2 シーナとルターナ2

 ルターナとシーナの母アグネスは、貴族の娘たちがこぞって嫉妬するほど美しい少女だった。

 白磁の肌は光を浴びてもなお白く透きとおり、絹糸のように細く柔らかな白金プラチナブロンドはアグネスの可憐な容姿を引き立てる。黙って椅子に座っていると、精巧な人形のように見えたという。


 男爵家の娘だったアグネスには数え切れないほど婚約の申し込みが殺到したが、最終的にはもっとも頻繁に会いに来た青年と恋をして結ばれた。

 それがシーナの義父、ケルホーン伯爵のグレッグである。


 結婚して数年の後にアグネスは身篭ったが、最初の男児は死産だった。この頃はまだグレッグも母に対して愛情があったのだろう。

 落ち込むアグネスを気遣い、真摯な言葉で慰め、二年後にはルターナを授かった。が、生まれた子が女でしかも病弱だと分かると、グレッグの態度は一変した。


 ルターナは生まれて一年たっても立つことも出来ず、季節の変わり目には必ず体調を崩して寝込む。次こそ健康な男児をと望んでいたグレッグにとっては、ルターナの母ゆずりの美しい顔は無用の長物だったのだろう。


『やはり見た目だけで女を選んだら駄目だな。いくら美しかろうが、子も満足に産めない女を選んだのは失敗だった』


 グレッグは使用人のまえでも、遠慮なしに愚痴を吐いていたらしい。主に愛されない妻は使用人たちからもないがしろにされ、母子は屋敷のすみで暮らすようになった。

 そしてグレッグは外に愛人を作って、屋敷に戻ってこなくなってしまった。


 グレッグが不在の間、アグネスは娘と一緒に静かな日々を過ごしていたという。少なくとも使用人たちの目には、彼女は平穏に暮らしているように見えた――上辺だけは。


 アグネスの内に激しい怒りと憎悪があると明らかになったのは、三人目の子を身篭ったからだ。しかも彼女は夫と同じブラウンの髪とくすんだアンバーの瞳を持つ庭師と子をもうけ、世間の目を欺こうとした。


 グレッグが不在の間だろうと、伯爵夫人が産んだ子であれば世間はグレッグの子だと認識するに違いない。もし夫の特徴を持った男児が生まれれば、これ以上ない復讐になる――アグネスはそう考えたのだ。


 しかし生まれたのは女児であり、しかも母親によく似た子だった。アグネスは最後の子にシーナと名付けたが、たて続けに子を産んだ疲労が重なって体を壊し、失意のなか死んでしまった。


 アグネスが死んだ途端、グレッグは数日で葬式を終わらせてイザベルを夫人とした。彼にとってはルターナもシーナもどうでもいい存在だったのだ。母の遺言を受けたマリベルが娘二人の世話をしても見ぬふりで、イザベルが産んだ男児ばかり可愛がった。


『アグネス様に似たから、見た目だけは綺麗な子よね』


『でも貴族とは呼べないわよ。半分は平民の血が流れてるんだもの』


『アグネス様だって、体が弱いルターナ様を心配してシーナを産んだんでしょ。シーナはただのお世話係ってことよね』


 物心つく前から使用人たちの陰口を聞いて育ったシーナは、自分がルターナのために生まれたのだと否応なしに理解させられた。母は貴族だったが、父は平民だと知ってショックだった。


 グレッグは当然ながらシーナを伯爵家の子として認知しなかったので、シーナは子供のころから自然とメイドの一人として働くようになった。自分は貴族ではないのだから、働くのは当たり前のことだ。


『シーナ? 何してるの?』


『ルターナさま……。お皿あらいです。わたしは貴族じゃないから、働いて役に立たないと……』


『誰がそんなことを言ったの? シーナは私の大切な妹よ。生きてるだけで充分役に立ってるんだから、貴族とか気にしなくていいの。私のことはお姉さまって呼ぶのよ』


 シーナが陰口を気にするたびに、ルターナは優しく支えてくれた。ルターナも貴族の娘らしい生活をしているとは言いがたい状況だったが、12歳までは子供らしく二人で遊んだりも出来たので、シーナにとっては幸福な日々だった。

 裏庭の木陰で人形遊びをしたり、一緒に本を読んだりしたものだ。

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