第21話 光の指す方に

――――


季節は冬になっていた。

外がとても寒く、店の中が温かいせいか店のガラス窓が少しだけ曇っている。

龍臣は年末に向け二階の掃除をしていた。あずみがいなくなって、なんの気配もない二階はどこか寂しい。

あれから、しばらくはあずみが迎えに来るのではと店に来るたびに二階を覗き、あずみの気配を探っていたが、あずみは待てど暮らせど迎えに来る様子はなかった。

三彦と会えたのだろうか、それともあの世でまだあきらめきれずに三彦を探しているのだろうか。

そう思って、フッと笑みがこぼれた。

あずみは諦めが悪いからな。

もしかしたら突然、龍臣を迎えに来るかも知れないとすら思う。


「龍臣、おはよう」


そう言っていつものように二階から入りてきそうな気がした。


「それはそれで悪くないかもな……」


そんなことを呟いてしまう自分こそ、諦めが悪いのかもしれない。

二階を片づけ、いくつかの蔵書を売り場へ持っていこうとした時、パサッと記憶の本が落ちる音がした。

記憶の世界へは相変わらず通じている。

一時は幽霊であるあずみの力なのかと思っていた時もあったが、やはりこれはこの記憶堂の不思議な力なのだろう。

一階へ下りると、やはり床に一冊の記憶の本が落ちていた。それを取り上げ、カウンターへ持っていく。

近いうちに持ち主が現れるだろう。

大切な本だからと、そっとしまった。

すると、突然店の扉が開く音がした。

記憶の本の持ち主にしては来るのが異常に早いな。そう思って、入口に目を向ける。

逆光になって、顔は見えなかったが小柄な女性だ。

そのシルエットを見て、龍臣はドキンとした。

髪を一つに束ねており、赤い服を着ている。

その姿に見覚えがあった。


「あずみ……?」


無意識にそう呟くと、その女性は可愛らしく首を傾げた。

女性が扉を閉めて中へ入ってくると、その顔や姿が良く見えた。

色白で小顔、目鼻立ちがはっきりしている美人だ。

黒い髪は後ろで一つに束ね、着ていた紺色のコートを腕にかけている。白いシャツの上に赤いカーディガンを着ていた。

あずみによく似た女性だった。


「あの、ここは記憶堂書店で間違いないですよね?」


女性の口から発せられた声に、呆然としていた龍臣はハッとした。

あずみによく似ているが、しかし、よくよく見るとあずみではなかった。

安堵なのか、落胆なのかよくわからない気持ちが押し寄せたがふうっと息を吐いてそれを落ち着かせた。

あずみが迎えに来たと思った。

けれど、実際はどうやらお客さんのようだ。しかもちゃんと生きている。生身の人間だ。


「あ……、いらっしゃいませ。記憶堂へようこそ」


龍臣がそう告げると、女性は合っていた事にホッとしたようだった。


「初めまして、私、近野明日香と申します」


女性は鞄から名刺を取り出し、龍臣へ渡した。そこにはオカルト系の雑誌名に記者と書かれていた。


「あすか……さん」


小さく呟く。顔だけでなく、名前の響きまでもあずみに似ている。

しかし、雑誌の記者なんて来られても困る。

今までも記憶堂の噂を聞きつけてやってきた記者もいたが、たいていは眉唾物の噂だとして帰って行くことばかりだ。

……いや追い返しているとでもいうべきか。

明日香もそういった類だろう。

そう思うが、あからさまに追い返すと怪しまれるためとりあえずソファーで話を聞くことにした。

お茶を出すと、明日香は「いただきます」と一口飲んだ。

しかし、本当に良く似ている。

龍臣は苦い気持ちが胸に広がり、軽く唇を噛んだ。あずみに似ているが、この人はあずみではない。


「それで、記者さんがいったい何の用ですか?」


小さく深呼吸してからそう尋ねると、明日香は鞄から一枚の写真を取り出した。

白黒で薄汚れているため見にくい。大きな屋敷のような建物の前で、大勢の人が写真を撮っている。


「これは?」

「記憶堂さん、あずみという人物をご存知ですか?」


思いがけない名前に龍臣は息を飲む。一瞬、呼吸を忘れた。

龍臣の反応を見て、明日香はやはりという顔つきになる。


「この写真は私の家にあったものです」

「どういうことですか?」

「ここに写る男性、これは私の曾祖父であずみさんの兄に当たります」

「兄……?」


写真に写っていた背の高い男性を指差す。そしてその隣にいる小柄な女性を指差して「こっちがあずみさん」と教えてくれた。

龍臣は写真を食い入るように見つめる。確かにあずみの面影があるような気もするが……。

写真自体の古さもあってか、正直よく分かりにくかった。

しかし、明日香があずみの兄のひ孫にあたるということは、あずみの血縁者ということか?

どうりで……、と妙に納得する。それくらい明日香はあずみに似ているのだ。


「記憶堂さんはあずみさんのこと、ご存知でしょう?」


今度は確信めいた聞き方をしてきた。口調までもあずみを感じさせ、龍臣は混乱しそうだった。


「なぜ、そんなことを聞くんですか?」


平静さを保ちながら聞き返すと、明日香は前のめりだった身体を後ろに引いて、ソファーにもたれ掛かった。


「調べました。曾祖父……政信と言うんですが、政信さんがあずみさんの恋人だった三彦さんの行方を探していたんです。政信さんの当時の日記が最近見つかって……。何となく私が調べた方がいい気がして調べていたんです」

「ずっと調べていたんですか?」

「本職は記者なので、まぁ色々と駆使して調べました。で、この記憶堂さんにたどり着いたんです」


それには龍臣は首を傾げた。

あずみは記憶堂の中、しかも龍臣と修也の前にしか現れない。それなのに、どうしてここに行きつくのだろうか。

あずみと記憶堂のつながりがどうしてわかったのだろう。

龍臣の疑問が伝わったのだろう。明日香は頷いた。


「この記憶堂書店は、三彦さんの弟さんが創業したものなんですよ。ご存じなかったんですね」

「えっ、弟が!? ……それは、知らなかった」


龍臣は唖然とした。

三彦は龍臣によく似ていた。それは本当に血縁者だったからなのか。

だとしたら、あずみがこの記憶堂や龍臣に執着したのも理解できた。


「三彦さんは弟さんを育てた後、病気で亡くなりました」


龍臣は膝に腕を乗せて、顔を覆った。

あずみは無事に三彦に会えたのだろうか。

死んでからさまよった挙句、今度は無事に再会できたのだろうか。

龍臣が三彦の血縁者だと知ったらどんな反応をしただろう。


「……記者をしていると、不思議な話を耳にするんです」


明日香は静かにそう呟いた。

龍臣が顔を上げると、あずみがまるで優しく微笑んでいるかのようだ。


「この記憶堂には若い女性の幽霊が住み着いていて、記憶の本があると」

「……なんですか、それ。まるでファンタジー小説のようですね」


龍臣がはぐらかすと、明日香はフフッと笑った。


「いえ、今日は記者として来たわけではないので、そこは追及しないです。今のところは」


そう言って、あずみにそっくりないたずらっ子のような表情を見せる。


「まぁ、とりあえず」と明日香はソファーから立ち上がった。


「曾祖父が探していたあずみさんの思い人の血縁者にも会えたし、今回はこの記憶堂に来てみたかっただけなのでもう帰ります」


明日香は身支度を整えて、店の入り口へ向かった。

龍臣もそれに続く。

すると、そこに修也が学校から帰って来て扉を開けた。


「ただいまー……、あずみさん!?」


そこにいた明日香を見て身体をびくつかせる。驚きで固まっているようだ。

飛び出さんばかりに目を見開いて明日香を見る修也に龍臣は内心、あちゃーという気持ちでいた。

明日香は龍臣を振り返って、ニコッと笑みを見せる。


「今度は仕事でお伺いしますね」

「そうですね……」


龍臣も引きつった笑みを浮かべてそう答えるしかなかった。いや、そう答えざるを得ない迫力があった。

本当に、そんな所まであずみにそっくりだった。

商店街を抜けて帰って行く明日香の背中を見送りながら、修也は龍臣に青い顔を向けた。


「何、あの人……。生きているよね? あずみさんが龍臣君を迎えに来たかと思った」

「……また来るってさ」


そう伝えて店の中へ戻る。

次は仕事で来ると話していた。

好奇心丸出しで、記者の目をしている。普段ならそういった類は追い返していたのに、何も言えなかった。

むしろ。

龍臣は深くため息をついた。

どうしてだろう、なぜか次に明日香が訪ねてくるのが待ち遠しく感じてしまう自分がいた。

彼女はあずみではない。

でも、あずみがいなくなった途端に現れた。

それには何か意味があるのだろうか。

龍臣は軽く口角を上げながら、掃除をするために箒を手にした。




END




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶堂書店 佐倉ミズキ @tomoko0507

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ