第4話 コンビニ脇に伸びる階段(1)
菊池は大通りにあるコンビニエンスストアの前で、のんびりと千紗を待っていた。
「てめぇ、この」
と、千紗が息を切らしながらも殴りかかると、その手首をあっさりとつかみ、菊池は、
「まあまあ」
と、千紗をなだめた。
「お兄ちゃんが、アイス買ってやるから、機嫌を直せ」
「え? アイス? おごってくれるの?」
千紗が思わず日本晴れのような声を出すと、菊池はあきれたように言った。
「お前って、ほんとに食い意地張ってんだな。ま、いいや、とにかく買ってやる」
涼しいコンビニエンスストアの中で、アイスクリームのショーケースを開けて、あれでもないこれでもないと菊池とやり合いながら、千紗は、ひょっとして、これってデートに見えないか、と思いつき、なんだか急にドキドキした。
千紗が桃の味がする薄いピンクのアイスキャンデーを選ぶと、本当に菊池は買ってくれた。なんだか、夢みたいだと千紗は思った。
店の脇にある階段に並んで腰掛けながら、アイスキャンデーをかじる。そのひんやりとした桃の味を楽しみながら、千紗は尋ねた。
「それにしても、あたしにアイスなんて買っちゃって、お小遣い大丈夫なの?」
隣で菊池がブルーのアイスキャンデーをがぶりと齧りながら、もごもご答えた。
「ふぉーひゅーふぉふぉふぁ・・・」
あわてて飲み込む菊池から、ほのかにソーダ水の香りがする。
「そういうことは、買う前に言えよ。どうせ気を使うなら」
「な~に甘えたこと言ってんの。末代までの呪いと引き換えなんだよ」
「ま、いずれにしろ、お兄ちゃんはけっこう金持ちだから安心しろ」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんって、あたしより一ヶ月弟の癖に」
千紗は小声で抵抗した。
「あれ、そうなの?」
菊池は、食べ終わったアイスキャンデーの棒を、ゴミ箱に向かって放り投げた。
棒は、きれいな放物線を描くと、ゴミ箱に吸い込まれるように落ちていった。うまい、と、思わず千紗は心の中で叫んだ。
「ふ~ん。てことは、お前五月生まれか・・・。あれ、お前、よく俺の誕生日なんか知ってんな」
「あ、あれだ」
千紗は、内心、冷や汗をかきながら言い訳した。
「さやかが言ってたんだ。今年の誕生日、さやかから、何かもらったでしょ。あの時、菊池君に何プレゼントしようかって、さやかが百合たちに相談してたの、聞いたんだ」
「ああ」
「ああって、彼女からプレゼントもらった話をしてるんだから、もう少し動揺するとか感動を新たにするとか、なんか反応することないわけ」
「いやぁ、そうかと思って。そうだよなぁ。権藤が、俺の誕生日知りたがるわけないものな。長岡の彼女だもんな」
「それは誤解。あたしは、別に長岡君の彼女じゃないよ」
「へええ」
「へええって、あたしの言うこと、全然信じてないな」
「だってそうだろ。お宅ら仲いいし、冷やかされても全然否定しないじゃん」
「それはだな」
千紗は、だんだん腹が立ってきた。
「否定するのもばかばかしいからだ。だって、下らないじゃん。仲がいいのはほんとの事だし」
「それはそれは・・・」
「でも、付き合ってるとか、そういうのじゃないもん。長岡くんは、クラスで唯一まともに話が出来る男子で、友達として気が合ってるだけなんだから。だいたい、付き合うとかそういうの、あたし大っ嫌いなんだから。なんだ、自分こそ、さやかと一緒に帰ってるくせに」
「一緒に帰ったって、一回だけだぞ」
「へえ、やっぱり一緒に帰ったんだ」
「ああ、帰ったぞ。帰って悪いか」
「悪くない!」
千紗が大声をだすと、菊池は驚いたように千紗を見た。
「なんだよ、お前、どうしてそんなにむきになんの」
「そっちが、憎たらしいこというからだ」
千紗はぷんぷんしながら答えた。
「長岡くんとのことで、ああだこうだと勝手なこと言われるのに、うんざりしてんだ、本当は」
「俺だって、さやかと一回帰ったくらいで、ああだこうだと噂されるのに、うんざりしてるぜ」
千紗は、おやと思った。
ひょっとして、菊池も同じだったのだろうか。菊池も、さやかとの噂を、あたしと同じように、無視していたのだろうか。だとしたら、菊池とあたしって、案外似ているのかも。
「さやかって、菊池の彼女じゃないの?」
「別に。一回一緒に帰っただけだ」
「ふうん」
千紗は、食べ終わったアイスキャンディーの棒を意味もなく齧った。ゆっくりゆっくり食べたつもりだったけれど、キャンディーは思ったよりずっと早く小さくなって消えていった。
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