9.遊星X015⑨

 ◆


 君は何かとてつもなく巨大で古い、深遠に潜むモノに見つめられているような感を覚えていた。


 その存在に認識されることが自らの不可逆的で絶対的な破滅を意味するかのような、強烈な悪寒も。


 ──虫か


 君は不意にそんな事を思う。


 虫かごの中の虫。


 虫にとっての人間は、認識すらできない超常的な存在に違いない。


 ──そもそも人間同士でも何考えているかわからねぇってのにな


 ともかく、この場に留まるわけにはいかないと君は思う。


 君はこれまで、常に自身の生存本能のささやきに従ってきた。


 それが、これまで君を生かしてきたのだ。


「なあ、ミラ。そろそろいいんじゃないかな?」


 君が尋ねると、ミラは『はい、十分です。予定時間より大分早く作業が済みましたね』と答える。


「すぐに帰ろう。ここに長居するのは余りうまくない」


 ミラは君の意見に同意した。


『そうですね。遊星X015についてはまだ解明されていない部分も多いです。今がおとなしくとも、実は単なる休眠期だったという可能性もあります。もしも本来の性質が非常に凶暴であった場合、私たちは大変な危険に晒されることになります。速やかにここを離れましょう』


 君はうなずき、シルヴァーへと向かった。


 ──〈 賢い選択です……私の、あなた 〉


 君の耳元で誰かがそう囁いたような気がした。


 鼻先を黒い何かがふわりと舞う。


 ・

 ・

 ・


 シルヴァーがハイパー・ワープで惑星C66の管理宙域へと戻った頃、遊星X015に近づく影があった。


 影は複数だ。


 ド派手な彩色が施されている複数の宇宙船。


 要するに宙賊である。


 ◆


「ボス! "肉" までもうすぐですぜ!」


 頭部にバンダナを巻いた出目金のような目玉の男が叫ぶようにいう。


  "カントン号" の船長席に片膝を立てて座っている緑色の肌の巨漢が「おう」と応えた。


 見るからに狂暴な男だ。


 挨拶代わりに人殺しでもしてそうな凶悪な面構えをしている。


 巨漢の肌はまるで岩肌のようにゴツゴツとし、筋肉で膨れ上がった肉体は暴の気に満ちていた。


 男の名前は "グダン" という。


 この辺りの宙域を荒らしているならず者だ。


 グダンはグダンガン・ヴォルヴォルタという宙賊団のボスである。


 基本的には非合法的な仕事ばかりやってる彼らだが、ここ最近の主な収入源は "薬" の原材料の売買だ。


 薬の名前はプロトンといい、遊星X015の生体組織を原料とする。


 ここ数十年で急速に出回っており、これを摂取すると非常に強烈な多幸感を覚え、その薬効はヘロインの比ではない。


 また、既存の薬物のように肉体をむしばむということもない。


 ただし──……この薬を身に取り込んだものはのだ。


 この広い宇宙で自分という存在が寄る辺もなく、たった一人孤独にさまよっているような気分になる。


 キマっている間は何かとても大きく、そして暖かい何かとつながっているような、抱きしめられているようなそんな安心感を覚える "プロトン" だが、ひとたび薬が切れればその反動は凄まじい。


 その寂しさは、時には服用者に自死をもたらすほどに強い。


 ちなみに惑星開拓事業団はこの薬物を解析し、その薬効を緩和する事に成功している。ではそれが何に使われているかと言えば定かではないが、一説によれば星間戦争のために派遣される兵士たちの精神高揚剤に使われているとか使われていないとか……


 ・

 ・

 ・


 はまどろみの中にいた。


 一万年か、あるいは十万年か……いや、それ以上かもしれない。


 にとっては、何万年であってもうたたねのようなものだ。


 まあうたたねとは言っても、そもそもスケールが違うために滅多な事では目覚めないのだが。


 しかし、そうはいっても眠りは眠りである。


 死ではない。


 眠りが眠りである以上は、いつかは目覚めることになるのだ。


 ◆


 グダンはふと違和感を覚えた。


 そしてその感覚から1秒の100分の1程の僅かな時間の後に、、全身に強い蟻走感が走る。


 神経に恐怖と嫌悪感のカクテルを流し込まれたかの様に、グダンは大きく表情を歪めた。


 周りを見渡せば部下たちも顔色を蒼褪めさせ、落ち着かない様子を見せている。


「おい、何があった!」


 グダンの声には切迫感が滲んでいた。


 しかし応えはない。


 常ならばありえない事だ。グダンはただでさえ横暴な致死性DV野郎であるので、これまでにも些細な事で部下を殺めてきた。


「おい!俺の言うことが……」


 グダンは語気を荒げて怒鳴りつけようとしたが、叶わなかった。


 なぜなら見てしまったからだ。


 部下たちの目の奥の、深淵にも似た何かを。

 

 彼らの目の奥にほの見える昏い渦は星雲に似ていた。


 星々が生まれては死んでいく、そんなサイクルを表す悠久無限の渦だ。


 グダンの部下たちの皮膚はまるで熱湯を浴びせかけられたかのように煮立ち、そして破れ、体液が外に漏れ出している。


 非常に高濃度な宇宙線を短時間かつ大量に浴びせかけられたかの様な惨状だった。


「……っ!!」


 グダンは叫び出そうとしたが、声が出ない。


 慌てて喉元に手をやれば、銃弾をも表面で受け止める鉄壁の皮膚がずるりと剥け落ちる。


 ドロドロと、なにもかもが溶けていく。


 グダンも、彼の部下も、宇宙船団も。


 混濁し、薄れゆく意識の断片……その最後の一片で、グダンは大きな、とても大きな "目" が自分を見ている事を理解し──……


「か、かみ」


 とだけかろうじて言い残して、べちゃりと液体状になって死んだ。



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 遊星X015


 宇宙を遊泳する肉の塊。その体組織は非合法ドラッグの原材料となる。生物ではあるらしいが、それ以外には何もわかっていない。惑星開拓事業団、D等級団員の "ケージ" が調査に向かい、無事に帰還。その後、遊星X015は忽然と姿を消す。

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