被害者の心
サンプトゥン王国の王城では日夜様々な噂が飛び交う。
その内容はとある貴族と平民の恋、上級貴族の不祥事、王族のスキャンダルなど。
それらを囁く者達にとっては事実かどうかは重要ではなく、娯楽として語る者も少なくはない。
話題の人物にとってはたまったものではないのだが。
この国の王子であるエリック・ホーランド・サンプトゥンの婚約者であるモーリーン・シュレイバーもその標的の1人であった。
「――婚約して2年経つが、あの2人が一緒にいるところは公の場でしか見かけないそうではないか」
「結婚式の打ち合わせも別々に行っているそうだぞ」
「ほお。まあ、あの2人はそういう仲ではないらしいしなぁ」
「やはり妃となる者にはある程度の華やかさが必要だとは思わんかね?」
「もっともだな」
婚約者であるサンプトゥン王国の王子であるエリックの元へ行く途中だったモーリーンは、侍女を連れて長い廊下を歩いていた。
ヒソヒソと囁かれる自分の噂はすでに何度も耳にしている。
「お嬢様、お気に病む必要はございません。公爵家の繁栄を妬む輩の小言です」
噂をする者たちを忌々しげに見やりながら侍女がそう囁く。モーリーンも、その通りだと思っていた。
アンジェリカ・デイヴィス。
モーリーンが17歳だった2年前、彼女は自分を階段の上から突き落として殺そうとした。
その慰謝料としてアンジェリカの父親が所有する鉱山の3分の2と、事件をきっかけに客足が遠のいたアンジェリカの母親の持つ王家御用達の老舗洋服店を買い取り、新たに宝石店をたちあげたことで翳りを見せていた公爵家は息を吹き返した。
それを良く思わない者達がでてくることは予想していたが、それでもこの話題はモーリーンの胸を抉るのだ。
死してもなお、わたくしを惨めにさせるのね。
モーリーンの表情が暗く沈む。
モーリーンとアンジェリカはエリック王子の婚約者候補に入っていた。
他の令嬢の名前もあったが、便宜上候補に入っているだけで、本命は2人のどちらかだとモーリーンは父親から聞かされていた。
婚約者候補に名を連ねたのは10歳のときだが、その前から想いを寄せていた王子の婚約者候補に自分がいる。そう思うだけで心が踊るほどモーリーンは嬉しかった。
幼い頃から公爵家の名に恥じぬよう教育を受けてきたモーリーンは自分に自信を持っていたし、シュレイバー公爵家は遠い昔のことだが王家と親戚関係にあったので、1番の有力候補者は自分だと信じていた。
けれども3年前――モーリーンが社交界デビューを果たした翌年にその自信が打ち砕かれる出来事があった。
アンジェリカの社交界デビューだ。
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