第18話 〝変態男〟との攻防戦

「探したよ、エルちゃぁ〜ん。こんな所に居たんだねぇ〜」


 背後へ振り返ると、

 そこには暗い緑色の短髪に、やや吊り目で気持ちの悪い笑みを浮かべた痩せ型中背の男が立っていた。


「お前は――!?」


 瞬間、

 俺はこの状況から、最も恐れていた事態が現実になってしまった事を悟った。


 そう。

 この男がエルを購入した男で、エルを性奴隷として飼い殺そうと企む所謂〝変態男〟であると。


 変態男の視線はエルの方を向き、俺の事など眼中にないようだ。

 そして、


「エルちゃ〜ん、さぁ僕と一緒に帰ろうか」


 変態男はそう言って俺の横を通り過ぎ、エルの方へと歩み寄ろうとする。

 

 今ここでエルの身柄が抑えられてしまえばそこで終わりだ。

 書類上エルはこの変態男の所有物であり、エルについての権限は全てこの男にある。

 ゆえに俺から変態男を制止する事は出来ない。


 ならばエル自身に逃げてもらうしか無い!


「――エル! 逃げろ!」


 咄嗟に俺はそう叫ぶがエルはあまりの恐怖からか、足がすくんで動けず、ついにはその場に座り込んでしまった。

 隣りに居たマリーさんも咄嗟に座り込み、エルを護るように抱く姿勢をとり、そしてマリーさんは変態男を強い眼差しで睨んだ。


「いいね、いいねぇ〜! エルちゃんに負けず劣らず、アンタも随分といい女だよ〜! そうだ! アンタもエルちゃんと一緒に、俺が気持ち良くしてあげるよ」


 この男を制止する権限は俺には無い。

 しかし、気付けば俺の体は動いていた。


「おい、コラ待て!変態クソ野郎!!」


 俺は変態男を追い越し、座り込むエルとマリーさんに背を向け、変態男の前に進路を妨げるようにして立ちはだかる。


「……何だお前」

 

 変態男の目の色が変わり、俺を睨み付ける。俺も負けじと睨み返す。


「……エルを、どうするつもりだ?」


 分かっている。


 エルの事で、俺がこの男にどうこう言う権限が無い事を。

 だが、見過ごすわけにはいかない。


 金型の為にエルが必要とか、もはやそんな事は関係ない。とにかく、俺はこの状況を見過ごすわけにはいかない!


『――いいか、佑樹。 男の腕力は女の子を守る為にあるんだ』


 小さい頃に父から教わった事だ。


 己の腕力を、女を押さえ付ける為に使うようなこんな男に、エルを渡すわけにはいかない。


「エルちゃんをどうこうしようが、そんな事お前の知った事かよ! ほら、そこどけよ」


 変態男は俺を手で押し退けようとするが、俺はその手を払い退ける。


「お前みたいな気持ちの悪い変態野郎にエルを渡せるか!」


 そう言って変態男を強く睨み付ける。


「さっきから変態、変態って、ムカつくなぁ。 なのなぁ、いい? 僕はエルちゃんの飼い主なんだよ? ほら、コレが見えない?」


 変態男はそう言って一枚の紙を俺の眼前に突き出した。

 その紙には、


『奴隷証明書――エルを奴隷とし、その主をドミーとする』


 と書かれている。


 この変態男の名前はドミーと言うらしい。どうでもいいけど。


 そしてその下にはさらに小さく、


『本書は上記の内容を証明する物である為に大切に保管して下さい。尚、再発行不可。』


 と書かれていた。

 

(――しめた!!)


 ――バッ!!


「――なっ!?」


 俺はすかさずその紙(奴隷証明書)を、変態男改め、ドミーから奪い取った。

 そして、


「――ッやっ、やめろーーッ!!」


 ビリビリビリ……ビリ…ビリ…ビリ……


 そのまま二つに破り、更に解読不可能なほどに細かく破る。そして宙に投げ捨てた。


 奴隷証明書は紙吹雪と化し、宙を舞う。


 これでエルを奴隷と証明する物が無くなった。


「馬鹿だなお前。 これでもうエルはお前の奴隷じゃない」


 あまりの唐突な出来事に当初、呆気にとられていた様子のドミーだったが、後から段々と顔が憎悪に満ちていき、次の瞬間、


「何やってんだッ!!てめぇ!!」


 怒鳴り声を上げると共に懐からタガーナイフを取り出し、殺意の籠った目で斬り掛かってきた。


 ――ヤバい! かわそうにも、俺のすぐ背後にはマリーさんとエルがいる。

 よって、回避ではなく受ける方を選ぶ。


 俺は斬り掛かってくるドミーの右手首を左手で受け止めると、


「――ッ!?」


 ガラ空きとなったドミーの顔面めがけ、渾身の右ストレートを打ち込む。


「――ッらぁ!!」


 ボグッ!


「ぐぁっ……」


 鈍い衝撃音とともにドミーは2メートル程後方へ吹き飛んだ。


「…………」


 そのままドミーは動かない。どうやら気を失ってしまったらしい。


 たった一発で決着ケリがついてしまうとは、存外あっけなかったな、と思う。

 

「大丈夫ですか!?」


 ここで衛兵が駆け付けてきてくれた。


 人口も多く、割と栄えたこのカノン村には二人の衛兵が駐在している。

 とはいえ、今のこの状況は見方によっては俺が悪者と捉えられかねない。


「この倒れてる緑色の髪の人が刃物を持って暴れていたんです!」


「ミーア!」


 どうやら、衛兵を呼んでくれたのはミーアらしい。


 たまたま孤児院の前を通りかかった際に先程の光景に目にして近くにいた衛兵を呼んだのだろう。


「ユウキ兄ちゃん、大丈夫?怪我は無い?」


 ミーアはそう言って視線を俺の体に巡らせる。


「あぁ。助かったよミーア。 ありがとな」


 俺はそう言ってミーアの頭を撫でた。


「…………」


 するとミーアは動きを止め、無言で俯いた。


「おぉ……すまん! 嫌だったか」


 まるでラノベの主人公がするテンプレみたいな事をしてしまっていた。


 なろ○系の見過ぎだな。

 まったく、我ながら困ったものだ。


「いや、いいの……」


 しかし、顔を上げたミーアの顔は真っ赤になっていた。


「え……?」


 


 ドミーは衛兵に連行されて行き、とりあえずは一件落着。


「ユウキ君、ありがとう。私とエルを守ってくれて。でも、刃物持った相手に無茶し過ぎよ?」


 まるで困った奴を見るかのような微笑みでマリーさんが声を掛けてきた。


「何言ってるんですか、マリーさん。あの場面で逃げ出すなんて〝男〟が廃ります。 女を守るのが男の役目なんですから。ましてや――」


(マリーさんは俺の想い人です。好きな人の為に命を張るのは当然の事です)


 言いかけたその後の言葉は心の中だけで留めておく。


「ましてや、何?」


「……何でもありません」


 言いかけたソレについて掘ってきたが、もちろん言えるわけなどない。


「何だろ?気になるなぁ。 でも、さっきのユウキ君本当にかっこ良かったわ。……ご褒美、あげなきゃね?」


 マリーさんはそう言って少し恥ずかしそうな赤面した顔で、


「おいで。お姉さんが抱き締めてあげるから……」


 と、そう両手を広げた。――その瞬間、


「――!?」


 俺の胸に誰かが飛び込んで来た。


「あらら。先にエルに取られちゃった。 残念」


 マリーさんはそう言って冗談っぽい笑みを浮かべている。

 そして、俺の胸ではエルが啜り泣いている。

 

 俺はというと、この状況にどう対応していいのか分からず棒立ちだ。

 ただ、エルから香る甘い匂いが、俺の中の男心を刺激する。


「ユウキ君? こんな時にはしっかりと、男らしく、受け止めてあげるものよ?」


 マリーさんが冷やかすようにそう言って来るが、分からないものは分からない。

 一体俺はどうすればいい?

 とりあえず声を掛けよう。


 エルの耳元で、


「……もう大丈夫だ。 エルはもう奴隷じゃない。自由の身だ」


 と、そう言うとエルは、俺の胸に顔を埋めながら首を振った。


「……私は〝魔力持ち〟です。 そもそも私に自由なんてあり得ないんです……」


「エルが〝魔力持ち〟なのは知ってるよ」


 そう答えると、エルの身体がピクッと動き、俺の服をぎゅっと握り締めた。

 俺は続ける。


「だが、それも大丈夫だ。エルの事は俺やマリーさんが必ず幸せにする。守ってやるから、だから安心しろ」


 そう言い終えると、エルは首を縦に動かし、その後はさらに大きな声で泣きじゃくった。


 そんなエルの頭を俺は、優しく、優しく撫で続けたのだった。




 その後、俺は改めてミーアに礼を言おうと探すが、その場にはもうミーアの姿は無かった。


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