異世界で暮らすとこうなる。

虫の息以下

第1話 拠点での一日

 ピョロピョロと尾羽根長く、羽毛のふくよかな鳥が鳴く。

 見渡す限りの畑風景に、荷車の車輪の轍がついた畦道が一本。

 防風林と思しき規模の竹林に、まるっとした見た目の低木が畦道から竹林の中にまで続いている。

 竹林は背にある山の裾に繋がっていて、麓は日差しが入りやすい青い竹と針葉樹の幅の太いの樹木と林立し、緑の繁みと暗く溶けあっていた。

 鳴いていた鳥は三つ目のひとつを閉じており、開いている二つの目で左右を見渡しながら、針葉樹の幹に巻きつく蔦に成る、膨らんだ実をのんびりと啄む。この鳥の異様なところは、虹彩が土色なのに目の瞳孔の色が鮮やかなみどり色であること。なにやら異形の気配を纏っている。

 ヒトの手の入らぬ山に棲む鳥は、沢から染み出す水に濡れた地面に鉤爪をくい込ませ、水気をたっぷり吸った水苔も嘴でむしった。

 長閑のどかなことである。


 しばらくして、畦道の先からバタバタとした駆け足の音を聴きつけ、閉じた一つ目をそのままに、二つの目が音源へ視線を流した。翠色の瞳孔が焦点を合わせるように、きゅうっと縮む。やはり、普通の鳥の挙動とは大分違うようだ。

 竹林と山裾の境にある沢は防風林の中で完結しているため、ヒトの住処へとは流れない。

 心得ている地元のヒトは、沢向こうの山へは滅多に入らない故に、鳥も駆けるヒトの子を確認しただけで警戒を解き、シャワシャワと移動する水苔のむれを鉤爪で捕まえて、またむしり食べた。


 ここは大陸の最西端に位置するケツァール地方。

 他に七つの地方…厳密には離島だが過去の島国の名残りか皆そう呼ぶ…が、集まる各地方自治の特色濃いコートル共和国と言う名の国である。

 ただこのちほう、未踏の地が多すぎて尋常ではないほどに広い。大陸から切り離されているのに本土の四分の一の規模があると言えば、大きさを想像できるだろうか。つまり、地方越えが国境越えに匹敵する。

 地方ごとの気候の違いも影響して、特徴がかなり顕著でもある。こちらの地方は気候も涼やかで緑溢れる場所だったのに、隣の地方に入るとたちまち灼熱の風荒ぶ砂と岩の大地ある場所と言うような感じである。

 遠征じみた行程には短縮できる方法もあるが単純に危険なので、通常の長い行程を組むのが推奨されている。

 大抵の国民は己の生まれ故郷が大好きなため、行商や探索と言った大陸を渡り歩く生業でもない限り、滅多に地方を出ないようではあるが。

 共和国の中で二番目に地方面積が広いケツァール地方は、植物資源や鉱物資源に恵まれ気候も亜寒帯と言って年間通して涼しさの安定した豊かな地方だ。大雑把に言えば、ヒトの活動圏は胡麻粒で、根強い大自然にほぼ呑まれていると言ってもいい。

 さらに創世の六柱からなる主神の一柱《大陸の神》の目である大地の護り神……通称は《ヌシ》が多く現界げんかいしており、この神々の神威かむいが豊富で清らかな水源があちこちで湧くことから、薬になる草花の栽培が盛んに行われている。

 もちろんこの地方かんきょうでしか育たない貴重な植物が多いため、環境に適応した独特な獣も多く現存している。

 これによりケツァール地方の住人はと言えば《大陸の神》の信徒が多くを占めている。

 とくにケツァール地方は《大陸の神》の準神じゅんしんである《花の女神》と《花の男神》に、准神じゅんしんの《花の貴公子》が目を掛け守護する地として有名で、ほとんどの者が信仰心厚く花の三神をたっとんでいる。

 その派生で美しい神たちをモチーフにした装飾文化に長け、中でも女神の愛するノスリと草花、男神の愛する桛木カセギと木の実、貴公子の愛する夢見鳥ユメミドリと枝葉をモチーフにした華やかな身を飾る装飾品が特産となっている。

 神たちの恩恵で育つ鮮やかな草木花染めを施したマクラメ文化が盛んで、同様に草木花から繊維を取り出す技法は、職人たちの数だけ種類があり、各工房で製作されたマクラメ装飾は、地方に留まらず大陸でも人気がある。

 さらに未踏の地に対する熱意溢れる研究者や好事家、神威のこごりによって歪んだ座標に現れる神々の《ニワ》を調査する探索者が挙って拠点を構えることから、大陸本土でも通用する有権者も多く住んでいる。

 そのためなんとなくケツァール地方に関しては、手出無用の不文律があった。まさに自然の草花のように柔軟な気風である。


 そのケツァール地方唯一の都市は大地の護り《ヌシ》がおわす、都市エキナセア。

 都市名に使われているエキナセアはケツァール地方の代表的な薬草花だ。万能抗体を持つことから様々な薬の素になる。ちょっとしたチート植物と言える。

 この都市から外に拡がる農耕地は平野であることも手伝い壮観の景色で、神力の滲む肥沃な農耕地を管理する村落が数十村単位である。


 都市から荷車で半日の距離にある、そのひとつノシュ村。

 この村からさらに数十面の栽培畑を越え、川を跨ぐ丸太橋の先にある張大な山地には、都市とは別の《ヌシ》が棲んでいる。

 村の背後に位置する山地は三つの連山が連なり、これすべてを己の領域として抱え、そのうちのひとつエトリ山に《ヌシ》はいる。

 立派な二本の枝角を持ち、気分によって草花咲く長毛の砥草鹿トクサジカの姿で現界している《ヌシ》は、おもには山腹の渓谷付近にいるらしい。

 好物の木の実が実り始めると、嬉々として山中食べ歩いているのを見ることが出来るとは、《ヌシ》と感応コンタクトのとれるノシュ村に派遣されている司祭の言葉だ。

 姿は花の三神の眷属らしく神聖そのもの。

 一目見ればそれと理解するのだとか。


 さてこのような事情からヒトの立ち入れぬ禁域に等しい霊山もかくやのエトリ山から、なだらかに繋がる裾野にかけては幹太い針葉樹が混ざる竹林が林立している。

 極めて山に近い…………否、もはや山の領域である麓に、ノシュ村からよくよく外れた家が一軒ぽつりとあるのである。


 ここを目指しているノシュ村の子供たちの足取りは駆け足であった。

 本来、村の余地圏外に出るのは《泥》に遭遇する危険があるため大人にはいい顔をされないが、エトリ山の《ヌシ》のお膝元であるからして、今から向かう家の住人のせいで都市に向かうより一等安全と認識してしまっている四人の子供は、誰が一番に到着するか競っていた。


「ノックス~!お使いあるーっ?!」


 一番年上の若草色のふわふわ頭をした子供が一階半分の外階段を上がって、高床式木造山小屋風の玄関扉を遠慮なく開けた。


 扉を開けるとならし固めてつるつるにした広い土間に上がり框がある、この辺の間取りでは見ない変わった作りの玄関スペースに出る。ここには竈がひとつと、ヒトが入れるほど大きい木の洗い桶、乱雑に積まれた木箱が端に寄せられていた。

 吹き抜けの天井に横断する梁からは、蔦で平編みした網が仕切り幕のように垂れ下がり、隠しポケットを等間隔に誂えていた。この中には様々な薬草や鉱物、あと用途の分からない材料が入れられていて、通気性が良さそうだ。

 上がり框の先の板張りには作業途中で放置された小道具が散らばっていた。

 一番乗りの子の後に続いて到着した子供たちはそれらに触ることなく「ねぇ、ノックス~!」と名前を呼びながら、板張りに手を着くと望んだ人物はどこだと探すように飛び跳ねた。

 簡素な机ひとつに、背もたれのない丸椅子が一脚しかない殺風景な居間には、ヒトがらずしんとしている。

 収納網の他にも壁一面の棚収納には素材や道具に品物諸々が、所狭しに納められているから、いつも溢れやしないのかとヒヤヒヤしないでもない。

 奥にも部屋があるのでそっちかと「おーい!」と声を張り上げる。


 ここの住人は悪いことに、たまに聞いていないふりをするので根気が大事だ。

 年上の子の真似をして呼びかけの合唱をする年下の子供たちも心得たもので、手まで叩いている。

 ────しばらくすると、ようやっと奥から住人が呻きつつ姿を現した。


「はぁぁぁー……。うるせぇ…。この間ので味を占めたなぁ?まあいいけど…」

「遅いよ、ノックス!こっから街まで行って帰るの一日かかるんだから!」

「…はいはい。ギルドより取立て厳しいじゃん。お使いはわたしの善意で成り立っているんであって、強制じゃないんだぞ……」


 やや吊り目の目尻に暗褐色あんかっしょくの瞳が細められる。

 健康的な赤みのある白い肌、細いあご、低めの鼻、への字に曲げられた唇、立葵たちあおい色の長髪を小結びにした住人ノックスは、全体的に薄い印象の成人女性だ。その割りに口調が男性的だが、田舎地方では珍しくもないし、職人にありがちと言えばそうなので典型的なと言える。

 ケツァール地方の服によく使われている半立襟の上衣に施されたマクラメ模様ははなだ色で、彼女の色彩もあってか印象の薄さに地味さを加えている。

 シャツの上の前掛けは少し汚れた革製で丈夫そうであるから、野暮ったさも追加されていた。

 極めつけは、分厚い生地の作業パンツを収めた膝まである革の長靴ブーツには鎧蜥蜴ヨロイトカゲの装甲がそのまま装着され、爪先には鈍色の金属加工を施されているから厳つさも倍。思わず「完全武装だ!」と一歩引いてしまうような出で立ちは、見るからに我が強そうな職人である。


「そうだね!じゃあ要るもの教えて、買ってくるから!お金はちょうだい!あ!あと、トララフエパン貸してね!」

「……わたしの騎獣アシまで当然のように使うとか。チッチ、お前それ喝上カツアゲだからな」


 チッチと呼ばれた若草色のふわふわ頭の七、八歳の少年が言うが早いが、残りのおチビたち三人は歓声を上げて外に出て行ってしまった。

 ノックスは呆れたため息をついて腰のベルトポケットから硬貨を五枚、そこら辺の収納から取り出した首から下げる巾着に入れてやり、手の平を突き出して待機していた少年に渡す。


「チッチ…いや、チチメカテクル。オメ司祭様には言ってあるんだろうな?」

「もちろん!じゃなきゃ、おチビたちは置いてきてるよ。ノックスのお使いはおまけ付きだし、トララフエパンに乗れるから、競争率高くてさ。みんな行きたがって仕方ないからお供のルーティーン組んだくらい」

「……まず、わたしに許可をとるってのはお前らの頭にはないんだな?こいつら、ほんと遠慮が無くていやだなー」

「そうしたのはノックスじゃん。最初はちゃんと距離を図ってたでしょ」

「ああ言えばこう言う。はあ。まあ、手綱は必ずお前が持てよ。チビが手綱に触ったら梃子でも動かないようにエパンに言い付けるけど」

「そういうところだよ、ノックス」


 表情も言動も嫌だと口では言いつつ、棘は一切無くて、しっかり心配した注意をしてくるあたり、ヒトの良さが滲み出ている。

 本人が言うようにお使いは完全なる彼女の善意で、常習化することになった出来事だって彼女の優しさが発端だった。


 チチメカテクルおよびチビたちは孤児である。

 ケツァール地方の特殊な土地柄には、花の三神の眷属である多彩な《ヌシ》の影響が濃いことが挙げられる。

《花の女神》が花、若い娘の性力、喜び、機織りなどの職人の工芸芸能を司り、農業の安定にあやかり安産をも見守っている。

《花の男神》が花、植物の成長、賭事、遊戯、打楽器を好むことから音楽芸能を司り、己の育てた実で酒を造るため酒と勝利の守護神と崇められている。

《花の貴公子》においては、花、踊り、絵、遊びなどの芸術を好む傍ら、夢見鳥を介して穀物の実りを促す豊穣をも担っている。

 怖いのはこの数ある恩恵の一方で、三神ともが、賭事や性交、飲酒を著しく超過した者には、一切の容赦なく病気の罰を下すこと。とくに《花の貴公子》は未成年に対する性交を行った者が特一等お嫌いで、この犯罪者には口にするのも憚れるおぞましい罰があると言う。

 何事も節度を保つことが大事との比喩で、「花の三神の目があるぞ」と戒めの言葉があるほどだ。


 話が逸れたが、とにかく植物資源が豊富に咲き乱れるケツァール地方は、この神々に追随している《ヌシ》たちが多く現界するのである。

《ヌシ》は己の居心地がいいように、権能が行き渡る領域を増やす傾向がある。その間木っ端のヒトなど歯牙にもかけず、しばしば村落をも侵食する。

《大陸の神》の末端とは言え《ヌシ》は神力を操る神。

 神に抗う術のない人類は、神出鬼没な侵食に抗えず、災害に見舞われて大勢が命を落とす。その時に親や村の住人と逃げられれば幸運だが、不運にもひとり生き延びてしまう者もいる。

 だから保護者のいなくなった子供、チチメカテクルたちの身の上は被災孤児であった。

 もっとも、前述通り神の末端である《ヌシ》は、力のすべてが自然に由来するものであり、ここに主神の意思が介入するので人智を超えた知性を有する。

 信仰する主神より生活圏に最も影響を与える身近なこの存在じんがいを対象に、敬虔に対処する神殿と言う組織がある。

 この神殿に属する神品しんぴんたちは、《ヌシ》と意思疎通が可能な感応相性の良い司祭を《ヌシ》が坐す処あまねく派遣している一大組織だ。

 彼らの貢献は実理を結び、各地の《ヌシ》に対して一人でも神品が就いていれば、滅多に侵食は起きない。有難い存在である。

 これにより、災害が起こる原因としては現界したばかりの調和前の《嵐》か、外的要因で狂い暴走した《台風》と呼称を分けられ、被害が格段に減った歴史があった。


 チチメカテクルは前者にて被災した子で、近隣の村落で同被害に遭った年下の子たちと共に、エトリ山から一番近いノシュ村で《ヌシ》を祀っている司祭の元に身柄を預けているのである。

 神殿の教義としては、《ヌシ》に傅くことが最上の使命だが、神によって迷った被災孤児の保護も含まれる。

 花の三神の信徒が多く暮らすこのケツァール地方であれば、信仰厚い寄付も潤沢なのは想像にかたくない。

 だが都市の神殿支部から配当金が割り当てられているとは言え、村の司祭住む教舎には数十人前後の育ち盛りが詰め込まれているわけで、食うに困ることは無いが、余分な余剰が無いのが実情。

 ノシュ村の村人だとて己の生活があるし、《ヌシ》つきの司祭に感謝の念は絶えないが、かと言って売り物になる栽培畑の世話や自家消費の農耕で忙しく、孤児だからと目を掛けたり何かをできるわけでもない。


 まあ問題は無いのだしと同情はするが見て見ぬふりが当然の風潮を破り、若干の変化を齎したのは、知らぬ間にどこからか流れてきてエトリ山の《ヌシ》と感応適性が抜群にあった上、元々の信仰が辞典よりも分厚い司祭を措いて、異様に気に入られて居を構えさせられたノックスだった。

 しかもノシュ村から外れ、わざわざエトリ山の麓に住まわされているので《ヌシ》の執着度が図れるというもの。

 自然凝った人外の意思とはヒトには到底理解の及ばない超常的なもの。

 この《ヌシ》の行動には当時、方方ほうぼうで良くも悪くも関心が寄せられた。

 感応できる司祭に原因を聞いても、翁曰く、こちらの意向を奏上することは出来るが必ずしも聞き入れてもらえるかは不明だし、相手の意思は余程のことがない限り、はっきりと読み取れないものらしいので、原因不明とのこと。

 この感応で恐ろしいのは、繰り返していると時に粗相をして《ヌシ》に記憶や意識を消し飛ばされたり、感応過剰で負荷に耐え切れずそのまま儚くなる者もいると言う。


 そのため神品には危険が常に伴うのに、ごくごく稀に、それこそ雲仙年うんぜんねんの確率で、この危険をすっ飛ばし、無条件にこのまれる輩が存在するのだとか。

 今回もそれだろうと噂され、とてもとてもとてもとてもとても羨ましいと、真顔で歯をギリギリさせていた司祭が目をギラつかせて真顔ガチだったとは、当時そっと司祭から距離を取った孤児一同の言葉だ。


 このノックスイレギュラーにより訪れた変化は様々と波紋を生んだが、そのうちのひとつが、チチメカテクルたち孤児の楽しいお使いなのである。他にも彼女から派生した恩恵は多岐に渡るが、話しきれないので割愛するとして。

 境遇から利口になり、生来の利発さをノックス相手には遺憾無く発揮する少年は図々しさを承知しながら、自分たちを決して邪険にしない彼女に密かに感謝していた。

 これには嫉妬にギリギリしている司祭も感謝している……はず。と少年は思っている。


 玄関から出て外階段を降りると、下一階部分は、素材の加工が出来る工房のような作業場と、練り壁で囲われた獣舎が併設された間取りで、たっぷり敷かれた干し草の上で寝そべっている巨大な生き物がいる。

 体を覆う頑丈な装甲は連結された甲冑を彷彿させ、装甲と繋がる尾の先は骨板の両端が斧型、外側が刃先のように薄く尖っている。幅広の頭部には瞼まで装甲化した円らな眼窩、後頭部に二対のスパイクが備わる。

 ただし厳つい見た目に反し、頬骨から口吻はまるびを帯びており、角質化した嘴となっているため、愛嬌心を擽ってくる。

 鎧蜥蜴ヨロイトカゲと言う蜥蜴の中でも大型の種である彼の吻端を、獣舎の柵の隙間から手を伸ばして撫で騒いでいるチビたちがいた。


「トララフエパン!」


 獣舎に降りるやチチメカテクルも目を輝かせてチビたちの仲間入りをする。

 名前を呼ばれての触られての子供たちに大人気のこの鎧蜥蜴は、ノックスの騎獣だ。

 騎獣と言えば、速さ重視で人を乗せて移動するのに向いている脚鳥種あしどりしゅや、荷物の牽引、農耕に従事できる力の強い角馬類つのうまるいが主流のところ、ノックスは女性ながら大型で重量級の地竜種を乗りこなす。

 群れで暮らす習性があり草食類の蜥蜴にしてはやや攻撃性も強い鎧蜥蜴は、見た目通りに非常に防御力に優れている他、性格が結構気難しい。このため、都市の防衛連隊のような軍用向きで、個人で所有しているのは珍しかった。

 とくにこのトララフエパンは、防衛連隊にいる鎧蜥蜴とはひと味もふた味も違う。

 まず、軍にいる鎧蜥蜴のように気難しいことなくヒトの言葉をよく理解し、こうしてはしゃぐ子供たちに触らせてやるほど、性格が凪いでいて寛容だ。

 次に通常、鎧蜥蜴の装甲は鱗が骨質化した楕円形であるのに対し、こちらの装甲は骨質化した鱗までは一緒でも、首から尾にかけて盾を連結したような甲冑形をしている。尾の先の形まで違い、普通はハンマーのような鈍器型が、トララフエパンのものは斧型で、両端がどう見ても研磨された刃物である。

 極めつけは、ほとんどの鎧蜥蜴の色が黄褐色おうかっしょくなのに、彼は鮮やかな花緑青はなりょくしょう色をしていた。

 ナンバーワンよりオンリーワンに心躍らない男児はいないし、大きい、強い、格好いいの三拍子が揃っている、普段遠目でしか見られない鎧蜥蜴に間近で触れ合える機会とあって、ノックスのお使いは教舎の孤児たちの間で常に人気を博している。村の子供たちにも羨ましがられるのでちょっとした優越感がなくもない。

 ついでにノックス曰く、この姿は気を抜いている省エネルギーモードで、戦闘形態バトルモードになるとまた一段と様変わりするのだとか。

 チチメカテクルは見たことがないのでいつか拝めたらいいと期待している。変身は浪漫だ。

 聞いた話では、トララフエパンは元々鎧蜥蜴の変異種であり、エトリ山の《ヌシ》に(強制的に)加護を授かって特殊個体にもなった経緯まで持つ、とことん男児の夢を刺激する特別な存在なのだった。


 主人のノックスが現れたことで寝ていた体を起こす行動を開始したトララフエパンの大きさは、ゆうに七メメトルを超え十メメトルにも及ぶ。体重は約八トトン。体高ですら二メメトルもある彼は鎧蜥蜴の平均サイズより大きい個体なので、やはり規格外感が否めない。

 柵はあれどこれはヒトが彼に近づきすぎないように設けられたもので、トララフエパンが外に出るのは自由だ。よく分かっている子供たちは誰が居なくともこれより先には行かないで二人を待っていた。

 子供たちが触れる位置に頭を置いてやっていた寝床から、のっそり柵を乗り越え、首を伸ばして撫でられに行ったトララフエパンは、要望通り飼い主に眉間の間を掻いてもらいご満悦である。


「お前が一番いい子だなぁ。ほら、チビども。鞍着けるから離れてろ」

「はぁーい」


 手綱を引かずとも、ノックスが歩く後をゆっくりと付いて動く巨大な生き物を、離れた場所から観察しては毎度感嘆の息をつく子供たち。

 獣舎横の物置から出した、複雑にマクラメ装飾を施された大判の分厚い敷物を背中に敷いて、核抜き済ラージスライム(素材そのまま)を緩衝材に、騎手が乗る鞍を手早く取り着ける。その後、子供たちも乗れるようにと荷物を括る用の土台も固定すれば完成だ。

 無口タイプの手綱をトララフエパンの顔に装着しながら、手振りで子供たちに乗るようノックスが促すと、わいわいチビ三人が駆け寄って、垂らされた長い鐙を頼りに順番でよじ登っていく。

 最後にチチメカテクルが鞍に跨り、手馴れた手付きで長い鐙を自分の足に合うようベルトで調節した。


「エパン、チッチ以外の操縦で動くなよ。ちょっかいかける奴がいたらブチのめしていいからな。チッチ、エパンは連隊の獣舎に預けろ。お前の操縦で都市内に入るのはナシだ。わかったな?」

「分かってるよ!ちゃんと着いたらカカマツィン小隊長呼んで、テールカバー被せてもらってから降りるし、何回かやってるんだから大丈夫!」


 お使いのメモを受け取り、自信満々で胸を張る少年にノックスが苦笑を返す。

 まあ歩くのは心得た相棒であるし、しっかりした子だからこそ手綱を持たせる許可も出しているのでと分かってはいるのだが、つい口をついてしまうのだから仕方がない。

 お使い先も商業ギルドであるから、中に入れば率先して心得のある誰かしらが声を掛けてくれるだろう。

 チチメカテクルが言った、トララフエパン専用の事故防止テールカバーを鞍に括り付けてから、ノックスは手を振って子供たちを送り出した。


「お使いのあまりで買い食いしていいぞー。一枚多めに渡してある硬貨は、トララフエパンに果物買ってやって。あげるのは家に帰ってきたらにするから、勝手に与えるなよ」

「わかった!いってきまーす!」


 合図で歩き出したトララフエパンの上で、子供たちも両手を振って元気な返事をした。

 目指すは都市エキナセアの総合ギルド。

 頼りにされているお使いを安全に遂行するのだ!と、チチメカテクルは気合を入れた。

 天気は晴れ。

 暦上は霧季むきに珍しい晴れの日の、穀物食べる月、蛇の日の一幕。


 平和な日常が過ぎていく。







週間依頼ウィークリークエスト:住人にお使いを頼もう!報酬:十三時間後、指定した素材を入手(資金によって品質に差有)】


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