第16話 一難去って……
「何とか勝てたな」
肩で息をする俺。
「もうだめかと思いましたよ」
ラーティはその場にへたり込んでいた。
「……それにしても、本当に勝ったのですよね?」
「そのはずだ」
「ならいいのですが、こうもゾンビだらけですと……。あまり勝利した気がしませんね」
うん、まぁそれはそうだな……。
ゾンビは全部俺の支配下に入ったけど相変わらず街中を徘徊してるし、何ならグラミーもゾンビ化してウロウロしてるしな。
「それより怪我治してくれない? アレクサンダーに噛まれて俺血まみれなんだよね」
「あっ! そうですね! すぐ治しましょう!」
ラーティが癒やしの術を使ってくれる。
服の血まできれいになるのが不思議だけど、どういう原理なんだろう? 神の奇跡を考察したってしょうがないか。
「今ので神聖力がゼロになりましたが、イサム様は大丈夫ですか?」
慌てて自分の体を調べたが、癒やしの術のおかげで傷一つない。肌もゾンビ色じゃないし、異常はなさそうだ。
「大丈夫そうかな」
「はぁ~……それなら良かったです」
聖杖にもたれかかって安堵の息をつくラーティ。
「もし死なれたらどうしようかと思いましたよ」
「俺が死んだら魔王を倒せないからだろ?」
「元の世界にお還しできないからですよ。これでも召喚した責任は感じていますので」
真面目な顔で言われて思わずドキッとしてしまった。
なんだなんだ? ハチャメチャな奴だと思ってたのに、急に殊勝な事を言いやがって。
そりゃね? ラーティは聖女の肩書きに違わぬ金髪碧眼美少女だし、性格さえまともならお近付きになっとくのもいいかな~なんて思うくらいには俺も健康な男だよ?
「イサム様? どうされました?」
「な、何でもない! そんな事より教会に人がいないか見に行くぞ!」
俺は教会のバリケードを聖剣で壊し、扉を開ける。
中には俺の予想通り大勢の人が避難していた。神父とシスターさんが一人ずつ、そして五十人ばかりの老若男女が祭壇前に固まっている。
やっぱりいたか。
元々は俺のゾンビ化を何とかするために来たから別に助ける必要はなかったけど、だからといっても放っておくのも寝覚めが悪いしな。ついでに剣聖の情報でももらっておこう。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「ひぃぁぁぁぁぁっ!?」
俺が声をかけた途端、教会の中はパニックになった。
「あの、俺は助けに来たんですよ? 敵じゃないですよ?」
「死にたくない!」
「お、お助けぇっ!」
「神よ……!」
めちゃくちゃ恐れられてるな……。
「ゾンビだらけの中で助けに来たって言われても信じられないのかもしれないけどさぁ、それにしたって怖がりすぎじゃないか? なぁラーティ?」
「グオッ」
アレクサンダーが右の目玉をこぼしながらうなずいた。
「お前のせいだわ! ちょっとあっち行っててくんね!?」
「グオ……」
長い首をへにゃりと曲げるアレクサンダー。
「そんな悲しそうな顔をしてもだめ! あと目玉を仕舞え!」
「イサム様、ここはわたくしにお任せを」
ラーティが凛々しい立ち振舞いで聖杖を打ち付けた。
その澄んだ音色が美しく響き、衆目が一斉に集まる。
「皆様、ご安心くださいませ。わたくし達はあなた方を助けるためにここへ来たのです」
「あ、あなた様は……?」
「聖女ラーティと申します。こちらはわたくしの召喚した勇者イサム様。レイマール王のお言葉を聞き、皆様を救うべく馳せ参じました」
「おぉ……! 陛下が勇者様と聖女様を……!」
神父が感極まったように涙を流した。
「これぞまさに主のお導き……。ルーメニス様、感謝致します」
「あ、それなのですが、守護神アルデム様へ感謝を捧げていただいても構いませんか?」
「へ? 守護神……?」
「守護神アルデム様です。よかったら入信してくださっても構いませんよ!」
いきなり宗教勧誘かよ! しかも他の教会で言う事かそれ?
案の定神父は困惑していた。
「で、ですが、我々は光の神ルーメニス様の信徒でありまして……」
「守護神アルデム様は仰っています。両方に祈れば良いのだ、と」
押しの強い聖女だなおい。部活の掛け持ちじゃないんだから。
俺はラーティの肩に手を置き、やれやれと首を振った。
「その辺にしとけよ。神父さんが困ってるだろ」
「ですが神聖力がもうありません。回復には人々の祈りが必要なのです」
「皆さん、守護神アルデム様に祈りを捧げましょう! 邪帝王を倒して世界に平和をもたらすために……!」
「えぇ~!?」
手のひらをクルクル回す俺に神父達が慌てふためく。
その時、不意に俺の中に違和感が走った。
なんだ? ゾンビが倒された……?
なぜそんな事がわかるのか自分でもわからないが、そうだという確信があった。
もしかしてスキルの効果か? とにかく確認しよう!
「イサム様? どちらへ?」
「ちょっと見てくる!」
急いで教会の外へ走り、荒れ地と化した街中を見渡す。
そこにはゾンビの海を割るようにして悠々と歩く人物がいた。
風にたなびく赤い髪、中性的な凛々しい顔。白く輝く片刃の剣を手にし、軽鎧を着た剣士が俺の方へ歩いて来る。
明らかに強者の風格だ。
「生存者……じゃなさそうだな」
俺の問いかけに、剣士は立ち止まる。
「僕はセリム。セリム=フェンドリックだ」
聞いた事のない名前だ。でも剣を持ってて強いって辺りで俺の知っている存在が一つ浮かぶ。
「もしかして、あんたが話に聞く剣聖か?」
「僕を知っているのか。なるほど」
剣聖セリムは小さく笑い、俺に鋭い切っ先を向けてきた。
「つまりお前が邪帝王軍四天王、死霊使いグラミーだな!」
「違いますけどっ!?」
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