孤立フラグ、立っちゃった?

 ――一緒にこの高校に入学した親友のくりばやし玲菜れないわく、あたしは入学早々のしょパナからやらかしていたらしい。自己紹介の段階で、孤立フラグを立ててしまっていたのだとか。


「――えーっと、じゃあ出席番号一番から順番に自己紹介してもらおうかな」


 あたしと玲菜のクラスの担任は、まだ二十代半ばのイケメン教師だった。名前はながたく先生。担当は国語。この私立大鷹おおたか学園高校の卒業生らしい。

 前述のとおり長身でイケメンだけど、爽やかアスリート系ともまた違う。どっちかといえばちょっとヤンチャ系? この高校は自由な校風なので、もしかしたら本当にヤンチャだったのかもしれない。


「出席番号一番、朝倉あさくら麻由まゆ。お前から自己紹介どうぞ」


 ……おっと、初日からいきなり「お前」呼ばわりとは。この先生、やっぱり――。


「は~い☆ しぶ区立二中出身、朝倉麻由です。四月五日生まれのB型。彼氏ナシ」


 ……と、ここまではクラスのみんなの反応もよかったけど。


「オシャレとか流行系の話は好きだけど、の出来がみんなとは違うから勉強の話はしたくありませーん。以上、よろしく。……あれ?」


「ココ」と言いながら自分の頭を指さしてそう言った途端、教室内の空気が凍りついた気がした。

 隣の席に座っていた玲菜が、自己紹介を終えたあたしに「バカ」と小声で言ったことから、あたしの高校デビューは失敗に終わったのだと悟った。


「…………あー、はい。朝倉、ありがとう。んじゃ次、雨宮あまみやハルキ――」


 先生もリアクションに困った様子で、二番の男子を指名していた。




   * * * *




「あ~~~~、やっちまった……」


 HRが終わって下校する時、あたしはクラスメイトたちがチラチラこっちを見ていることもお構いなしで机に突っ伏した。


「高校デビューでイケメンな彼氏ゲットするつもりだったのになぁ。何でこうなっちゃったんだろ?」


「そりゃ、あんなこと堂々と言っちゃうからじゃん? 『オツムの出来が違うから、勉強の話はしたくありません』ってヤツ。あれ聞いたら誰だって引くわ」


 玲菜はあたしのボヤキに対して冷静にツッコんだ。


「えー? でも玲菜は引かなかったじゃん」


「そりゃ、あたしは小学校からあんたと一緒だし、よ~く知ってるからねぇ。あたしだけは味方でいてあげないとあんた孤立しちゃうっしょ」


「……うん。そういや玲菜って、今までもそうだったよねー」


 玲菜と友だちになったのは小五の時だった。その時もあたしはクラス替えの自己紹介で同じ失敗をやらかして、周りの子たちが引いていたけど玲菜だけは「あんたって面白いねー」と笑ってくれたのだ。

 その後も小六のクラス替えから中学三年まで、あたしが何回同じことをやらかしても玲菜だけは引かずにいてくれている。ただ単に慣れてしまっただけかもしれないけど。


 思えばあたしは、小三くらいのころから勉強にハマり、他の子たちを置き去りにしてどんどん前に進んできた。中三の時点で高三までの学習カリキュラムを頭の中にインプット済みで、高校だってどのレベルの学校も選び放題だった。

 でも、勉強が面白くなっていくのと反比例して、周りの子たちが(玲菜はあたしの話についてきてくれるので別として)おバカに見えてきた。そして学校で受ける授業が退屈に思えてきたのだ。

 そして極めつけがテスト。特に数学。答えが合っていても、問題の解き方が違うっていうだけで容赦ようしゃなくバツにされた。数学の教師っていうのは、どうして「自分の教えた解き方が絶対に正しい」って生徒に押しつけたがるのだろう。あたしにはそれがどうにも納得できない。


「あーあー、麻由。あんた、これでこのクラスで孤立フラグ立っちゃったかもねー」


「え~~⁉ まぁいいや。別にみんなと馴れあうつもりないし、玲菜がいてくれるなら孤立じゃないもん」


「安心するのはまだ早いよ。あたしだっていつ裏切るか分かんないんだから」


「何だと、この薄情ものーー!」


 あたしは玲菜のブレザーの両袖をつかんで揺さぶった。


「……なぁんてウッソ♪ あたしは絶対にあんたを見捨てないよ」


「何だよもー。ビックリさせないでよぉ」


 何だかホッとして、あたしは彼女の袖から手を離した。


「――おい、お前ら。いつまでじゃれ合ってんだ? 他のヤツらみんなとっくに帰ってるぞ」


 そんなあたしたちのじゃれ合いを見かねて、長尾先生が呆れたように言った。


 入学式には両親とお姉ちゃんも来ていたけど、先に帰ってもらった。一緒に帰るのがわずらわしかったから。というか、あたしは家族とも折り合いが悪いのだ。


「はいは~い。あたしたちももう帰るから、心配しないでよ先生」


「……分かった。つうかお前ら、俺に対してれ馴れしくね? まぁ、別にいいけど」


 長尾先生は、あたしたち生徒にタメ語を使われることを別に気にしていないみたいだ。多分、自分も高校時代はそうだったからなんじゃないかとあたしは勝手に思っている。


「んじゃ麻由、あたしらも帰ろっか。昼マック食べて、それからカラオケ行こ♪」


「うん、行こ行こ♪ 先生バイバ~イ。また明日ね~」


「おう、また明日な」


 あたしと玲菜が立ち上がって笑顔で手を振ると、先生も笑顔で片手をあげてくれた。


 ……高校デビュー、失敗したかと思ったけどあながちそうでもなかったかも。だってあたしには玲菜がいるし、こんないい担任の先生にも出会えたんだもん。



   * * * *



 ――高校生活っていうのは、始まってしまうと展開が早い。入学式の翌日に生徒会主催の〈新入生を歓迎する会〉やオリエンテーション、校内の施設見学などがあって、三日目からはいきなり実力テスト。……まぁ、あたしは特別何もやらなくてもいい点が取れるから、別に何とも思わないけど。


 んで、その翌週。悪夢は再び繰り返された。


「――長尾先生、おっはよ~☆」


「おはよー、センセ」


 校門を抜けたところで長尾先生の後ろ姿を見つけたあたしは、玲菜と一緒に突進していった。

 先生は入学式の時みたいなスーツ姿じゃなく、白シャツにブルーのパーカーとチノパン姿。多分先生の普段のスタイルはこっちのカジュアルな感じなのだろう。通勤カバンに大きめのリュックを使っているところも、親しみが持ててポイント高し。


「うっす、朝倉。栗林も」


「ねぇねぇ先生、このリップどうよ? 可愛い?」


 あたしはアプリコットオレンジのカラーリップを塗った自分の唇を指さして、先生にたずねた。

 言い忘れていたけど、あたしも玲菜もいわゆる〝ギャル系〟だ。

 あたしはゆるふわロングの茶髪にカラーリップ、制服のスカートはミニ丈で、黒のハイソックスにローファー。でもってブレザーの代わりにカーディガンを着ている。

 玲菜も、髪型がポニーテールだということ以外はあたしとそんなに変わらない。ただ、あたしはまつが長いから必要のないマスカラを、彼女はガッツリ付けている。


「うん、いいんじゃね。俺はお前なら、ピンク系の色も似合うと思うけど」


「マジ? ありがと先生♡ やっぱこの高校いいよねー。校風が可愛い女の子の味方ってカンジだもん。カラーリングもメイクも、カラコンもオッケーなんてさぁ」


 あたしがこの高校を選んだ理由のひとつが、この自由な校風だった。学校全体としての学力のレベルは中の上くらいだけど、堅苦しい校風じゃないところがかなり高ポイントだったのだ。

 あたしのアタマなら、もっと高いレベルの進学校も余裕で受かったと思う。でも、そういう学校は休憩時間まで勉強漬けになりそうであたしは好きじゃない。もっとも、大学に進学する気もないし。でも、レベルの低すぎる高校ではあたしが周りから浮いてしまうから、この大鷹学園あたりがちょうどいい塩梅あんばいだったというわけだ。

 そして、玲菜もあたしが「大鷹受ける」と言ったら「じゃあ、あたしも」と一緒に受験してくれた。親友と一緒の高校に通えるなんて、あたしはすっごく幸せ者だと思う。


「先生ってここのOBなんだよね? じゃあ先生がいた頃もこんなユルいカンジだったの?」


「まぁ、そんな感じかな。つうか俺の頃はもっとユルユルだったかも」


「……ふぅん?」


 長尾先生はあたしたちとちょうど十歳違う、らしい。「十年ひと昔」ってよく言うけど、やっぱり今の高校生と十年前の高校生とでは違うのかな?


「ところで今週、実力テスト返ってくるだろ? お前ら大丈夫なの?」



 

 ……先生、お願いだからこの流れでテストの話しないでよ。白けるから。


「超ヨユー」


「ま、朝倉ならそう言うと思ったけどな。栗林はどう?」


「大丈夫なんじゃないの? 麻由ほどは自信ないけど」


「二人とも優秀だな」


 先生は感心したように笑った。ただ、何かちょっとうらやましげにも見えたけど。


「んじゃ、今日も一日よろしく」


「「は~い♪」」


 あたしたちはその後、クラスメイトの男子数人にも声をかけられて、「おはよー」と挨拶を返していった。美少女×かけるのあたしたちは、早くも男子からモテ始めているのだ。



   * * * *



 ――悪夢アゲインになったのは、その日の三限目。数学の授業だった。


「なっ……、何じゃこりゃぁ!?」


 自分の席で、返されたテストの点数を見たあたしは絶叫した。余裕で百点満点をと思っていたのに、なぜか七十五点。しかも答えは合っているのに解き方が違うから、らしい。


「またかよ……。あり得ない」


 またこのパターンか。慣れたとはいえもう飽きた。

 数学担当の教師は、おそらく定年間際の白髪の男性教師。きっと長尾先生がここの生徒だった頃にもいたのだろう。そしてかなり偏屈そうなジジイである。


「――全員、テストは返ったな。採点について疑問や異議のある人は手を挙げて――」


「先生、あたし納得いかないんですけど!」


 待ってましたとばかりに、あたしは立ち上がって教卓の方へズンズン突進していった。


「この点数、絶対おかしいです! 全部答え合ってるでしょ!? なんでバツになってるんですか!?」


「それは問題の解き方が違うからだ。こんな解き方、どこの中学でも教えてないはずだが」


 ……やっぱりそう来たか。中学の時の数学教師といい、この教師といい、どいつもこいつも言うことがテンプレ化していてもうウンザリだ。

 あたしは教卓の上に置いたテストの解答用紙をバン、と勢いよく叩いた。


「これは高校三年で習うはずの解き方で、ちゃんと学習指導要領にもってると思います。だからあたしは間違ってません」


「…………。とにかく、君の点数は訂正しない。君が間違っていないと言い張るなら、私も一歩も引かん。分かったら早く席に戻りなさい。――他に、点数について疑問のある者は――」


「……………………やってらんねーわ」


 あたしは大きなため息をついた後そう吐き捨てて、解答用紙をひったくって自分の席にドスンと座った。

 みんなからの視線が痛い。明らかにみんな、あたしのことを軽蔑けいべつしている。玲菜も困ったような表情を浮かべてあたしを見ていた。


「あんた、またやっちゃったね。そのうちマジで孤立しちゃうよ? いいの?」


「しちゃったらしちゃったで仕方ないっしょ。だってあたし、こういう性格なんだもん」


 玲菜にそうかれ、あたしはあきらめたように肩をすくめて見せた。

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