ほんものって

鈴乱

第1話


 寝転がって、ぼんやりと天井の電灯を見つめる。


 布団の中は暖かいし、やることもないし、誰にも干渉されない。


 ひとり。


 ひとり、を満喫している。



 こんな時は、ふらりと意識が過去に飛ぶ。


『……あの時の私は、果たして私と言えるのかねぇ……』


 怯えて、凍えて、何かをせずにはいられない自分。


 空虚な穴を埋めるために、何かをしなくてはいけない衝動に駆られていた。


 " 守らねば "


 心に巣食った何者かが急きたてる。


 " 時間がない。急がなくては "


 声は訴えかける。

 急いで何事かを成そう、なさねばならぬと、必死の形相で内側から私を叩く。



 でも。


 ただこうして、何もせず、ぼうっと生きていれば、その内側の声も聞こえなくなり、何事もない日常がただただ過ぎていく。


 これは、誰かの求める平穏、なのかもしれない。


 誰かが願ってやまない、平穏。


『いったい、誰が願ったんだろう……』


 私が願ったのだろうか。

 誰かが私にそう願ったのだろうか。

 それとも……誰かの願いを、私が奪ったのだろうか……。


 分からない。


 分かりたくも、ない。



 奪ったり、奪われたり……

 そんな日常はもう、うんざりだ。


 戦いたくもない。争いたくもない。


 私は誰のものでもない。誰かのものにはならない。


 もう面倒だ。共有財産ってことでいいじゃないか。


 支配されるのも、支配するのも、たいがいが面倒だ。


 面倒なことは……好まないんだよ。私は。


 退屈が苦手で、退屈じゃないものを求めてきたけれど……退屈なことすらもうどうでも良くなってきた。


 発展を求めて、何かを追っかけて、いつまでも手に入らない何かを追っかけて……


手に入りそうもない宝を、ひたすらに追っかけている日々が……楽しかった。


 きっと、本当の宝は、宝物そのものじゃなくて、その宝を追いかけて追いかけて、それを楽しんでいる日々だった。


 何かに夢中になっていた、時間だった。


 この世で出会った"好きなもの"に限界まで命を賭けてた……そういう時間だったんだ。



 ……それをなくした今、もう、私には理由がなくなった。


 何もない。何も感じられない。


 ……そこまでして手に入れたいものも、特にない。


 飽きたな。飽きた。


 何でもあるなら、何にも要らない。


 この手の中に、この心の中に、私が欲しい全ては元からあるのだと、理解してしまったから。

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ほんものって 鈴乱 @sorazome

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