第4話 開花と散花
「よろしい」
白璙が頷いたところで、梟俊が露台に立って即位式の開会を宣言した。
二人は私語を慎み、露台の方に注目する。辺り一帯は厳格な静けさに包まれ、梟俊の声だけが朗々と響き渡る。
「先王・
呼ばれて、白琳は露台の先端に立つ。
ようやく女王を目にすることができ、民は銘々の反応を示した。女王の美しさに見惚れる者、まだ少女でありながら堂々とした佇まいに感嘆する者。そして、母の瑠婉を知り、その瓜二つの容姿に驚く者。
白琳はそんな民の様子を垣間見つつも、眉一つ動かさない。
「本日をもって第百二十八代
梟俊が目でこちらに合図を送る。
白琳は頷いて、改めて背筋を伸ばし、胸を張った。そして大きく息を吸い、宣誓の言葉を高らかに発する。
「我、第百二十八代銀桂女君、桂白琳なり。女君として、全ての民と国花神鳥に誓いましょう。この地に更なる繁栄と安寧を齎すと!」
凛とした
「銀桂女君の御代に栄光あれ」
『銀桂女君、即位万歳‼』
梟俊の言葉に呼応するように、民は盛大に
鳴りやまぬ歓声に、白琳は微笑を浮かべた。そのまま王都を眺望し、地平線の先にある金花の国を想う。
――民の平穏を守るため……何よりお兄様の悲願成就のためにも、私は何としてでも成し遂げなければならない。
金桂国との和平を――。
*****
「まさか、あの銀桂に女王が立つことになるとはな」
「かつては王子が二人いたみたいだ。けど、第一王子は病弱ゆえに王位を継がず、第二王子は不慮の事故で急死しているらしい」
「なるほど。それで末子であった公主がやむを得ず践祚するしか無かったというわけか。何よりも血統を重んじるあちら側なら当然の判断だな」
切れ長の怜悧な
今この時、白琳と青年は必然のように互いを見据えていた。それぞれ、相対しているとは露ほどにも思わずに。
「銀桂初の女王とはいえ、
鳧徯は戦を引き起こすと伝えられる人面の怪鳥だ。初代銀桂君が金桂国に対し戦を仕掛け、後に七百年にも渡る大戦乱へと発展する因縁を生み出したことから、金桂民から蔑称として渾名されている。初代に限らず、先王銀桀のような歴代の戦好きな銀桂君も同じように呼ばれていた。
「どうせ俺たち金桂民を離反者の子孫だと侮蔑し、父王同様、金桂滅亡の奸計を企んでいることだろう」
青年は心底辟易するようにそう吐き捨てた。
陽光に照らされて一段と光輝を放つ黄金の髪。そして、精悍な面立ちから滲み出る敵意と警戒をそのまま具現したかのような、漆黒の漢服と腰に帯びた直刀。
武官のようにも見えるかの青年こそが、
「理玄、そろそろ会議の時間だぞ」
「ああ」
先に行っててくれ、と親友を送り出し、理玄は再度見えるはずのない敵国の女王を睨み据える。
少女の確固たる意志と信念に対し、青年は冷酷に――それでいて一抹の諦観を含ませながら呟いた。
「王が変わったところで、世界は何も変わらない。俺たちは今まで通り、そして未来永劫——いがみ合うほか無いんだ」
理玄は早々に
*****
同じころ、白琳も即位宣誓を終えて露台から身を引いた。
白璙はゆっくり腰を上げ、白琳を迎える。
「お疲れ様、白琳。とてもいい宣誓だったよ」
「ありがとうございます」
照れくさそうに笑む愛らしい妹の姿に白璙は破顔する。翡翠も兄妹が見せる満面の笑みに頬を緩めた。
だが、三人の幸福に満ちたひと時はこれで最後となった。
その日の深夜、白璙の容態が急変。
まもなくして、白琳の最も大切な花が儚く散った。
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