色々あった。

 本当に色々あった。

 いや、色々あったように感じているようで実際にあったのはたった一つだけだ。

 飯野さんが誘っているようにしか見えない色気と肌色たっぷりの姿を見せていたことだけだ。


「……」


 だが、ようやく慣れてきたぞ。

 人は進化し、適応する生き物である。既に飯野さんへの耐性がついてきた……まさに、完璧だ。僕は男としてはどうかと思うが、人間としての真価を今、果たそうとしているのかもしれない。


「んー、すっごく美味しい」


「それなら良かった」


 美味しそうに体を震わせるに合わさて揺れる乳房。

 それに対して一切動じなくなりつつある僕の適応能力に末恐ろしいものを感じながらも彼女の言葉に笑みを返す。


「それで小説のことだけど……さ、やっぱり小説家を目指しているの?」


「基本的にはそうだね。拾い上げられたり、どこかの賞が通れば嬉しいなって感じ。今、応募中のカクヨムコンとかで賞が取れたら嬉しいなって思っているかなぁ」


「なるほど」


 僕の言葉に飯野さんがスパゲティをすすりながら頷く。


「良いね……小説家。ということはやっぱり文系なの?普通に高校行っている、よね?頭、良い高校だったよね?」


「そうだね。自分で言うのもなんだけどまぁまぁ高い偏差値の高校だと思うよ?ちなみに僕の文理選択は理系ね。夢は夢……叶う人、叶わない人がいるからね。心配性な僕としては叶わなかった時の保険が欲しいんだよ。夢がダメでも、しっかりとした技術と資格があればリカバリー効きそうでしょう?だから理系」


「そ、そうなんだ……」


 僕の言葉に飯野さんが頷く。


「色々、考えているんだね……偉いなぁ」


「よく言うとね……でも、悪く言うと覚悟の決まっていない半端な野郎だよ」

 

 飯野さんの言葉に対して僕は苦笑しながら自虐的に呟く。


「でも、僕の生き方は変えられないだろうね……というか、そもそもとしてSNSを見ている感じ、ラノベ作家って本業として稼げれる場合がほとんどないんでしょう?コミカライズ化されれば別なんだと思うけど……」


「書籍化したら、コミカライズ化を目指す?」


「そうだね……出来ればそのままアニメ化まで突っ走ってその道一つで食べていけるようになりたいなぁ」


「……じゃ、じゃあ!?も、もし……だよ?」


「はい」


 何故かこれ以上ないほどの挙動不審を見せる飯野さんに困惑


「一人の大人気漫画家が、さ。コミカライズ化、させちゃったらすっごく人気になって、その道一つで食べていける、ようになったりぃ……しないかな?」


「……え?」

 

 僕は飯野さんの言葉に固まる。


「い、いや……その、当人の名前だけで売れるかどうかなんて不透明だし……そ、それに、いきなり私がやったりすると変なことになったりかもだから……あまり、オススメ出来ないんだよど……いや、ごめん。迷惑、だったかも」


「ううん。そんなのどうでもいい!」

 

 僕は飯野さんの言葉を否定する。


「確かに僕が将来、ラノベ作家だけで稼げるようになったらベターだし、自分の力だけで行けるのがベター。コミカライズが強すぎても原作が潰れたら意味がない……でも、そんな話はただ一つの事実の前には些細なもの。そもそもとして売れるかどうかさえだって……」


 そう。些細……そんなこと、気にするまでもない。


「さ、些細……?」


「ずっと好きだった人に自分の書いた小説を書いてもらうって言う夢と比べたら全然!」


「……ッ!?」


 僕がオタク趣味に入った理由の一つは連載されたばかりだった飯野さんの作品だったし、ラノベにハマったのはそもそも飯野さんが書いたコミカライズの原作を見たくなったからだ。

 僕は本気で本当に飯野さんの、アネモネさんのファンなのだ。


「ほ、本当に自分のコミカライズしてくれるんですか!?」


 自分の好きな人の手で、自分の作品が動き出す。

 これ以上なんてあるわけがない!それが叶うなら……別にそれで売れようが売れなかろうがどっちでもいい!

 だって、あれだけ……あれだけ憧れていたのだから!


「う、うん……色々お世話になっているし。蓮くんのであれば」


 前のめりになって聞く僕の目を真っ直ぐに見返しながら僕の言葉に飯野さんは頷いてくれる。


「……待っていてください」


 一度、座りなおした僕は頭をリセットさせてから言葉を漏らす。


「必ず書籍化して、コミカライズさせます……だから!僕が飯野さんに近所付き合いとしてではなく、一人の小説家としてお願いできるようになるまで!」


 そして、自分の目の前にいる飯野さんへと宣言する。


「~~、……ッ、うん、待っている」

 

 自分の目の前で漏らされる柔らかい、可愛らしい笑顔───これが、僕の身の中に、一つの夢が植え付けられた瞬間だった。

 これから、僕が夢に向かって走っていく物語が始まっていくのだ。

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お隣に大人気漫画家が引っ越してきた件~メディア露出時にはクールでカッコいいとても美人な人気漫画家なのにプライベートではとんでもなくずぼらだったんだったんだけど!?~ リヒト @ninnjyasuraimu

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