4.遊星X015④
◆
『ハイパー・ワープ、スタンバイ。遮光スクリーンを展開します』
ミラが言った。
周囲の宇宙が徐々に変化を始める。
遮光スクリーンが展開され、コックピット内はほんのりとした薄暗さに包まれ、船体が唸りを上げる。
──これは、あれだな
カードが配られる瞬間、ルーレットのボールが転がり始める時、ダイスが宙を舞う瞬間──……君はハイパー・ワープの準備にそんな瞬間を重ねあわせた。
ハイパー・ワープの瞬間は究極の賭けに似ていると君は思う。
究極の賭けとは即ち、金ではなく命を賭けるギャンブルだ。
ハイパー・ワープは宇宙の広大な距離を瞬時に移動するための技術であり、通常空間を抜けて別の次元──ハイパースペースを通って目的地に至る。
非常に有用な技術だが、失敗した際のリスクは計り知れない。
その場合、船体はハイパースペースから脱出できずに永遠に迷子になるとされている。
現在ではある程度技術が確立されているため、早々滅多な事ではワープ事故は起きないが、それでも機器の故障などで0災とはいかない。
僅かにでも裏目が出る可能性があるならばそれはギャンブルである。
ハイパー・ワープの可否はすなわちコインの裏表だ。生来のギャンキチである君の心は、その賭博性に惹かれざるを得ない。
「なあミラ、ハイパー・ワープの技術を利用したらタイムスリップ出来るかもって話を昔聞いたんだけどさ、それってどうなんだい?」
君は何とはなしにそんな事を聞いてみた。ハイパースペースは今なお謎に満ちており、すべての時間と空間を司るなどとのたまう学者もいる。
『誰から聞いたのですか、ケージ』
「 "二つ指" のニコルソンだ。タイムスリップ出来れば色々なやらかしが帳消しにできるとか色々言ってたんだよ。……ああ、ええと、ニコルソンっていうのは
ニコルソンは下層居住区に住むケチな強盗である。
とある非合法組織に所属していたが、色々とやらかしが多かったため、そのケジメとして指の多くを失う事になった。
10指のうち8指を失い、残ったのが2指というわけだが最終的には命をも失うハメになった。
『ケージ。残念ながら現実の科学ではタイムスリップはまだフィクションの域を出ません。ただし、もしもハイパー・ワープを利用して時間の流れに干渉できたとしても、ニコルソン氏の末路は変わらなかったでしょう。話を聞く限り、ニコルソン氏に必要なものはその場しのぎの知恵ではなく、もっと長期的なスパンを見据えての知恵です。しかし強盗というインスタントでリスキーな選択を取るニコルソン氏に、そういった配慮があるとは思えません』
ミラがそう言っている間にも、ハイパー・ワープの準備が整った様だ。
君が外を見ると、星々が線のように伸び、次第にその輪郭がぼやけていくのが分かった。
『ハイパー・ワープ開始』
シルヴァーは瞬く間に星々を一瞬で背後に残し、C66管理宙域から姿を消した。
◆
外の景色が一つの連続した光の帯に変わり、色彩が絡み合い、そして
光の帯は青みがかった白、時には紫や緑へと変わり、まるで銀河系を縦断する巨大なオーロラのようだ。
時間と空間が歪むハイパー・ワープの際にのみ見られる幻想的な光景だった。
やがてその光の帯も徐々に薄れ、シルヴァーがハイパースペースから脱出すると──……
・
・
・
『着きました。ここが遊星X015を核として構成されている特別宙域、ネビュラスキン星海域です』
ハイパースペースを抜けると、そこは海だった。
空間を満たすのは星間物質によるかすかな光だ。
どこか青味がかったその光が、暗黒の虚空であるはずの宇宙空間に彩を加えている。
更に本来の海ほどではないにせよ、ネビュラスキン星海域には多くの小型宇宙生物が回遊していた。
透明な体を持つ小型の球状の生物は、体内に微小な発光体があり、ふわふわと漂いながら輝きを放っている。
「おお……」
君は言葉もない。
細長い体を持つ蛇の様な生物がシルヴァーの前面を横切ると、手が自然と胸元へと伸びた。
高揚する気持ちを抑えるために、体が自然に煙草を求めたのだ。
今まで見たことがない生物、光景。
何もかもが奇妙で、そして美しい。
だが──……
うおっ、と君は呻いた。
こんなに美しい
遊星X015の異容であった。
◆
生物であることは間違いない。
しかし、一般的に考えられる生命体としての活動、営みが一切確認出来ない。
しかし "それ" は生きているのだ。
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近況ノートにこの回で使用した挿絵を四枚あげます
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