第25話 惑星U101⑤
◆
轟音は君の目にも届いた。
君が後ろを振り返ると、遠くの空には信じがたい光景が広がっていた。
空が不自然に歪み、その中心には巨大な渦が形成されている。
渦は深い藍色をしており、その中心部は真っ暗で、まるで空間自体が吸い込まれているかのようだった。
渦の動きは速く、激しい。
「なんだよありゃあ…」
呆然と呟き、胸に抱くドエムがギコギコと鳴く。
「え、掲げろって?ああ。どうかな?何かわかるか?」
君はドエムをまるで聖杯か何かの様に天に掲げた。
キュイン、とモノアイが拡大し、収縮し、ややあって再びギコギコと鳴く。
「え?ダウンバーストみたいなもの?ダウンバーストをまず知らないんだけど…あ、ハイハイ……ふぅん、おっかないなあ」
ダウンバーストとは巨大な積乱雲から吹き付けてくる下降気流で、これは時に建造物を破壊する事もある。
まあ今回ジリ達を襲ったのは気流ではなく水流なのだが……。
──この辺は大丈夫なんだろうな
君が不安げに空を見上げると、上空には美しく幻想的な水膜が広がっている。
雲にも似た白いモノは気泡だろう。
薄い水のヴェールが空一面に
日差しは水膜を通してやわらかく屈折し、降り毀れる光もまた君が知るものとは違う。
不穏な気配などは無く少しも感じない。
「なんか……美人の姉ちゃんが見えるような気がする。それにしてもあっちとこっちで随分違うな。向こうは地獄、こちらは天国ってカンジだ」
君がごちると、胸元からはビープ音。
「いや、ヤクなんてやってねえから!ドエム、俺はもうやりたくてもやれない身体になっちまったんだよ。早く稼いで、人間の体になってバッチバチにキメ倒したいなァ。知ってるかい?上質のヤクを使ってベッドインすると、俺は俺として抜いたり挿したりは勿論、女として抜かれたり挿されたりもするんだ。脳がビリっときて、心がぴゅうと抜けて、相手の感覚を想像出来るようになるんだよ」
君は殺しや強姦、強盗こそしないが、まごうことなき犯罪者である為、当然違法薬物にも詳しい。
君の持論として、違法薬物はサイコーというものがある。
なぜならば他者を傷つけずに気持ちよくなれるからである。
薬が切れれば当然禁断症状に襲われるが、それもまたいいのだ。
苦しみがあるからこそ快楽にコクが出ると君は思っている。
この一種自己破壊的な考えは、君の生い立ちから生まれたものだ。
君は自身の事を親に捨てられるほど価値がないと思っている。
それは悲しい事で、だからこそ自己破壊したくなる。
しかし、思ってはいても認めたくはないのだ。
だから現実を逃避する為に薬をやる。
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「それで、ここが目的地なんだな。ちゃんと光子メジャーを持って来たぜ」
君は目的地に辿り着いた。
そこはひらけた草原地帯だ。
やや離れた場所には森林と思しき木立があり、小さいが川も流れている。
拠点候補地として条件を満たしていると言えよう。
意気揚々と君が測量の準備をするが、しかしビゴビゴ。
ドエムの掣肘が入った。
「え?見ればわかるから要らない!?念のために持ってきただけ!?」
光子メジャーとは光を走らせて測量する道具である。
光子メジャーの利点としては、チャージしたエネルギーが切れるまでどこまでも光を伸ばし、長さなどを測れる事などが挙げられる。
だがそれは要らなかった。
ドエムが局所的な反重力を発生させ、浮遊し、ビカビカと目を光らせたかと思ったら測量を瞬時に完了させてしまった。
そしてすぐぽてりと落ちる。
「お、おいおい!どうした!?……え?節約?いや、ゆっくり降りればいいじゃないか……」
君は慌ててドエムを拾い上げ、土だの草っぱだのを払い落して胸に抱いた。
ドエムは反重力を発生させて浮遊する事ができるが、エネルギーの消費が著しいため多用はできない。
といっても連続3時間程度は浮遊可能なのだが、ガイドボットとしては可能なかぎり余剰エネルギーは残しておくという思考プロセスは間違ってはいない。
やや短絡的ではあるが。
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