第26話 弟子入り

 ミーアの剣幕に押され、結局、身請け金それは『借金』とする事になった。


 まぁ、俺に返済金それを受け取る気は更々ないが。


 とはいえ、だ。


 聖金貨100枚は俺にとってのほぼ全財産だった。


 これで当分の間は孤児院への金銭サポートができなくなってしまった………。

 孤児院の財政難が心配である。

 

 だがまぁ、今後はミーアが働き手として加わる事で生産性が一気に増し、売上高向上が期待できる。

 ゆえに、聖金貨100枚の損失は言うほど悲観的に捉えていない。

 何より、ミーアを娼婦の道から抜け出させる為には必要な金だったと、そう諦念している。


 ただ、問題なのは今後のミーアとの関係性についてだ。

 何ともこう、複雑な関係性になってしまった今、果たして本当にミーアを弟子にする事はいかがなものかと、判断に苦しんでいる。

 

 とはいえ、失った聖金貨100枚を補う為にもミーアの弟子入りは欲しいところ。

 他で弟子を探すというのも手だが、そう都合よく見つかるものでもないだろう。それに、ミーアには職人的センスとして光るものを感じる。そしてやる気もある。

 きっと、売上高に大きく貢献してくれると、俺はミーアにはかなり期待している。


 今、ミーアはこの弟子入りの件をどう思っているのだろうか。ミーアにとって辛い事になり得るのではなかろうか?


 そんな迷いを抱えたまま、俺とミーアを乗せた馬車はカノン村へと辿り着いた。

 その頃にはもう朝を迎えていた。


「おい。着いたぞ」


 俺の肩にもたれ掛かるようにして眠るミーアを揺らして起こす。


「……うぅん……。 あぁ、おはよう」


 馬車から降り立つと、俺とミーアは途中まで同じ家路を歩きだす。


「ねぇ、ユウキ兄ちゃん?」


「ん?」


「弟子入りの件、前倒しして今日からって事はできないかな?」


 ミーアからのその申し出に内心ほっとするが、本当にそれでいいのだろうか?という疑問はどうしても拭えない。


「本当にそれでいいのか? 正直俺は、ミーアの弟子入りの件は白紙に戻す事も考えていたんだが……」


「え!?何で!? もしかして、さっきのアレ? あたしが強引にお嫁さんにして!!って言ったから?……あれはその……確かにちょっと言い過ぎちゃったとは思ってるよ。ごめんね、困らせるような事言って」


「いや、まぁ、謝られるような事では無いんだけどな……その……何と言うか、俺は俺で結構複雑な心境でな。ミーアの気持ちを知りながら、応えられないまま、弟子として近くに置いたその環境はミーアにとって苦しいんじゃないか?……と、思っていてだな……」

 

 自意識過剰すぎる自分の物言いに、言ってて恥ずくなる。


 もし俺が、第三者として今の自分を見るならば、その目は心底軽蔑したような目で、反吐が出る程痛い奴だと鼻で笑うだろう。

 そして更に付け加えるなら、俺はそんな男がめちゃくちゃ嫌いだ。


「それは、あたしじゃ不満って事?」


「いや、違う。むしろミーアには弟子として来て欲しいのが本音だ。だが、それはミーアにとって――」


 辛い思いをさせてしまう、と続けるつもりが、


「――そんな事考えなくていいんじゃない?ユウキ兄ちゃんはあたしの事を必要としている。あたしはユウキ兄ちゃんの傍に居たいのと、鍛治職人になりたいという時点で利害一致してる。 それに、言ったのはユウキ兄ちゃんの方だからね?『俺が欲しけりゃマリーさんから奪ってみろ!』って、言わなかったっけ?」


 ミーアは娼館で俺が吐いた痛過ぎる台詞せりふを俺風のモノマネに乗せて揶揄うように言ってきた。


「……分かった。分かったから、それ以上俺の黒歴史を掘り返さないでくれ……」


 今一番触れて欲しくない所を突かれて、俺の羞恥心は爆発。自己主張を全て飲み込み、即、白旗を掲げる。


「やった!」


 ミーアが笑った。

 その無邪気な笑顔を見て、ようやく俺の知るミーアが戻ってきたような気がした。



 ◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎



「では、こちらの〝師弟締結書〟にご記入下さい」


「はい」


 やって来たのは職人ギルド。弟子入りの正式な手続きを踏む為だ。

 ちなみに、ガーラから帰って来たその足で来ている為、俺は昨夜から一睡もしていない。

 ミーアはというと、馬車の中で寝ていた為かそこまで眠そうな気配はない。


 受け付けの女性に促され、俺とミーアは〝師弟締結書〟にある『師』の項目と『弟子』の項目それぞれに署名する。


「では、以上で手続きを終了します」


 受け付け嬢の言葉通り、以上だ。署名するだけ。何とも簡単な手続きだ。


「それにしても、ユウキさん。……ふふふ。可愛いお弟子さんをとりましたね?」


 何が、「ふふふ」だ。『可愛い彼女さんですね』みたいに言わないで欲しい。


 ……でね。ミーアさん?

 ミーアさんも、いちいち頬を赤くしないでくれるかな?


 俺は溜息混じりに、「あぁ、はい。そうですね」と、適当な返しで話を切ると、


「じゃあ、行くか」


 そう言って踵を返す。


「……うん」


 こうしてミーアは正式に俺の弟子となったのだった。

 ―――――――――――――――――――――


同じく、カクヨムコン応募作である

『この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。』

もよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330654637102719

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