第2話 真昼の駅前商店街(1)

 駅前の商店街は、ほんの数年前までは、ただのぱっとしないド田舎くさい商店街だったのに、去年でっかいショッピングビルが2つも建って、まるっきり様変わりした。

 おしゃれなカフェやレストラン、洋服屋などがずらりとならび、ちょっとしたかわいい小物なども、わざわざ電車を乗り継いで出かけなくても、買えるようになった。

 とはいっても、千紗のお小遣いで買えるものなど、高が知れている。なので、母親と一緒に来る一階のスーパーやベーカリーくらいしか、千紗にはお馴染みではない。


 クラスの女子の中には、色つきリップをつけたり、教師にばれない程度に眉毛を整えたり、ファンデーションやアイシャドーまでしてくる子もいた。そういう子たちは、この中にあるドラッグストアで、いろいろ買ったりしているらしいが、千紗はどうも、そういうものに興味を持てないでいた。


 もちろん千紗だって、自分が不細工に見えるよりは、可愛らしく見える方が断然好きだが、化粧をしている子たちの顔は、なんと言うか、不健康というか、千紗があこがれるような可愛らしさが、感じられないのだ。

 大体、千紗は花より団子。マニキュアを買うお金があったら、一階のベーカリーで、メロンパンの一つでも買うほうが、よほど魅力的に思えてしまうのだった。


 とはいえ、せっかくお気に入りのワンピースを着たのだから、なるべく人が多いところでも歩かなければ損ではないか。そう思って、駅前までやっては来たのだが、時刻は昼下がり。真夏の昼下がりは、さすがに人影もまばらなのだった。


 千紗はといえば、さっきから、ショウウィンドーに映る自分の姿ばかり気にしている。

 ぱりっと糊のきいたこのコットンのワンピースは、実は母親のお手製で、千紗のお気に入りだ。体にぴったり合った上半身に、小さなかわいい袖がついていて、スカートの部分はふわりとふくらんでいる。そして何より素敵なのは、ウエストのところで結ぶリボンだ。


 全体的に地味な色合いの花柄の生地なのに、リボンだけはとても鮮やかなブルーなのだ。こういう配色を思いつけるのが私のすごいところなのよ、と母親が力説していたが、千紗もそう思う。まるで、木陰でひっそりと咲いているあじさいを思わせるドレスよね、とこれまた母親が力説するので、千紗も倣って、この服をあじさいの服、と呼んでいる。


 とにかく、これを着ていると、形がいいのか、色が千紗に合っていたのか、似合う似合うと会う人毎に褒められるので、すごくいい気分になれることだけは、確かだった。


 横目でちらちらとショウウィンドーを見ながら、こんな風にワンピースを着て、つばの長い麦藁帽子をかぶると、あたしもちょっとしたもんだなぁと、千紗は思った。黙って立っているだけなら、自分はそこそこ可愛いはずだと、実は心の中で思っているのだ。歩いたり、しゃべったりせず、ただ黙って立っているだけ、の場合に限るけれども。


 それやこれやを考えると、クラスの男子の自分に対する評価というものは、すでに絶望的だと思う。がに股でずかずか教室を歩き回り、口に手も当てないでガハガハ笑いながら女子には大受けのギャグを飛ばしまくる千紗は、クラスの男子の笑いを取ることはできても、胸をときめかせる事など、到底できはしないのだ。


 だけどあたしだってさ、と千紗は思う。あたしだって、クラスの男子なんか、目じゃない。

 大体、あいつらどんな顔で、女の子を誘ったりしているんだろう。あたしと教室でしゃべる時は、くっだらない事ばっかり言ってるくせに。

 好きな女の子に声をかける時は、真面目な顔して言うんだろうか。今日の帰り、一緒に帰ろうぜ、とか何とか。ひょっとしたら、もっと気障で優しい言葉なんか、かけたりするんだろうか、あいつらが。

 想像しただけで、寒気がする。


 噂によるとクラスの菊池は、時々、鮎川さやかを誘って帰っているらしい。

 もっとも噂だけで、本当に二人が並んで歩いている現場を、千紗が目撃したわけではないのだけれど。

 でも、菊池ならやりかねない。あいつは図々しいところがあるから。だからきっと一緒に帰りたい女の子がいれば、臆せず誘うだろうと、千紗は思うのだ。


 それにしても、もしそれが本当だとしたら、あの憎たらしい皮肉屋が、どんな顔でぶりっ子のさやかを誘ったのだろう。案外、男らしい、いい顔をしていたのではないか。

 それを考えると、非常に不本意ながら、千紗の胸はちくりと痛んでしまうのだった。




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