11.惑星C66、マッチング・システム

 ◆


 惑星C66に戻った君は、採取した生体組織が入ったケースを船に置いたまま、開拓事業団の支部へ向かう事になった。


 通常、開拓団員の仕事は直行直帰だが、時折呼び出されることもある。


 今回の場合は君は支部への帰還連絡を終えた後、支部からすぐに顔を見せるよう指示を受けた。


 もちろん、断る理由はない。


 ないのだが……


「なあミラ、俺何かやらかしちゃったって事はないよな?」


 ミラが答える。


『もし何か違反行為があったなら、その程度に応じて明確な注意や警告といった形で通知が来るはずです。今回の場合、ただの呼び出しでしょう。仕事内容に関する質問があるのかもしれません』


 君は「そうだといいな」とつぶやきながら、ミラのツルツルとしたボディを撫でた後、脇に抱えた。


 ──まあ、言ってみないことにはわからないか


 そんな事を君は船を降りる。


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 支部ではアルメンドラが待っていた。


 結局内容はミラが言った通り、生体組織の採取任務についてのいくつかの質問事項だった。近隣宙域で何か不審な船を見なかったか、というようなものもあった。


 いくつかの質問に君、時にはミラがしっかりと答え、君たちとアルメンドラの間にちょっとした間が空く。


 その間隙を言葉で埋めるように、アルメンドラは文字通りの鉄面皮を君に向けながら言った。


「ここ最近、開拓任務に熱心に励んでいる様ですね」


 君は少しむずがゆい思いを覚えながら「まあ、早く金を貯めたいからさ」と答えた。


 アルメンドラは少し考え込むようにしばらく黙った後、あなたに向かって言う。


「あなたはD等級の開拓団員ですから、基本的にはその等級に見合った業務しか引き受けることができません。しかしそれはあなた一人の実績に基づいた制限ですので……」


「ああ、なるほど。チームで仕事をすれば、D等級よりも上の仕事を受けられるってことか」


 君の言葉にアルメンドラはうなずき、「おっしゃる通りです」と答えた。


「でもチームと言っても、俺にはツテもないし、一緒に仕事してくれるやつなんて……」


 そこでとあるピギー星人の姿が頭に浮かんだ。小柄でふくふくとした体型の豚。娼婦に入れ込んでマフィアに追われる羽目になった馬鹿な男の姿だ。


 女にいれあげて身を持ち崩すなんて馬鹿な話だ──……とは君は思わない。ギャンブルと女だったら後者のほうがまだマシだという思いが君にはある。


「ああ、でも一人心当たりがあるな。ペイシェンスっていう男なんだけど……。ああでも奴はちょっとトラブルに巻き込まれていて、最近ホテルにも帰って来ていないんだ。死んじまったりしてないよな……」


 どうせ個人情報だなんだと言って教えてもらえないだろうと思いつつ、君はアルメンドラに尋ねた。


 すると彼女は意外にも君の疑問に答えてくれる。


「彼はまだ生きていますよ。ただ、活動宙域を惑星C108に変えたようです」


 惑星C108は惑星C66から約2800光年離れた開拓中の星だ。


 2800光年と言えば光の速さで2800年掛かる距離だが、ハイパー・ワープの技術が普及しているこの時代に於いてはそこまで離れた距離と言えない。


 ただし移動できる距離は宇宙船のワープ・システムのランクに大きく依存している。つまり、安物だと碌な距離を飛べないということだ。


 ──女と逃げて……ってことになるんだろうけど、あっというまにつかまっちまいそうだな


 安物の宇宙船で少し離れた星へ逃げたところで、逃げ切れるものではないと君は思う。


 マフィア連中というのはとかく面子を重視するからだ。店が管理している女に粉をかけられて、そのまま逃げられましたじゃ非合法稼業なんてつとまらない。


「そっかぁ、まあそういう事なら仕方ないな。……ってわけだ、アルメンドラさん。それともアレかい? 開拓事業団では仲間の世話もしてくれるっていうのかい?」


 君が冗談交じりに尋ねると、アルメンドラは頷いた。


「ご希望なら、マッチングの手配をいたします」


 惑星開拓事業団員の中でも下級のラインというのは、言ってしまえば鉄砲玉だ。


 その命に価値はない。


 社会というものを巨大な生命体に例えるならば、惑星開拓事業団に入団する者たちは有害鳥獣も同然である。


 大きな報酬を約束し、危険な星へ送り込む──……社会に害を為す屑共を手早く処分できればそれで良し。


 しかししぶとく、粘り強く生き残る者たちには


 犯罪に走るのではなく、ハングリー精神のもとに合法的な手段で大金を稼ごうとする者は、開拓事業団にとっても価値があると見なされるのだ。


 そういった者たちはC等級以上の扱いを受けることがある。


 この辺の事情は君にはまだ理解できない事ではあるが……。


 アルメンドラは続けた。


「本来、マッチングの手配はC等級以上の団員に対してのみ行われます」


 君は「でも俺はD等級なんだけれどな」と言うと、アルメンドラは頷きながら答えた。


「おっしゃる通りです。原則としてD等級の団員にはそのようなサービスを受ける資格がありません。しかし、あなたのここ最近の依頼達成内容を鑑みれば、Cとして手続きを進めることができます」


 アルメンドラは意味ありげに君を見るが、その透徹とした視線は君の外見を見ているというよりも、君の中身を見ようとしているような鋭いものだった。


 ──すっごい目をするなあ、この姉さんは。変な事を考えたらすぐにバレちまいそうだ


「……聞いていますか? 続けます。その判断は事業団支部の受付職員の判断に一任されていますが、私としてはあなたがC等級見込みとして扱われても良いと判断しています。ただし、あくまで見込みであるため、本来のC等級相当の利益をすべて受ける事は出来ません。非常に限定された範囲で、マッチングシステムなどの一部のサービスを受けることができます。あなたがより大きな報酬を望むのでしたら、C等級以上の仕事を請け負うといいでしょう。そのためにはチーム・マッチングサービスを受ける必要があります。ここまでの話の流れをご理解いただけましたか?」


 やけに細かく説明してくれるアルメンドラに、君は若干の居心地の悪さを覚えつつ頷いた。

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