3.遊星X015③

 ◆


 機体の所有権を登録する生体認証はコックピットのガイド・ディスプレイを使って行われる。


 この辺の流れは "棺桶号" の時のそれと同じなので、君は特に問題なく認証を終えた。


 網膜、指紋、声紋──……他にも様々存在する生体個人認証手段を複合したもので、なりすましは困難だ。


「船の名前はシルヴァーでいいか」


 銀色の船体を見ながら君は呟いた。


 見た瞬間決めたのだ。


 即断即決が君の代名詞である──……というわけでもないが、比較的決断は早い方だ。


 ネーミングセンスはさておいて。


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 ──さて、ミラからのお使いも終わったし帰ろうか。一杯やっていくにもな、いくら飲んでも酔えないし


 酒の味を思い出したか、ちろりと唇を舐め、君はドックを立ち去った。


 ◆


 歩行は脳を活性化させる。


 活性化した脳は、時に余計な事までもを想起させる。


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 アルコールと安ドラッグにアタマを漬けて、笑顔でカードに興じる事がかつての君の趣味だ。


 まあカードでもダイスでも賭けになるならなんでもよいのだが、ともかく酒かクスリをやってギャンブルをするというのは君にとって最高の悦楽だったのだ。


 この辺の反社会的なスタイルは君の精神の根底にこびりつく、言うなれば破滅願望の様なものの発露である。


 いつだったか君はケイラ……グレイタイプの外星人の元カノだが、彼女にこんなことを言われた事があった。


『ケージ、あなたはきっと人生に期待をしていないのね。心の中で永遠の幸せを求めている、けれどそれが叶わないものだと理解している。そしていずれ壊れる幸せなら、と手に入れる事を怖がっている』


 グレイタイプの外星人は対する相手の精神の表層を読む。ゆえに、彼ら/彼女らはカウンセラーとして非常に優秀だ。実際のその道に進む者も多い。もちろんこの特性は完全なメリットではなく、時には自身を傷つける事にもなるのだが。


 一歩、また一歩と歩を進めるたび、君の脳裏にはまるで風が吹き抜けるように様々な "声" がよぎっていく。


『どんな事でもそうだけれど、いずれ失ってしまうものだからこそ価値が生まれるのよ、ケージ。それにね、私は思うの。幸せっていうのは塔みたいなものなのよ。下の方から崩れて行っても、どんどん上に向かって積み上げていけば無くなったりはしないのよ』


 ケイラのそんな言葉を思い出した君は口元に軽い笑みを浮かべた。当時の君は "え、じゃあ上から崩れたらどうするの" などと情緒もへったくれもない言葉を返したが、ケイラはそんな君の言葉にへそを曲げて不機嫌になったものだ。


『ケージ、あなたね。まぁいいわ。私あなたと一緒ならどこまでも高く積み上げていけそうなの。あなたもサボらないでちゃんと幸せのブロックを積んでいきましょうね』


 君にそう言ってくれたケイラはもういない。


 ◆


「戻ったぜ~」


 君はそう言って部屋のドアを開けた。


 ミラは相変わらず端末と接続状態で、微動だにしない。


 なにかしら作業をしていることはモノアイの明滅で分かったが、具体的に何をしているのかまでは分からない。


『おかえりなさい、ケージ。船体受領の通知がきたので、調査に必要な荷物は直接船へ届けて貰う様に手配をしました。遊星X015への出発時刻は惑星C66標準時間換算で20時間18分後を推奨します。これは近隣宙域のセーフ・コンディションを鑑みての算出となります』


 セーフ・コンディションとはトータルで見た際の安全確度である。近隣宙域で宇宙嵐が起こった、もしくは宙賊が出現した、それ以外にも様々な要因でセーフ・コンディションは低下する。


「じゃあそれでいいぜ。20時間後ね、OKOK。ところでさ、船の名前なんだけどシルヴァーにしたんだ。どうだい? 中々のセンスだろ」


 君が言うと、ミラは何度かモノアイを明滅させてから答えた。


『当機の以前の名前よりは良いと判断します』


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 ──そんなにドエムってダメだったかな


 君はそんな益体もない事を考えながら操縦桿を握っていた。


 あれから20時間07分後、君は "シルヴァー" のコックピットに座っている。


 隣の席にはミラが鎮座しており、船のメインコンピュータと接続されていた。


「出航だぜ」


 君がそう言うと、ミラがシルヴァーのメインエンジンを稼働させる。


 静かな轟音と共に、シルヴァーはゆっくりとドックを離れ、宇宙港を後にした。宇宙の広大な闇に向かって、その銀色の船体は光を反射しながら進んでいく。


 遠ざかる宇宙港の光が星々に紛れていくのを見ながら、君はX015に思いを馳せていた。


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