一体いつから私がアホの子だと錯覚していたのかバーカめ!

朱之ユク

第1話 アホの子は天才へとなる

「……うーん。そんなことがあっていいのかな?」

「どうしたの? あっ! もしかして私のことを考えてたでしょ!」

 僕――米田ユウキは目の前にいる高校の同級生を眺めながら、とある考えを精査する。

 もし、だ。

 もしこの考えが正しいとしたらこれまでの僕の行動はすべてこの子へと伝わっていることになってしまうじゃないか。

「仕方ない。いくら勉強中といっても私のことを考えていたら集中できないでしょ? 仕方ないから自己紹介をしてあげようじゃないか!」

 目のまえでたいしてでかくもない胸を張って、自信満々に自己紹介を始める。

 今は勉強中だ。

「私の名前は明宮イノリ! 趣味は競泳で、嫌いなものは勉強。運動ならなんでもこなせます! でも水はちょっと嫌いです! 溺れるかもしれないので!」

「……」

 落ち着け。

 この自己紹介もイノリが自分のことをバカに見せるために仕組んだ自己紹介かもしれない。

 気になることには一つずつツッコンで行こう。

「競泳が趣味なのに、水が苦手なのか?」

「うん。顔が水に浸かるのが苦手で……って、ハッ! ハメられた! 私を騙したな!」

「自爆したの間違いだろう。嵌められたってそんなわけないだろう?」

「違うね、ユウキ。嵌められたんじゃない、ハメられたのよ」

「どっちも同じだろ!」

「違うもん。私が言ったのはエッチな方の意味で……」

「余計に意味が分からないんだよ」

 なんでこの状況でエッチな方の意味が出てくる。

 やはりアホの子か?

「でもユウキ。君は遅れているよ。水が苦手だからと言って競泳ができないと誰が決めたのかな?」

「そう言うのは決めるものじゃない。常識で考えるものだ」

 水が苦手。水泳できない。競泳が趣味?

 そんなわけないだろう?

「今、イノリが言ったのはブサイクにもかわいい子はいる並みの酷いことだからな」

「失礼な! ブサイクにもかわいい子はいるでしょうが!」

 どこで切れているんだ、この女。

 言葉の意味をまるで理解していない。こんな状況でよくこの学校に入って来れたな。

「勉強中なんだからしっかり集中しろよ。そんなんだから前のテストで赤点を取るんだぞ?」

「ええー、なんだかユウキが私のことを考えている気がしたんだよね」

 図星だ。

 目のまえの少女は普段はバカ、アホという言葉がよくお似合いのかわいらしい黒髪の少女なのに、僕に関する話題だけ圧倒的な勘を持つことができるんだ。

「まあ、いっか。確かに勉強に集中しないとそろそろヤバいからね。イノリ勉強頑張る」

「青チャートは全部終わったのか?」

 前髪に着くまで伸びた髪をかき上げて、僕はいつも通りこの子の勉強を見守ることにする。

「もちろん! 私に解けない問題なんてないんだからね!」

「それじゃあ、どれくらい解けたんだ?」

「もうヤバいくらい解けたよ」

 ヤバいくらい……多分全部解けたんだろう。ヤバいってそう言う意味だよな? 分からない。この子がどんな意味を持たせてヤバいと言ったのか分からない。

 仕方ないから、こういう時は強制手段だ。

 ノートを強盗するしかない。

「あ! 私のノートを取るな! このノートにはユウキが見たら卒倒する呪いが掛けられてい……」

「確かに卒倒しそうだよ。……全問不正解。どんな頭をしたらこんなことになるんだ?」

「……えっと、バカの頭脳?」

「どんな頭脳だよ。あとそのボケは面白くない。バカにはお笑いは難しかったかな?」

「バカをバカにするな! これでも私はバカ界のなかではアホな方って言われてるんだから!」

 だからそのボケは面白くない。やっぱりこの子は普通にバカだ。

「ヤバいくらい解けたって言ったのに……嘘つく意味あった?」

「ヤバいくらい解けたって言うのは、まったく解けなかったっていう意味なんだよ。もしかしてユウキは全部解けたって意味で解釈したのかな? まったく勉強不足だね。出直してきたまえ、おっほっほ」

 どうしようもなくイジメたくなるがここは我慢。こんな女を相手にしても何の得もない。

 イノリを強制的に勉強させるのは難しい。誰でもわかることだけど、イノリには分からないということがたくさんある。

 さっきのやり取りを見ればすべてを理解してくれたと思う。

「僕がマジビンタを発動する5秒前だと言うことに気付いているのか、イノリさーん」

「おっと、失礼。イノリ、勉強、頑張る」

「よろしい」

 やはり、イノリに勉強を教えるなら暴力は必要だ。

 生意気をいう子供を躾けるには時に暴力という手段に訴えることは大切である。これは経験があるから分かる。

「イノリ」

「……ゴクリ。なに? どうしたの? というかこのポテチ、美味しい」

「時には体罰も必要。これテストに出るから覚えておいてくれ」

 さすがイノリだ。

 サボってお菓子を食べていた手が止まってちゃんと勉強するようになったじゃないか。素晴らしい。

 イノリは数学を解きながら、真面目に集中している。良かった。

 僕が思うに、イノリはちゃんと勉強すればしっかり点数を取れるんだ。

 それがどうしていつも点数が悪いのか。

 それは単純にイノリが勉強をしていないという理由に尽きる。

 今みたいに僕がきちんと勉強させることができれば、しっかり点数を取れるのに、一人で勉強したら、すぐに違うことをしてしまうらしい。

 家でのイノリを見たことが無いから変なことは言わないけど、音楽やお菓子や漫画やゲームに集中を破壊されるというのが彼女の談だ。

 集中を破壊ってなんだよ、というツッコミは辞めて欲しい。イノリだって頑張っているんだ。

 頑張ってこれだともはや救いようがない気がするけど、それを言ってしまったらおしまいである。

 見ろ。

 今だってイノリは真面目に数学の問題を解いて、その答えをノートに書いているんだ。

 イノリの手は止まることなく回答を記している。

 こんなに早く解けるんだ。きっと元から才能があったんだろう。

 ペンのインクが文字を記して……ん?

 あれは文字じゃない。線だ。綺麗な曲線を描いて、ノートにメチャクチャイケメンが描かれている。

 よーく見るとその絵の題名は「ユウキ」ってなってる。勇気か。いい題名じゃないか……。

 ……って、おい!

「こら、イノリ! 絵をかいて遊んでいるんじゃない!」

「はい~(涙)。ごめんなさい!」

 謝るくらいならそんなことをするなよ。数学の勉強の振りして美術の勉強をするなんて、なんて不良娘だ。どうしてそんなことになっているか理解できないけど、集中力が続かないという話は本当だったらしい。

 こんな調子ならきっとテスト勉強なんてできないだろう。

 あと、イケメンの絵に僕の名前を付けるのは辞めろ。

 自分の好意を隠せていると思うなよ。

 アホの子だから隠せていると勘違いしてしまうのだろう。

「まったく、よくそんなのでこの学校に入れたよな。この高校は一応県内でもトップの高校なのに」

 一番偏差値が高い高校にいったいどうやって滑り込んだのか?

「失礼な。この学校のテストが難しいだけで勉強はできるんですよ」

「嘘つけ。そんなに言うならこの数学の問題を解いてみろ」

 できるものなら証明してみろ、この星4の問題をな。

「できた! 見てください! 素晴らしい出来でしょう?」

「ほう、これは確かに」

 美しい文字に、綺麗なアルファベット。完璧な「I love you.」の文字じゃないか。

 ……だから英語にしたくらいで君の好意を隠せていると思うなよ

「僕は英語じゃなくて数学を解けって言ったんだけど? 理解しているの?」

「あっはっは。いつの間にか英語を考えてました」

 マジビンタ炸裂5秒前。

「あーあーあーあー、ごめんなさい! ちゃんと勉強するから許してよ!」

「……はあ」

 本当に思う。

 どうしてこの学校に入学できたんだ?

 一応難しい入試を乗り越えてきたはずなのに……は?

 やっぱりおかしい。

 一体どうして勉強ができないイノリがこの学校に入学できたんだよ? よくよく考えてみればおかしいことじゃないか。

 こういう時は全ての考えを逆転させればいい。

 とすると最初の考えて戻っていく。

 僕は最近ずっとこのことを考えていたじゃないか。


 ”もしかしたら明宮イノリは天才で、今はただバカの振りをしているんじゃないか。”


 その考えが僕の頭の中を支配していた。

「ユウキ? ユウキ? 聞こえてる?」

「! どうしたの、イノリ?」

 イノリが僕の顔に近づいてきて思わずのけぞってしまう。

 不意打ちで近づいて来たからいい匂いがしてクラッと来てしまった。

「ユウキ! 私は良いことを思いついたんです! 一時間勉強に集中して30分休憩する! この繰り返しで見事に集中できるはずです」

 たしかにその案は悪くない。

 たまにはイノリに従ってみるのも悪くはないだろう。

 それに僕の分の勉強もしないといけない。イノリに引っ張られずに真面目に勉強するのも問題はないはずだ。

「それじゃあ最初の一時間の勉強スタート!」

 僕は自分のノートに向き合って、授業の復習を始めた。

 この勉強法も悪くはない。

 イノリだって、真面目に勉強して……勉強してない。お菓子を食べてる。

 あはは。

 やっぱり理解したよ。

 この女はアホの子だ。



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