第19話 剣を極めし者(1)
ロドニスの街でやるべき事が終わった俺達は、比較的損壊の少ない宿屋で一泊する事になった。
「街を救ってくださった勇者様方からお代をいただくつもりはありません。どうぞごゆるりとお休みください」
宿屋のおっちゃんがそう言ってくれたが、復興資金もいるだろうし金はちゃんと支払っておく。レイマール王から金貨とか宝飾品をいっぱいもらったからな。
そんなわけで二階の部屋に荷物を置き、俺とラーティとセリムの三人は食堂のテーブル席に着いた。
魔物の襲撃後なだけあって他の客は誰もいない。会話をするにはうってつけの状況だ。
「さて。せっかく仲間になったんだし、自己紹介でもしようじゃないか」
俺は満面の笑みで言う。
もちろん親睦を深める、なんて話じゃない。これは元の世界へ帰るための、剣聖の能力を探る作戦だ。
感染スキルを使ってセリムをゾンビにする手も考えたけど、何をするにも調査は絶対必要。なにせセリムは間違いなく俺達より強いからな。
失敗して後戻りできない状況に陥る前に、まずは現状を正確に把握するのだ!
「じゃあまずは俺から。大野勇、十七歳。中学も高校も帰宅部で、毎日塾と習い事で勉強ばっかりしてた。趣味なし、彼女なし。特技は勉強。大学受験の当日になんか召喚されて勇者になったらしい。マジでふざけんなよチクショウ」
木彫りのコップに注がれた水をあおり、俺は力いっぱいテーブルに叩きつけた。
「次はわたくしですね」
胸に手を当て、ラーティは小さくお辞儀する。
「聖アルデム教団における今代の聖女、ラーティと申します。赤子の頃に教団に拾われたそうなので年齢はわかりませんが、おそらくイサム様と同じくらいでしょう。日がな一日祈りと勉強をして過ごしておりました。特技は守護神アルデム様より授かりし神聖術。魔王デイザールを倒す勇者イサム様を召喚したと思ったら、イサム様ごとこの異世界に召喚されて邪帝王を倒せと言われてしまいました。マジでふざけんなよチクショウ、です」
そう言ってやれやれと首を振る。
「勇者召喚だなんて、まったく困ったものですね」
「お前もだよお前も! ラーティが喚ばなきゃ俺は今頃受験終わってたんだよ!」
「わたくしだって、この世界に喚ばれなければ今頃魔王を倒せていたかもしれません!」
「いやさすがに一日じゃ無理じゃねぇ!?」
やいのやいのと騒ぐ俺達に、セリムは苦笑いしていた。
「ま、まぁ貴殿らが不本意だというのは伝わったよ……」
咳払いを一つ、セリムは口を開く。
「では僕の番だな。僕の名はセリム=フェンドリック。十九歳だから貴殿らより少し年上になるな。ファーライト光国の辺境領を治める下級貴族の生まれだが、五歳の時にファーライト光国の法王猊下より剣聖の称号を賜った。十歳を過ぎて以降は己の剣技を鍛えるため各地を旅して回っていたが、邪帝王軍の侵攻を受けて戦いに身を投じる事を決めたのだ」
「ふむふむ」
「なるほどです」
耳をそばだてて聞く俺とラーティ。
しかしセリムはそれきり口を閉ざしている。
「それで、続きのほどは?」
「続き、とは?」
「自己紹介です。続きをお聞かせ願えますか?」
「以上だが。何か足りなかっただろうか?」
顔を見合わせる俺達。
今のところ弱点らしき情報は何もなかったな。もう少し探りたいところだ。
「おっと、そういえば言い忘れてた! 俺の武器は異世界の聖剣でな。何でも死霊とか悪魔とかに対して特効の力があるらしい。ラーティ、そうだったな?」
「あ、はい! 仰る通りです。聖剣ヴォルケインは神に選ばれし勇者が手にした時のみ秘めたる力を開放するのです!」
全力で乗っかるラーティである。
「そしてわたくしの持つこの聖杖は、聖アルデム教団の誇る神器アンカレシアです。聖女であるわたくしの意志でいつ何時でも虚空より取り出す事ができ、神とわたくしを繋いで神聖術を行使する媒体です」
「そうか。貴殿らはすごい武器を持っているのだな」
「そうなんだよ。この聖剣はラーティが出してくれたんだよな?」
「ええ、まったくそうなのですよ」
俺達はウンウンとうなずき合う。
「で、セリム様は?」
「あ、あぁ。僕の剣かい?」
「はい。剣聖というからにはさぞかし素晴らしい名剣をお持ちなのではないかと思われるので、ぜひお聞かせ願えますでしょうか?」
さぁ、さぁ、とばかりにラーティは顔を寄せる。俺もうなずきまくって援護射撃だ。
そんな俺達の圧に押されつつも、セリムは腰の剣をテーブルに置いた。
「これはお隣のサンドランド王国の武器屋にあった剣だ。そこの鍛冶屋のオヤジさんはなかなか腕が良くてな。魔物討伐で剣が折れていたから、奮発して新しいのを買った」
「なるほど。少し見てもいい?」
「構わない」
俺は恐る恐る鞘から剣を引き抜く。
一見すると無骨な鉄の剣だ。レイマール王国で拾ったなまくらよりは質が良さそうだけど、相当に使い込まれているようでところどころ刃こぼれがある。
「ありがとう。それで?」
「それで、とは?」
「剣だよ。実は神より与えられた力を秘めているとか、魔術の類いが込められた逸品だったりとか……みたいな?」
「特にそういう事はないが」
「ないかぁ……」
「あぁでもこの鞘だけは逸品と言えるかな」
「その鞘に特殊な効果が!?」
「いや、フェンドリック家の家紋が刻まれた鞘だ。大抵の剣はこれに収まってくれるから重宝している」
「……それだけ?」
「それだけだ」
「まさか、普通の剣でグラミーの大鎌と打ち合ったのか……?」
「そうだ」
セリムは自信満々に笑った。
「これでも僕は光の神ルーメニス様より剣の才を与えられたのだ。剣を選ぶようでは剣聖は名乗れんよ」
弘法筆を選ばず、というやつか。一番厄介なパターンだ。弱点らしい弱点がない。
もっと情報を探らなければ!
「そういやスキルの話をしてなかった!」
「スキル?」
「そう、スキルだ。お互いの能力を正確に把握するため、ここで話しておいた方がいいんじゃないか? なぁ、ラーティ?」
「そ、そうですね! スキルも知っておかないといざという時に困りますものね! まずはイサム様からどうぞ!」
ラーティの全力バックアップを受け、俺は身を乗り出した。
「俺のスキルは能力収奪で、この世界に来た時に授かったんだ。感染スキルはゾンビから奪った。今後も増えていくと思う」
「ほう。一風変わった能力だが、トリッキーな戦術ができそうだな」
「そうだろう。じゃ、次ラーティな」
「はい。わたくしのスキルは神聖術です。神に祈りを捧げる事で、結界を展開したり傷を癒やしたり、呪いを解いたり召喚などの奇跡を行使できます」
「癒やしの力とは、戦いに身を置く者にとっては実にありがたい。頼もしい限りだ」
セリムは嬉しそうにうなずいている。
「で、セリムさんは?」
「僕は剣聖のスキルとして、様々な剣技を使う。中でも光の速さで斬撃を繰り出す烈光斬、剣に炎をまとわせる光焔剣、攻撃されたら自動で反撃する剣舞一心などの技を主に使っている」
「自動で反撃……? それって寝てても反撃できるの?」
「無論だ。おかげで一人旅でもこうして五体満足でいられている」
はぁ~そりゃすげーな。
光の速度で剣を振り、剣からは炎が噴き出し、寝てても自動で反撃する。まさに最強。剣聖の名に相応しい人物だ。
そんなセリムを相手にして、果たして俺が勝てるだろうか?
無理無理! 絶対無理! 倒せるわけねぇわ!
「なぁラーティ……もうセリムさんと一緒に邪帝王を倒した方がいいんじゃねぇの?」
俺はひそひそと耳打ちする。
だがラーティは聖女らしからぬ悪そうな顔で聖杖を手にした。
「……いいえ、諦めるのはまだ早いです。弱点がないのなら、作ってしまえばいいのです」
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