魔人族

「王よ」


 イグニスとアメリアが医務室に到着するとメイドたちが膝を折る。


「礼はよい。して、容態は?」

「凍傷と極度の衰弱、魔力の枯渇がみられます。傷は癒しましたが体力の回復までは……正直、かなり危険な状態です」


 緑の髪をした女性が振り返る。樹霊リーフリンダ。自然の力を司り癒しの力を持つ精霊だ。彼女の目の前には木の枝によって作られたまるで鳥の巣のようなベッドに黒髪の少年が横たえられていた。木の葉を敷いたその上に寝かされ、体全体を木の葉で覆っている。ほのかに緑の光があふれリーフリンダが癒しの力を使っていることが分かった。


「ここに辿り着けたのは奇跡としか言いようがありません」

「回復の見込みは?」

「回復の兆しは見えてきております」


 リーフリンダは少年から目を離さずそれだけを言った。


「きれいなかみ」


 ベッドを覗き込んでアメリアが呟く。

 少年は苦し気な表情で眠っている。


「ひめしゃまはくろがすきなのですか?」


 ポチがショックを受けたようにアメリアの顔をのぞく。


「ならばぼくはくろとらになります!」


 ふんすかと息巻くポチをアメリアは抱きしめる。


「ポチはしろいままがいいんだよ」

「そうですか! だったらぼくはしろのままでいいです」


 ポチは嬉しそうに尻尾を振った。


「しかし……魔人族とはな……」 

「まじんぞく?」


 イグニスの呟きにアメリアが反応した。魔人族は闇の属性の種族。光の属性の対極の種族だ。その者の善悪はともかく他の種族から忌み嫌われていることが多い種族だった。

 その魔人族がなぜこの宮殿を――しかも、わざわざ難易度の高い霊峰セレスティアルピークを踏破してここに訪れたのかは不明だった。その理由はすべてこの少年が知っている。

 まずは回復するのを待ち、少年から事情を聴くのが先だった。 


「どれくらいで回復しそうだ?」


 イグニスの言葉にリーフリングは「確証はありませんが……」と前置きして意識が戻るまでに一週間はかかるだろうと返事をした。


「一週間か……」

「はい。しかし、状況は芳しくありません。いつ悪化してもおかしくない状況なのです」


 無理難題には応えられないとリーフリングは言外に告げていた。そのことをわかっているのかイグニスはそれ以上何も言わなかった。

 アメリアは少年と父親の顔を交互に見比べる。

 アメリアはうつむいた。必死になって何事かを考えているようだった。


「ひめしゃま、どうしたんでしゅか?」


 その様子が心配になりポチが声をかけた。

 アメリアが顔を上げる。その瞳には決意の色があった。 

 

「ととさま、わたしこのこのせわをします!」

「ひめしゃま!?」

「なんと!?」


 ポチとイグニスが驚きの表情でアメリアを見つめた。


「…………」


 イグニスは答えず。アメリアを見つめ返す。


「アメリア。あなたの決意は固いようですね」

「かかさま!」

「王妃!」


 唐突にかけられた声にアメリアは顔を輝かせた。

 いつの間にこの場に来たのか、グレイシアがそこにいた。

 周囲のメイドたちだけでなくリーフリングもまた驚いているようだ。


「あなた……いえ、王よ。どうか姫君に少年の看病の任を与えてはくれないだろうか?」

「お前……その言い方はずるいぞ」


 イグニスが苦虫をかみつぶしたような顔で妻をにらみつける。


「これもまた勉強。アメリアには弱者を慈しむ心も磨いてほ欲しいのでな」


 グレイシアの言葉にイグニスは小さく息を吐く。


「看病の時には必ずメイドの者とポチ、そしてリーフリングが同席るるものとする」

「ととさま!」


 イグニスの言葉にアメリアは顔を輝かせた。


「いいか、この少年が何者なのかはっきりしていない。危険がないとは言えない状況なのは分かっているな?」

「はい、もちろんです」


 元気な声で応えるアメリア。


「さすがです。ひめしゃま!」


 ポチが無邪気にほめた。

 

「ではよろしい」


 イグニスもあきらめたようにうなずいた。

 

「お勉強の方もしっかりとするのですよ」

「……はい。もちろんです……」


 ちょっと元気のないアメリアの返事。


「ひめしゃま、ガンバです!」


 ポチが無邪気に応援の声を上げた。


「がんばります!」


 アメリアはこぶしをぎゅっと握りしめて決意する。

 少年が目覚めたのはそれから一か月後のことだった。

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