《ヌシ》は、束子鼠たわしねずみの姿を好んでしているのでなんともお似合いである。粉砂糖を降られた草花をもしゃもしゃしている姿が目に浮かぶ。


 滅多にシンボルツリーから出てこないのは他の《ヌシ》と一緒だが、よく最上段の根元で日向ぼっこをしていたり、シンボルツリーから滔々と湧き出る神水の泉(不思議なことに都市内に漏れず空気中に溶けるように消えてしまう)でまったり泳いでいるのを見ることが出来るので想像は容易かった。


 シンボルツリーの厳つい根が都市の段差を跨いで都市内や街壁に張り巡らされているその上を、粉砂糖が降られた葉をつまみ食いしながら、トララフエパンが登っていく。

 この根の上を渡れるのは許可証のある軍か神殿、ギルド関係者のみなので、周囲に気兼ねなく巨体の鎧蜥蜴を進ませるには大変に助かっている。

 大通りを通ることも可能ではあるのだが、ノックスとトララフエパンが通ると賑やかな大通りがさらに賑やかになり兼ねないので……。必要措置というものだ。

 これに関して、軍、神殿、ギルドの三大勢力から満場一致で許可が出ている腕章が有難いやら小憎たらしいやらと、渡る根の下で目立つ花緑青色はなりょくしょういろを見つけて手を振る市民に、手をげて応えつつ思うノックスである。






 総合ギルド。

 三階建てからなる石造りの頑丈な建物には、国に属さない主な独立組織が集まっている。これらは国境を越えてある組織でもあり、特にこのコートル共和国では各地方都市に必要不可欠なもの。

 在り方は様々だが、本部は帝国にあり、エキナセアでは都市の有権者たちからの融資で成り立ってもいるこの組織は、世界経済を動かす要でもあった。

 エキナセア支部の総合ギルドに入っているのは、《ニワ》や未開の地を探索するのを生業としている探索者ギルド。

 商いの販路や売買を回す商業ギルド。

 自然保護や生物調査、調整を行う狩猟ギルド。

 医術や薬剤調薬を主に活動している医薬ギルド。

主にこの四つの業種から成っている。


 喧騒と言ってもいい雑多な音が絶えないギルド内は、一階に探索、狩猟、医薬のギルド受付が設けられ、中央の階段を上った二階に商業ギルドの受付と商談スペース、簡易売店がある。

 三階には、必要資料や報告書の倉庫と個室フリースペース。中央の階段とはまた別に階段があり、ギルド長たちの専用階へと行けるようになっている。

 一階から三階までは圧巻の吹き抜けで、獣舎や解体場兼倉庫、外庭に続く中門は常に開けっ放しの為、開放感は抜群だ。

 土埃の臭いに混じって、ギルド内のあちこちにある植物の青臭い匂いがなんとも複雑に混ざりあっていた。


 その中でも特に様々な業種の人間が行き交う二階。

 目玉の簡易売店では、専門店には劣るものの汎用性のある遠征用の装備品や携帯食料、その他随時更新される必需品が常に揃えられている。そして隣には顧客のニーズに応え、商業ギルド側から要請した職人や商人に出張販売をしてもらうスペースがあった。


 そこに腰を据えるノックスが居た。

 一ヵ月二十日の内、兎の日から草の日の五日間が受け持ち日なのである。

 ノックスは探索者の登録もある回遊族であったが、エトリ山の《ヌシ》に捕まって(かなり抵抗したのに)定住を余儀なくされたことから、紆余曲折を経て護符アミュレットを専門に扱う細工師となった。


 護符アミュレットとは、使で生体に影響を及ぼすものから対象者を守護する物としてこの世界では流通している。

 その為、一定量の需要があるものの、鍛治屋や防具屋が片手間であったり、見習いに基礎課題として作らせるもので、専門職として商業ギルドに認定されている彼女はやや特殊と言える。

 ノックスの護符の特殊性は、一般的な護符効果に加え、生体対象者の潜在能力の誘導と向上がに可能であること。

 さらに素材如何によって対象者のみならず、対象範囲と生体以外の装備品にまで効果があることから、探索者を筆頭に他ギルドの顧客を多岐に抱えている。


 ワンオペとか冗談じゃないと過去ギルドに乞われるまま職人たちに製作指導したことがあったが、何故かノックス以外結果が出ず。

 これには適性色が関係しているのが原因か?と、友人の協力のもと多少検証した内容を各ギルドに奏上しているが後続に続く者いまだ現れず。

 友人曰く「生まれた瞬間から詰んでる」「そもそも気狂いやべーやつの発想」とドン引かれたが、現状世の中に貢献しているのだからむしろ良断では?と納得いかぬノックスである。人を変態呼ばわりするな。

 それが二年前でもあるので、その頃遭遇することになったエトリ山の《ヌシ》との付き合い方も堂にり、最近になってやっとまあこんな生活もいいかあと思えるようになった。

 好きな事をやっていると言う点では今も昔も変わりがないゆえに。


「来たな。息災か?」

「どうも。今月もよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 総合ギルドの各ギルド長四人が連れ立って三階から降りてきた。

 片手を挙げて調子を尋ねてきたのは探索者ギルドの長、ターラー。

 老年期に入っているとは思えない、健康的に日焼けし鍛え上げられた分厚い体躯、前髪を後ろに撫でつけ後頭部を刈り上げた杜若色かきつばたいろの硬そうな髪ともみあげから繋がる髭。顎から右唇にサッと走った傷痕がある。

 珍しいのは虹彩の色が、下が半白はんしろ、上が小豆色の美味しそうな水無月模様みなづきもようなところ。正統派の美老年だ。

 ケツァール地方の一般上衣である短立襟に首周りの曼荼羅模様まんだらもようのマクラメは臙脂色えんじいろを選んでおり、下履きは動きやすい作業着とジジイアピールも忘れずセンスも良い。

 首から脇下へと斜めに提げているマクラメ編みの革紐には探索者ギルドの紋章が彫られた金属の装飾がある。

 六角枠に羅針盤を模した麻の葉、四方に六辺星が座す。星にも見える麻の葉の色は青に単線なので世界に十五人しかいない探索者等級が一等級と言う、実力が想像の埒外の人物だ。


「今月の納品は大丈夫だったかのぉ?」

「まあ、なんとか。チッチ達にお使い頼んだりで、欲しい素材も滞らなかったし」

「そうよな。あの子達にはこちらも助かっておる」


 各ギルドで発注を受けてた護符数五十。少ないと言うなかれ、一人で作業していて五十×四ギルド分、占めて二百も作っているのだ、むしろ褒めてしかるべき。

 傷つかないよう綿を詰めて専用の箱に入れた護符の検分に入ったのは、鉄刀木タガヤサン材の高級杖を片手に、白いものが混じった黒橡色くろつるばみいろの腰までの長髪をひと括りした老年期後半のお爺さま。商業ギルドの長、エルムルヒゥールだ。

 短立襟の上衣は首周りに小柄のマクラメ、膝まで長いスリットの入った裾にも大柄のマクラメが施され、瞳と同じ香色こういろを使っている。

 さらに裾の両端に両耳のピアスとお揃いの円柱の香木が装飾されているのでお洒落度がかなり高い。下履きは地色そのままの媚茶色こびちゃいろの袴タイプ。上品且つ渋い。

 ターラーと同じく首から提げているのは商業ギルドの紋章で、四角枠に歯車で吊り上げる金塊が彫られている。

 老君は中々居ない上位鑑定持ちでもあり歳の数以上に博識。余談だが、そばにいると香木こうぼくかぐわしい上品な匂いがするので、女性人気が衰えることを知らない。


「先週のチッチ達、大通りの肉串を買って、喜んで食べていたわよ~。ほんとしっかりした子よね~」

「許可は出してる。それより、頼んでた薬剤そろえてくれた?いくら?」

「ちゃんと用意してあるわ~。時価で今これくらいね~。ジュビア地方の都市の《ヌシ》様、最近虫の居所が悪いらしくって凍雨とうう気味だそうよ~」

「高っ。……仕方ないか。神殿なにしてんの?」

「それが、感応トライで新人の司祭がやらかしちゃったって噂ね~」


 ノックスがターラーとエルムルヒゥールに殊勝にも丁寧に接するのとは別に、気安く応答するのは、光を反射する藍白あいじろの長髪ポニーテールのご婦人。

 髪の付け根に挿した小枝風の髪飾りはマクラメ織りが絡んで目に優しい。詰襟の上衣の胸元に曼荼羅模様のマクラメが瞳の色と同じ花葉色はなばいろで刺繍され、縦糸に黄色、横糸は山吹色と彩やかさが際立つ。

 プロポーションは平均的で、黒無地の腰布と一緒に締めた腰紐は蜻蛉玉のついた房飾りが揺れる。下履きも黒無地の袴タイプだが、袴の側面に同色の花刺繍が刺されていた。

 歳は壮年の半ば、目尻に笑い皺がでるとほんわり和む女性は医療ギルドの長、パルマコン。

 間伸びした口調とは裏腹に一ググラムの誤差も許さない調剤調薬の腕前と実験好きな性質を持つ。「お茶は絶対に淹れさせない!」がギルド内暗黙の了解となっている。

 首から下げた飾りは、山を模した三角枠の隅塗りに土から生えた薬草。医薬ギルドの紋章だ。


「噂が本当なら、そのうちお前さんに連絡が来るんじゃねえか?《台風》でも起こされちゃ、いくら二つ地方が離れてても影響が怖えだろ」

「事案だぞ」

「……」


 護符の加工に使用する薬剤は本職に頼んでいたのだが、原材料地の問題で流通が制限されているとのこと。いつもより割高の出費になってしまったが、数を揃えてくれただけでも有り難いとお支払いを済ます。


 パルマコンの隣で何気ない懸念を口にしたハゲ親父オヤジは狩猟ギルドの長、サイアース。

 野性的な口調と一斤染色いっこんぞめいろの顎髭と太い眉が無駄に色香漂う。特に垂れ目がちの目元を彩るまつ毛は長めで濃く、左目下の泣きぼくろが端的に言ってエロい。

 韓紅花からくれないの瞳に流し目を寄越されると大半の者が狼狽えているのをよく見掛ける。ハゲなのに。(髪があったらさぞモテる美壮年とは予想する)

 狩人らしく、肩周りから逆三角形に鍛えられた体躯の胸筋がよく発達しているので、短立襟の上衣である胸襟が広めにとられており、枇杷色びわいろの大柄のマクラメが首周りから肩まで装飾されている。その上にノックスがふざけて作製したポケット多数の革の狩猟ベストを気に入り着用しているのだが、仕留めてきたと言って首周りに火焚き鳥ひたきとりの羽毛をつけてやったのは記憶に新しい。

 下履きは分厚い生地の赤朽葉色あかくちばいろで、狩猟用の得物を取り付けるハーネスが腰から両腿に掛けて装着されている。これがまた膝下までの狩猟ブーツと合わさると雄味が強い。ハゲなのに!

 腰周りには滅多にお目にかかれない希少な九化黄貂クカキテンの毛皮が巻かれ、その結び目に丸枠の十字的に交差斧の装飾品が提げられている。狩猟ギルドの紋章だ。


「うっ!見られてるっ」

「余計なことを言うからよ~」


 ギルド内にはあちこちに植物がある。

 鑑賞用であったり、パルマコンが勝手に(誰もが見て見ぬふりをしている…)育てたりしているものだ。

 その内のひとつ、花弁の先がヒラヒラ裂けた花をつけた花蔓はなかずらが簡易売店のカウンターと壁一面に這っているのだが。

 本来なら奔放な向きに咲くはずのこれらの花芯が、音もなく皆一様〝じ……〟と、迂闊な事を口走ったハゲ親父に集中していた。目は無い植物のはずなのに微かな圧がのった視線が分かるようだ。

 まるでなんの仕業か理解っているギルド長たちは、見えない視線から逃れるように縮こまるサイアースから素早く距離をとった。

 三人だって先の情報が流れてきた時に同じことを思っても決して口にしなかったと言うのに…。呆れる他ない。


 これはとある《ヌシ》限定の話だが、己の領域から滅多に出ない尊い身は、己の〝お気に入り〟も傍から離れるのを極端に嫌う。

 なのに〝お気に入り〟はすぐどこかに行きたがるし、己以外の《ヌシ》とも衝突なく好かれる質であるのを理解していた。

 心配と不安と独占欲が尽きない〝お気に入り〟の動向を、常に逐一毎分毎秒瞬き一瞬ですら見逃さぬと意識を割いているどこかの存在は、彼女が傍を離れるような外的要因の排除に余念が無い。

 これには他の《ヌシ》の領域内にも関わらず、現在進行形で平然と意思表示をしてくる異例さからもわかる通り、執着以上の強粘着さが窺えた。


 当の本人は、相手を《過干渉強火同担拒否ストーカー野郎》と力強く公言している。もはやエキナセアでは周知の事実として浸透してもいる。

 ちなみに神殿からは、上位存在がひとりに傾倒することの前例がないので、経過観察を言い渡されている。


 何かしらの不幸に見舞われそうな圧を回避せんと、花蔓はなかずらに全力で謝罪する大男の間抜けな図を横目に、我関せずを貫くノックスである。

 苦笑してギルド職員たちに納品物を運ぶよう指示したターラーも、サイアースに見切りをつけたのか、自身も探索者たちの受付に顔を出してくると手を振って別れを告げて行った。


「でねでね、ノックスちゃん。お願いがあるんだけどね~」

「儂からもひとつお願いがあってのぉ」


 二階を行き交う職員や出入りの商人たちがサイアースを目撃して笑っている中、エルムルヒゥールとパルマコンがしたり顔で距離を詰めてくる。

 お願いに心当たりがあるノックスは溜息を禁じ得ない。


「はぁー…。ひと枝?」

「儂はそれでよいよ。希少価値が高いことに変わりはないからの」

「わたくしはもっと欲しいけれども~…。…あら、駄目ね~。花蔓が視界に入ってくるわ~。ひと枝で~」


 潔く頷くお爺さまと欲望を隠さない婦人の差よ。

 サイアースをガン見しながら〝お気に入り〟に何かを強請る人間も癪に障ると圧をかけてくる誰かさんが花蔓をするする伸ばす。

 それを鬱陶しいと叩き避けてから、ノックスは花蔓はなかずらとは別の、ギルドの吹き抜けの天井から緑のカーテンよろしくいっぱい枝垂しだれれている瓜科っぽい植物に視線を動かした。


「シンボルツリーのステビアの枝ちょうだい。ふた枝でいい」


 花蔓の花がショックを受けたように一斉にノックスの方を向く。

 冷や汗かいていたサイアースは意識が逸れた今のうちに三階に逃げた。

 ある程度の植物なら誰かさんでも用意できるものを、わざわざシンボルツリーと言うからには、他所の《ヌシ》のねぐらなので流石に誰かさんでも手が出せない。いや出せはするのだが、それをやるとさすがにルール違反がすぎるので自重せざるを得ない。やってもいいのだがッ...!と葛藤が分かる様だ。

 心なしかしなびた花蔓は大人しく元のカウンターや壁に戻り沈黙した。


 代わりに反応を示したのは天井の植物群で、サワサワ葉ずれの音が大きくなっていくにつれ、二本のつるが簡易売店まで伸びてくる。

 その過程でくるりとヒゲが巻く瓜科っぽい外見が芯の通った木の菊科に変わり、みっつに裂けた幅広の葉が先の尖った楕円形の鋸歯に生え変わる。次いで瞬く間に白い小さな花を付けた。

 花火のようにまとまって咲く花が今にも弾けそうに震えている。


「そのままでいい」


 目の前にまで伸びてきたそれの成長を止め、腕の長さの分だけ手折る。

 その間に手袋をはめて待機していた老君と婦人にノックスはなんの感慨もなく枝を差し出した。


「確かにいただき申した」

「確かにいただき申しました~。調薬が捗るわぁ~。では、わたくしはこれで~」

「パルマコン!出来上がったものは儂に持ってくるのだぞ!先にたれぞに試すのは無しじゃ!返事!」

「はあ~~~い」


 ノックスは簡単に手渡してくるが、これを司祭ですらないエルムルヒゥールたちが採取しようと触れたなら、瑞々しい植物はたちまちに腐り落ちてしまうだろう。

 さらに言えば、語りかけるだけで神聖なシンボルツリーを分けてくれる程、エキナセアの《ヌシ》に個体認識されていないし、あまつさえ希望が叶えられること自体無いはず。何度観ても慣れぬとわずかな畏怖に枝を捧げ持つ仕草をした二人。


 だが、超貴重アイテムの入手に我慢ができなくなったパルマコンは、直ぐ様踵を返して一階の調剤室に消える。のを追って背中に最年長の注意が飛ぶ。

 まったく返事に聞こえない返事をした彼女に盛大な溜息をついて、エルムルヒゥールはギルド員ひとりを呼び止め、見張りを付けるようにと医薬ギルドに使いを出した。


「ではの、ノックス。この代金は医薬の分も含めて振り込んでおくゆえ、あとで確認するように。護符アミュレット売買でも何かあればすぐに儂に言いなされ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらぞ。このひと枝で年単位の売上が見込めるゆえ。しかも砂糖の代わりになる調味料なぞ、特選とくせん超えの最高級品じゃ。今朝鑑定したらば気になって仕方なくてのぅ。なにかアドバイスはあるかの?」

「ああ。鑑定にはなんて?」

「【シンボルツリーのステビア : 神聖な天然甘味料。砂糖に比べて二百倍の甘味。砂糖の代わりにもなる。収穫した葉を乾燥させれば加工可能。】とあるよ」

「なら、糖質ゼロだから痩身に効果的なんて追加するとご婦人受けがいいかと」

「ほお。よいの。バカ売れの気配じゃ。種が出来たらば早速栽培に乗り出そう」

「種になったら神聖は消えると思うんで」

「相分かった。いつもの通りに、じゃな」


 あくまで《ヌシ》はノックスに己の権能の一部を分けているのであって、それ以降には関与しない。なんならノックスから他人に渡った葉を収穫された時点で種を残さず消滅させてもいいまである。

 だが、有益な物を一度限りで終わらせるなど愚者の行い。

《ヌシ》由来の植物で今後も人とエキナセアの益に繋がるのなら継続性を視野に努力するべきだ。そうしてエキナセアは発展してきたのだから。


 なので種が欲しいとノックスを交えて言葉を聴かせるのは《ヌシ》への意思表示である。種も残して欲しいし、彼女も望んでいるのだと。

 有象無象の言葉など上位存在には届かないがノックスは別だ。本当に色々な意味で特異な人物がいることの重要さが骨身に染みる。

 ぱちりとお茶目に片目を瞑って、ステビアの枝を振った老君は金の卵を生む娘に言う。


「《商業の神ガリョ》の成功があるように」


 商人お決まりの言祝ことほぎをのせ、エルムルヒゥールは向かいの商業ギルド受付へ向かった。

 すると簡易売店の横にあるフリースペースでタイミングを見計らっていた者たちが、ギルド職員に配られた整理券片手に列を作る。


「よう!いつ見ててもやべぇ奴だなぁ。頼もしいぜ!...怖いけど」

「ノックスさん、強毒耐性の護符ある?範囲結界のも欲しいのだけど」

「俺は武器新調したから、能力ステータス補助の護符希望。あとこれ!この痛覚ダメージ減少の護符のメンテナンス頼む」

「こっちはねー……」

「今日オーダーは受けてるか?」


 わいわいと隊を組んでいる固定客の探索者たちが好き勝手に喋る。

 その後ろでも、商人やはたまた一般人と思われる服装の者たちが、尽きぬ話題に時事や見聞事、私事などの情報交換を囀るので、すっかり雑音の仲間入りだ。


「こっちのが耐性系。能力補助はこっち。結界はこれ。メンテなら時間かかるから午後にまた来て。隣の受付で手続きして護符預けて。割符渡す。オーダーは受けてるけど、この注文書に記入して同じく隣の受付に出して。素材持ち込みなら一階で鑑定してもらってから、注文書と一緒に出すように」


 補助でついてくれている常駐のギルド員の手を借りながら、ノックスの顧客をさばく一日目が始まった。

 今日から五日間トラブルなくやり切りたいものである。列整理にもギルド職員が来てくれて、新規と常連の客を分け、スムーズな対応をしてくれている。


 時たま一階の医薬ギルドから悲鳴が聞こえてくるのをBGMに(エルムルヒゥールがとっても笑顔で杖を片手に一階に降りて行った)、ノックスは売れた護符を補充した。














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